【17話:揺らぎ】

「⋯⋯おい、アセルベ」


「う〜ん⋯」


「アセルベ、起きろって」


体が大きく揺さぶられて、私は目を覚ました。

目を開くとそこには、しゃがんで私の顔を見つめる勇者様の顔があった。


「⋯⋯あ、勇者様。もう動けるようになったんですね」


「あぁ、完全に治ったよ」


私は重たい体を起こしてしばらくぼーっとする。

⋯少し、左肩に違和感を覚える。ユメンコメルにやられたところだろうか。魔法で完全に回復はしているはずだが⋯


「ふわあぁ⋯⋯もう出発ですか?」


「もうすぐしたらな。今日の日没前にはルーエに着くつもりだ」


「⋯わかりました」


「ヴァリフィエ・マギア」と唱え、時間を確認する。

朝七時だ。早い⋯

私は気怠さを感じながら荷物の確認をし、準備を済ませた。


「アセルっちおはよ!またフィデっちに起こしてもらったの?」


ロナリー様が洞窟の外から出てきて、いつも通り私に挨拶をしてきた。


「あははー⋯⋯おはようございます」


私は苦笑いで返事を濁し、その場をやり過ごした。

その後すぐに私たちは洞窟の奥へと進み始めた。

道中は特に何も無く、魔物もいなかった。多分、行きに全部倒してしまったのだろう。


「⋯」


私は歩きながら考えた。

魔王⋯⋯元々は魔王を倒せば元の世界に帰れると思っていた。帰りたいと思っていた。

でも今はどうだろうか。まるで帰りたいと思わない。そもそも倒せば帰れる保証なんてどこにも無いのだが⋯

もし⋯⋯もしも、殺した瞬間元の世界に戻るなんてことがあれば私は⋯


「⋯ロナリー様」


「ん?どうしたの?アセルっち」


「もし、魔王を倒せたら⋯その後は、何をしますか?」


「何って⋯そうだなー⋯」


ロナリー様は虚空を見つめて黙り込んだ。

そうしてしばらくすると、少し微笑んで言った。


「⋯みんなと一緒に、暮らしたいな」


「⋯」


「私も」って、そう言いたかった。でも、元の世界に帰ることになったら?みんなと一緒に⋯いられなくなったら⋯

魔王城がもう手の届くところにあることを改めて認識したからなのか、急にそんなことしか考えられなくなった。


「みんなはどう?何したい?」


「俺は、残った魔物と魔族を殺し続ける」


⋯勇者様らしい答えだ。いつまでも他の人のことを考える。


「俺は武器屋さんになるのが夢だぜ。⋯あ、もちろんみんなとも暮らしたいとは思ってるぞ!」


ダム様は意外だった。今までそんな素振りはなかったはずだ。


「そ、そなんだ⋯⋯ペトっちは?」


「え、わ、私ですか?う〜ん⋯⋯⋯想像できないです」


「そっか!普通はそうだよねー!じゃあ⋯アセルっちは?」


心臓が跳ねるような感覚がした。言葉が出てこない。何も。

⋯それでも何かは答えようと少しだけ口をパクパクさせてから、私は言った。


「⋯⋯私がいなくなったら⋯どうしますか?」


「⋯え?」


笑顔だったロナリー様は、一瞬にして真顔になった。

そして少し考え込んだ後、すぐに口を開いた。


「アセルっちがいなくなるとか考えられないよ!だって、私たちは一緒に旅をしてきた仲間じゃん!今までも⋯これからも⋯⋯」


ロナリー様は悲しそうな顔をして私に飛びついた。

何も言葉を返すことが出来ない。ただ無言で、ロナリー様を見つめることしか出来なかった。


「⋯」


「⋯⋯アセルっち⋯もしかして⋯⋯何かあった?」


その言葉で私はハッとした。


「あっ、いえ⋯なんでもないです!聞いてみただけですよ!」


「⋯そっか。いつでも相談乗るからね?」


「はい⋯⋯ありがとうございます」


それからは無言で歩き続けた。

せめて⋯⋯せめて、帰る方法が分かれば。魔王を倒しても、このままでいられることが確信できるなら⋯

私は帰り方を探すための方法を考えながら、足を動かした。



辺りがオレンジ色に染まってきた頃、私たちはルーエに到着した。

見慣れた門番もいる。


「ロナリーちゅわああああああああぐぼはぁっ」


「⋯」


ロナリー様は向かってくるおっちゃんを無言で殴り飛ばした。


「あ、勇者様御一行、おかえりなさいませ。早かったですね」


「あぁ、ちょっと、色々あってな」


軽い会話を交わし、門の中へと入っていった。

街は賑わっており、なぜか人通りが多かった。


「⋯どうしたんだろう。何かあったのかな」


「あ、おいあれ見てみろよ⋯!」


ダム様が指さした方向を見てみると、そこには屋台が並んでいた。


「あぁ、そっか。そういえば今日は復興祭の日だ」


復興祭⋯⋯

約十年前、魔物がこの街に攻め込んできたことがあった。

その時は確か⋯どうなったんだっけ。

突然爆発が起きたかと思うと魔物たちは一匹残らず消え去っていた、と思う。その後ボロボロになった家や城を再建し、ようやく元通りになったのが六年前の今日。壁がつくられたのもこの時だ。

そうして毎年この日に祭りが開かれるようになり、それは復興祭と呼ばれるようになった。


「⋯フィデっち。一緒に行かない⋯?」


ロナリー様はもじもじして頬を赤らめながら言った。

⋯⋯?待て待て待て。なんかずるくない?!私も一緒に行きたいんですけど!


