【15話:氷上の四天王】

「気をつけてください。あの魔族⋯最上位回復魔法を杖無しで使用しました。相当な手練れです」


私はそう言いながら杖を取りだした。


「分かってる。四天王なんだから当たり前だろ」


「それもそうですね⋯」


あの若い門番が言っていた魔族。よりにもよって四天王だったとは⋯

ここで仕留めておかないと他の冒険者にも被害が出る。こいつは、絶対にここで殺す。


「本気でもいいよね⋯」


ロナリー様が私たちの前に立ち、姿勢を低くした。

しかし勇者様はそれを制止する。


「待て、エンハンスは使うな」


「そんなこと言ってられない⋯こいつ、やばいよ」


「いや、俺がやる」


勇者様がロナリー様に変わり、剣を縦に構えた。


「ドンナー、アインフェアライベン。フォルダルング⋯グロース」


空が一瞬にして暗転した。雷鳴が轟き、一筋の雷光が勇者様⋯⋯いや、勇者様の剣に落ちた。


「おいフィデル、それっ⋯⋯」


グロース⋯⋯要求値は、大きい⋯

下手をするとすぐに命を落としてしまう。要するに、短期決戦用だ。


「くっ⋯⋯」


バチバチと勇者様の剣が放電しており、稲妻が勇者様の顔をかすめる。


「そんなに無理して大丈夫⋯?次は回復してあげないよ」


「うるせえ」


たった一振り。

勇者様の剣が虚空を斬った。


「⋯?」


一瞬、目の前が真っ白に染まった。

その直後、一本の矢のような光がレジェに向かって落ち、轟音と共に地面が震えた。


「なっ⋯⋯」


しばらくの間煙でレジェの姿は見えなかったが、次第に鮮明になってくる。


「ごほっごほっ⋯⋯なかなかやるね⋯さすがに効いたよ⋯」


レジェの服は端っこの部分が少しだけ燃えており、髪も焦げていた。レジェの近くの氷にはひびが入っており、溶け始めている。


「これで終わりだと思ったか⋯?」


「え?」


勇者様は再び剣を構え、足元の氷に剣を突き刺した。


「コントレール・トヌール⋯」


その瞬間、レジェが立っていたその場所は一斉に崩壊した。⋯いや、下からなにかに押し上げられたように氷が打ち上がった。しかも、そこだけではなくあらゆる場所の氷が盛り上がって何かが飛び出す。

それは、まさに落雷。地からの落雷だった。

初めて見る光景に、私も、他の仲間たちも放心してそれを見ていた。


「ぐぅっ⋯⋯⋯!」


「なぁ⋯フィデルだけで十分じゃねえか?」


「もしかして、四天王って思ったより弱い?」


空へと昇る雷は複数回折れ曲がり、全てがレジェに向かって直撃する。⋯普通なら死んでいるだろう。

魔王城を探す過程で私たち勇者パーティは強くなりすぎたのかもしれない。実際、こうして四天王の一人を勇者様たった一人で圧倒している。エンハンス魔法を使用しているとはいえ、だ。


「ふぅ⋯ふぅ⋯⋯やったか⋯?」


勇者様は地面に膝をついて、エンハンスを解除した。

逆だっていた髪の毛や黄色に光る瞳は元に戻った。

その瞬間だった。


ザシュッ


「ガハッ⋯⋯」


勇者様の腹を何かが貫き、勇者様は力なく倒れた。


「ゆ、勇者様っ⋯⋯!」


「あはははははははは!アホすぎ!こんなんでやったか?なんて⋯⋯!やばい、笑い止まらん!」


私は勇者様の元に駆け寄り、状態を確認した。

腹の丁度ど真ん中を貫通し、丸い穴がぽっかりとあいている。⋯しかし、血は流れていなかった。その代わりに、穴の周りの部分が少しづつ凍り始めていた。


「く⋯⋯アセ⋯ルベ⋯俺は、大丈夫だ⋯⋯先にあいつを、やれ⋯」


「しかし⋯⋯!」


「あいつは⋯まだ、俺を殺すつもりは無い⋯⋯この攻撃は⋯上位の凍結魔法だ。つまり⋯全員動けない状態にしてから、じっくりと俺らを殺していくつもりらしい⋯」


上位の凍結魔法⋯⋯コンジェラメント・ティーロか⋯

殺傷能力はなく、ただ凍らせるためだけの魔法。速射系魔法で、魔力量の調節次第で一部を凍らせたり全てを凍らせたり出来るから捕獲用としてよく使われる⋯


「⋯わかりました。任せてください」


「アセルっち⋯⋯どうする」


「⋯私があいつを殺します。ダム様は攻撃を防いで、ロナリー様はレジェの気を引いて時間を稼いでください。ペトスさんは、ロナリー様の援護を」


「了解」「了解⋯」「了解です」


「⋯あ、作戦会議は終わった?じゃあ、いくよ」


レジェは片手を上にあげ、ゆっくりと詠唱を始めた。


「イディオクテシア・クリー⋯⋯」


「させるかあああぁぁぁぁ!!」


ロナリー様は突進してレジェの詠唱を妨害した。

レジェはその場に飛び上がり、攻撃を回避しながら次の魔法を放つ。


「ちっ、やめろよめんどくさいな⋯⋯イドロステーリ」


「ふっ⋯⋯!」


ロナリー様は下からの巨大な水柱を体をくねらせて間一髪で躱した。


「へぇ⋯やるじゃん」


⋯どうすればこの魔族を殺せるか。

要求値が大きい勇者様のエンハンスをまともに喰らっても生きていた。あれは一撃必殺というより多段ヒットの連続ダメージが強みのエンハンス。ダメージはかなり喰らっていたはずだが、今はもう既に回復していて無傷だ⋯⋯ということはあいつを殺せる唯一の方法、それは、一撃で葬り去ることだけ⋯


