【16話:死闘の末】

「キュエーーーーーッッ!」「キュエーーーッ!」


白の悪魔が空を飛び回っていた。

ただでさえ凶悪な鳥が、数十⋯いや、数百もいる。


「⋯⋯地獄か?」


「あはは!いい光景だ!一人になった瞬間、死へ直行!⋯あ、このユマンコメルたちには特別に耳を聞こえないようにしてあげたから、音は大丈夫だよ」


「アセルっち、どうする⋯⋯?」


「⋯二手に分かれましょう。ペトスさんは私の近くで援護、ロナリー様とダム様は引き続き攻撃を仕掛け、時間を稼いでください」


三人は静かに頷いた。

そしてロナリー様とダム様が同時に歩き出し、詠唱を唱えた。


「フランメ・アインフェアライベン⋯⋯フォルダルング、ヴェニッヒ」


「エアデ・アインフェアライベン⋯⋯フォルダルング⋯ヴェニッヒ」


ロナリー様の手足に火がつき、ゆっくりと歩くダム様を置いてレジェに襲いかかった。


「え、もうユマンコメルのこと忘れちゃったの?味方死んじゃうよ?」


「キュエーーーーッッ!」


何匹かのユマンコメルが一斉にダム様に向かって急降下した。

それでもなお、ダム様はゆっくりと歩き続ける。


「⋯⋯爆炎破」


ロナリー様がレジェの目の前で地面を叩き割った。


「ぐっ⋯⋯」


「仕返しだよ」


飛び散る氷片がレジェの顔を傷つけ、バリバリバリという音を立てながら地面が次々と崩壊していった。

同時に破片はダム様の方向にも飛んでいき、降下する全てのユマンコメルの体に突き刺さった。そして一匹のユマンコメルのくちばしがダム様の頭に触れる直前、ダム様が口を開いた。


「⋯マテリア・ソリダーレ」


ダム様の目が見開き、黄色に光った。

すると、ユマンコメルの体はダム様の真上で止まった。微動だにせず、ユマンコメルは目をぱちぱちさせている。


「なっ、何が起こったんだ⋯⋯」


レジェに隙ができた⋯


「ペトスさん」


「はい、コンジェラメント・ティーロ!」


ペトスさんの杖から放たれる小さな光がレジェに向かって高速で飛んでいった。


「⋯⋯!ヴァントッ!」


レジェは素早く反応して魔法で壁を生成し、凍結魔法を防いだ。

⋯しかしそれは更なる隙を作ることになる。

生成した壁がボロボロと崩れ落ちる瞬間を狙って私は足に力を込め、地を蹴った。


「インテルノ⋯⋯」


「な、くそ⋯⋯間に合わな」


「ヘレス」


杖の先がレジェに触れ、レジェの体の内側が光り輝いた。

そしてその内部から皮膚が引き裂かれていき、轟音とともに爆発した。

血と肉が飛び散り、それは私の顔に降りかかる。


「⋯⋯」


私はゆっくりと地上に降り立ち、レジェのいた場所を確認した。


「どうだ⋯アセルベ」


「⋯ぐちゃぐちゃです。死んだでしょう」


そこに、体という体は無かった。跡形もなく吹き飛び、辺りには赤色の液体だけが撒き散らされている。

いつの間にか、空を飛び回っていた大量のユマンコメルも一匹残らず消滅しており、静けさだけが残っていた。


「勇者様は⋯」


「大丈夫です。レジェさんが死んだからなのか、凍っていた部分は元に戻っています。穴も、持続回復魔法をかけたのでそのうち塞がると思いますよ」


ペトスさんは倒れている勇者様の横に座り、介抱していた。


「ありがとうございます」


私は勇者様の隣に身をかがめ、手を握った。


「⋯」


「アセ⋯⋯ルベ⋯」


「勇者様、まだ喋らない方が⋯」


「まだ⋯⋯終わってない⋯」


突然、気味の悪いぐちょぐちょした音が聞こえてきた。


「⋯え?」


「アセルっち!避けて!」


シュンッ!