「ちょっと待ってください!私も一緒に⋯!」


勇者様は困惑した素振りを見せ、私たちを突き放した。


「すまん。今日はちょっと休ませてくれ」


「えぇー!そんなぁ⋯⋯」


「仕方ないですね⋯⋯」


「⋯じゃあいいや。ペトっち!行こう!」


「えっ?あ、はい!」


ロナリー様はペトスさんの手を引いて走り出し、人混みの中へと消えていった。

それを見ていたダム様は急に焦りだした。


「お、俺も行く!待ってくれロナリ〜!」


ノソノソと、ダム様はロナリー様の後を追いかけていった。

⋯なんかデジャヴを感じる。


「はぁ⋯あのバカ共が⋯つい最近まで死にそうになってたのにな」


「今更でしょう。⋯さ、宿に行きましょうか」


「アセルベはいいのか?屋台」


「⋯私も疲れました。考えたいこともあるので、宿でゆっくりします」


さっきと言ってることが違うだろ!と自分で思った。なんとかバレないようにお願いします⋯


「⋯そっか。俺はちょっと寄っていきたいところがあるから、先戻っといてくれ」


「あ、はい。わかりました」


そうして勇者様とも別れ、私は一人、宿へと向かった。



「お〜これはどうもどうもアセルベさん!戻ってこられましたのか!」


宿に入ると、この宿屋の主人が嬉しそうに話しかけてきた。


「あ、はい⋯色々あって」


私は勇者様の言葉を借りて返事をした。

色々あったのだ。色々。


「部屋はいつも通り、開けておりますぞ。これが鍵でございます」


「いつもありがとうございます。では」


私は主人から部屋の鍵を受け取り、会釈えしゃくをしてからその場を後にした。

いつもの角部屋の扉を開け、中へと入った。

出発の際、私が魔法で整えた時とは比べ物にならないほどシーツはピッチリとされており、なんとなく壁や地面が輝いているような気がした。


「さすが主人⋯綺麗好きですね」


誰もいない空間だが、思わず口にしてしまう。

私は亜空間から本を二冊取り出し、壁際に設置されている机の上に置いた。そして椅子を引き、力なく座った。


「はぁ⋯⋯」


あれからずっと、元の世界への帰り方を知るにはどうすればいいのかを考えていた。

ビッチ⋯⋯ミオさんという、私と同じ境遇の人に出会えた以上、ミオさん以外にも同じような人がいるに違いない。

そして、もしかしたらその人が帰り方を知っているかもしれない。

⋯帰り方を知ってるならもうこの世界にいないかもしれないが、方法だけ知っていてそれが実行できないなんていう可能性だって全然ある。

例えば、魔王を倒す⋯⋯⋯いや、やめよう。

とにかく今は、その人を探すことが最優先だと思った。


「⋯⋯ミオさんのとこ、行くか⋯」


ミオさんは頑張って情報を集めると言っていた。

同じ転生者も見つかったかもしれない。そんな僅かな可能性に期待した。


「⋯ヴァリフィエ・マギア」


この部屋には時計があるが、振り返るのもめんどくさかったので魔法で時間を確認した。

現在夜の六時半。今から行っても店は閉まってるか⋯

いや、そもそも祭りをやってるか。

私は諦めて机に手を伸ばし、うつ伏せになった。ため息が出る。


「⋯⋯⋯?」


指先に何かが触れた。顔を上げて見てみると、魔道書が二冊、そこに積み重なっていた。


「そういえば⋯結局使わなかったな」


変身魔法。これに読みふけっていたせいで私は命を落としそうになった。

ペラペラペラーと、途中だったページのところまでめくる。


「⋯」


あと百二十ページ。それだけ読めば、私は変身魔法を使えるようになる。私は順番に、一つ一つ丁寧に読んでいった。

読み終わっても「変身魔法を使えるようになった!」みたいな、そんな感覚は全くしなかった。ただ本を読み終えただけだ。⋯今度使ってみよ。

私は本を閉じ、もう一方の魔道書へと目を移した。正直、そっちの方が圧倒的に気になっていた。


「解離、か⋯⋯」


変身魔法の魔道書は亜空間に仕舞い、私は解離の魔道書へと、手を伸ばした。

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