「使うしかないか⋯⋯」


至近距離からなら、あいつを一撃で殺す魔法はいくらでもある。しかし、肝心の距離を詰める方法だけは少ない。

⋯空を飛ぶ魔法なら、無詠唱でかつ、地面を思いっきり蹴れば高速で接近することができる。

魔族はそれが出来るということを知らない。だから、私が魔法を放つまでに反応することはできないだろう。

これなら、一撃で殺せる。


「くらえええええええええええ炎蒼脚えんそうきゃくッッ!」


ロナリー様の脚を青く燃える炎が包み、空中からレジェの脳天を狙った。


「そんな見え見えの攻撃当たってあげるわけ⋯」


「私を忘れてもらっちゃ困ります!コントランテ!」


身を潜めていたペトスさんすぐさま魔法を放った。


「⋯⋯くっ、拘束魔法か⋯」


「うおらっっ!」


ロナリー様の足はレジェの頭を直撃した。

⋯はずだった。レジェは頭を横に傾け、直撃を回避していた。

レジェの右肩が切断され、ボトッと、腕が地面に落ちる。


「危ねぇー⋯⋯痛いわ、さすがに」


「くそっ⋯」


ロナリー様は後ろに後退し、肩で息をしていた。


「アセルっち、まだ⋯?」


「準備は出来ました。タイミングを見計らって、やります」


「⋯おーけー」


そう言うとロナリー様は再びレジェに向かっていった。

レジェは既に腕を再生しており、五体満足の状況だ。

⋯やはり、回復力が尋常じゃない。必ず、一撃で仕留めなければ。


「そろそろ僕も攻撃していい?」


「無理」


ロナリー様は連続で攻撃を仕掛け、手数で攻める。

それに対してレジェは防戦一方で、攻撃を受けた箇所は瞬時に回復していた。


「そんな攻撃じゃあ、意味が無いことくらい分かるでしょ。いつまでやるつもり?」


「死ぬまで」


「⋯君が?」


レジェは地面を叩き、氷を飛散させた。

ロナリー様は咄嗟に腕を前でクロスさせ、顔や体を守った。

氷の破片がロナリー様の腕に食い込み、鮮血が飛び散る。


「えふっ⋯⋯」


「ロナリー様っ!」


「ぐぅっ⋯⋯私はいいから⋯気にしないで、自分に集中して」


⋯一瞬でもいい、レジェに隙が出来ればやれる。

詠唱も短いもので十分だ。あの初めて出会ったユマンコメルを殺した時に使ったインテルノ・ヘレスでも十分な破壊力がある。その代わりゼロ距離が必須だが⋯一番レジェを殺すのに適しているはずだ。


「コンジェラメント・ティーロ」


突然、レジェは手を銃の形にしてロナリー様に狙いを定めた。


「君、もういいよ。最初に殺してあげる」


指先に光が集まり、それは段々と大きくなっていった。

⋯⋯まずい、このチャージ時間は⋯


「ロナリー様避け⋯⋯!」


「ロナリーさん!」


「バァン」


頭部ぐらいの大きさまで膨らんだ光の玉は、音を立てずに射出された。


「はぁ⋯はぁ⋯⋯くそ」


ガキンッッ!


⋯金属がぶつかる音がした。


「はっ、隠れてるのはペトスだけじゃねえぞ。うおらぁぁっ!」


ダム様がどこからか現れ、光を斧で受け止めた。そしてそれをそのまま空中へ弾き飛ばした。


「⋯驚いたな。耐魔法物質か」


「ああ、特注品だ。高かったんだぜ?」


「⋯⋯」


レジェは不機嫌そうな顔をし、こっちに向かって歩き出した。


「なんかさ、おかしくない?もっとみんなで一斉に攻撃してくればいいのに。なんで嬢ちゃん一人に任せるわけ?そこの魔法使いは突っ立ってるだけだし」


「⋯⋯」


「じゃあ、お望み通り戦ってやるよ。三人でな」


「三人?まだ魔法使いは何もしないつもり?」


「お前のユマンコメルのせいで怪我をしたから休ませてるんだよ」


「回復させたじゃん⋯⋯まあ、いいや」


レジェは歩くのをやめ、おもむろに片足を上げた。


「第二フェーズを開始しよう。イディオクテシア・クリーシー!」


その片足を地面に踏みつけると、巨大な魔法陣が展開された。

そしてその魔法陣から⋯⋯二度と見たくはなかったものが複数体飛び出してきた。

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