私の耳の横を何かが通り過ぎた。

飛んできた方向を見ると⋯⋯そこには人間のような形をした血の塊が、手で銃の形をつくり人差し指を私に向けていた。


「あー、外しちゃったー⋯まだよく目が見えてないんだよねー」


ごぼごぼごぼと血は奇怪に動き回りながら変色して、しばらくするとついさっき殺したはずの⋯⋯レジェの姿が、私たちの前に現れた。


「嘘だろ⋯あれでも生きてんのかよ⋯」


「あは!舐めないでもらいたいね。これでも四天王だよ?」


⋯有り得ない。確かにレジェは私の目の前で⋯⋯

インテルノ・ヘレスをまともにくらって生きているなんて⋯殺すことはほぼ不可能に近い。

いったいどうすれば?大人しく殺されるしかないのか?⋯そもそも、最初から戦うべきではなかった⋯⋯?自分だけが死ねば、こんなことにはならなかった⋯


「⋯⋯」


「まあ、とは言ってもここ魔王城じゃないからこれ以上戦うのはきついんだよね。魔力管理が難しい。だから、今日は帰らせてもらうよ。ここまで追い詰められたのは初めてだ」


「逃げる気か?」


ダム様は斧を構えてレジェを睨みつけた。


「ダムさん、やめましょう。勝てません」


「いや勝てる。勝たないといけない」


「⋯」


ここで見逃すとまずい⋯⋯このまま逃げられると、魔族に情報が行き渡ってしまう⋯

今まで空を飛ぶ魔法を見せた魔族は例外なく殺してきたからいいものの、まさかあれで殺せないなんて⋯


「いやあ、それにしても君。そこの魔法使いのお姉さん。いいものを見せてもらったよ!お礼にいいことを教えてあげる」


「⋯なんですか」


「魔王城はこの先だ」


レジェはそう言うと「ルトゥール」と唱え、私たちに背を向けて歩き出した。


「なっ、おい待て!」


「じゃあね。また魔王城で会おう。その時は僕を殺せるといいね」


レジェの体がまばゆい光を放ち始めた。

そしてその光はやがて欠片となり、蒸発するようにレジェの体は消えていった。


「⋯⋯」


「⋯ちっ、くそが」


「アセルっち⋯」


「⋯⋯一旦ルーエに戻りましょう。話はそれからです」


ペトスさんには魔法で勇者様を運んでもらい、私たちは来た道を戻った。



私たちは疲弊しながらも歩き続け、なんとか途中に通った神秘的な洞窟の入口までたどり着くことが出来た。


「⋯ここで休みましょう。疲労が溜まっていては危険です」


「そうですね⋯私も勇者さんを運ぶ魔力を回復させたいです」


「あぁ⋯」


ダム様はすぐに座り込み、背負っていた斧を地面に置いた。

ガラーン、と洞窟の奥まで音が響く。


「⋯」


外は既に夜だった。空は星で満ちており、月の光もまぶしい。


「今夜はここで寝過ごすしかないですね⋯」


「じゃあ、ご飯にする?何食べる?」


ロナリー様はかばんの中をごそごそと漁り始めた。

乾パンばかり出てくる。


「⋯じゃあ⋯⋯パンでお願いします」


「ほい」


ロナリー様は手に持っていたパンを私に投げた。

落としそうになったが、なんとかキャッチする。

ロナリー様は他のみんなにも投げて渡し、私たちは食事を開始した。


「よしフィデっち!ほら、パンだよ〜」


ロナリー様は横たわっている勇者様の横に座り、パンを食べさせようとしていた。


「⋯!ま、待ってください!私がやります」


「えー?アセルっちはいいよ私がやってあげるから!」


「いいえ、ロナリー様は疲れているでしょうし⋯」


「アセルっちだって一回死にそうになったじゃん!」


「大丈夫ですってば!私が!」


「やだ!私がやるの!」


そんなやり取りをしながら私とロナリー様は勇者様に食べさせるパンを奪い合っていた。

その時、言い争っている私たちの横から声が聞こえた。


「はい、勇者さんパンですよ!あーん」


「あーん」


「どうですか?」


「うん、美味しい。ありがとうペトス」


そこにはペトスさんが膝枕をして勇者様に自分の分のパンを食べさせていた。しかも、恋人のように「あーん」って⋯

⋯勇者様も満更ではなさそうだし⋯


「な⋯⋯⋯フィデっ⋯⋯ち⋯」


「勇者様⋯⋯」


「ひどい!ペトっち!私がやる予定だったのに!」


「勇者さんがお腹すいてそうだったので⋯」


そんなこんなで夕食の時間は過ぎていった。

⋯それから私たちは寝る準備をし、横になりながら話し合いを始めた。


「とりあえず、これからどうしますか?魔王城があの先にあるなら、東の奥と南東には行く必要がなくなりました。なんなら、一度街に戻って用意ができ次第魔王城に乗り込むのもありです」


「それも良いが⋯まだペトスがパーティに加わって日が浅い。レジェの言い方的に魔王城なら魔力管理がしやすいから今日よりももっと強いはずだ。だから、もっと俺らの連携を高めていくべきだと思う」


「俺もダムと同じ意見だ。ペトスは使える攻撃魔法が多い。だから、五人での戦闘に慣れれば、今よりずっと楽に戦えるだろ」


「それならやっぱり、東の奥と南東にも行った方がいいね。多分、蛇ダンジョンみたいな難関ダンジョンとかがあると思うから、そこで慣れよう」


⋯唯一気がかりなのは、レジェに空を飛ぶ魔法を見せて帰らせてしまったこと。

どうにかされる前に魔王城に行ってしまいたかったが⋯ペトスさんとの戦いも慣れておきたいのは事実だった。今はただ、悪用されていないことを願うだけだ。


「⋯そういえばダムさん、あのユマンコメルの動きが止まったのはなんだったんですか?エンハンスも使っていたようでしたが⋯」


「あぁ、あれは地属性エンハンス特有魔法。物質を完全に固定化することができるんだ。出力次第では変形もさせられる」


「俺のコントレール・トヌールもエンハンス特有魔法だよ。これは雷属性で、ダムのはその地属性バージョンだ」


地属性⋯人気がなく、覚えようとする人は少ない。

変わり者のダム様は誰よりも必死になって覚えていたけど。


「へぇ⋯すごいですね。ロナリーさんとの連携、完璧でした!」


「上手くいって良かったよ。少しでもズレていれば、俺は死んでいた」


「レジェに隙ができたのは、二人のおかげです。ありがとうございます」


「おう。明日も早いから、そろそろ寝ようか」


「そうだね。じゃ、おやすみ!」


私たちは挨拶を交わし、眠りにつく。

⋯今日は疲れた。まさか、四天王に遭遇するなんて⋯

そんなことを考えているとすぐに、私の意識は途切れた。

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