【14話:生死の狭間】
「⋯⋯あ」
この瞬間、私は死を悟った。時の流れが止まったと思うくらい、ゆっくりになるのを感じた。
⋯こんな場所で、何も出来ずに、何も分からずに。最後には孤独に⋯せっかくの第二の人生が、こんなにもあっさり終わってしまうの⋯?
そんなことならせめて⋯⋯せめて、勇者様に「好き」って、伝えとけば良かっ
グシャッ
⋯
⋯
.
「ぁ⋯⋯ぅ⋯ぁ⋯⋯」
飛来してきた白い鳥は、私の頭を狙っていたはずだった。
しかし、それはなぜか奇跡的に横にずれた。
視線をゆっくりと左に移す。そこには私の⋯私の肩に、ユマンコメルの巨大なくちばしが食い込んでいるのが見えた。ぐりぐりと、それをひたすらにねじ込んでくる。
痛い。痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い。
「くっ⋯⋯⋯か⋯⋯は⋯」
あまりの激痛に声が出せなかった。詠唱すら出来ない。
ねじ込まれる度に肩から鮮血が噴出し、地面を赤色に染めていく。
身をよじって必死に抵抗するが、左肩を動かそうとすると余計に痛みが増す。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯くぁッ⋯⋯」
幸い、騒がなかったからなのか一度に食いちぎられることは無かった。それどころか、肩から溢れ出る大量の血を飲んでいるかのように思える。
⋯意識が朦朧としてくる。だめ。ここで気を失ってしまうともう二度と目を覚ますことは出来ない。
何か⋯⋯何か打開できる魔法は⋯
「――⋯ルっちいいいいぃぃぃぃぃッッ!」
突然、私を呼ぶような声が聞こえたかと思うと、すぐ隣にいた鳥は轟音と共に消え去った。
遅れて風が荒々しく舞い上がり、気づくとそこには、ロナリー様の後ろ姿があった。
「ごめん。アセルっち、ちょっとだけ待っててね」
ロナリー様はそう言って後ろを振り返り、私に微笑むと「インヒビション・ペイン」と唱えて私の肩の痛みを和らげた。そしてユマンコメルが吹き飛んでいった方向へと歩き出す。
「⋯」
遠くに倒れていたユマンコメルはゆらりと起き上がると、瞬く間に空へと飛び上がった。
「キュエーーーッッ!」
ロナリー様を威嚇するように叫び声を放つ。
「ほんと、うるさい鳥だなぁ⋯君では無いけど、私もユマンコメルに殺されそうになったしここで恨みを晴らさせてもらうよ!」
「おいおい、一人でやる気か?」
「やっと追いつきました⋯ロナリーさん早すぎます⋯」
「⋯⋯アセルベ⋯無事だったか⋯」
気づくと私の後ろにはダム様、ペトスさん、そして勇者様が立っていた。
「勇者様⋯⋯」
「フィデルだけかよ!俺らもいるぞ?」
「すみませんダム様、ペトスさんも⋯⋯助けに来てくれてありがとうございます」
「助けたのはロナリーと⋯ペトスの風魔法だけどな。でも、もう大丈夫だ。このダム様が到着したからには既に決着がついていると言っても⋯」
「ちょっと!おしゃべりしてる暇ないそっち行くよ!」
突如として目の前の氷塊が砕け散った。
吹き荒れる風の中に、再び空へと戻ろうとするユマンコメルと目が合った。
「くそっ⋯!」
勇者様たち三人はバラバラとなって走り出し、空から何度も急降下して攻撃を仕掛けてくるユマンコメルを避けた。
「あぁもう、アセルっちはそこから動かないで!ペトっちはアセルっちを守って!フィデっち、ダムっち、いくよ!」
「あぁ!」「はい!」「おう!」
左肩の状態がひどすぎて動きたくても動けそうにないです⋯
そうして私を除く勇者パーティ対ユマンコメルの戦いが始まった。
ユマンコメルは一旦急降下攻撃を止め、空中に留まって攻撃を警戒した。
しかしそんなことはお構い無しにとロナリー様が動き出す。
「最初からとばすよ。フランメ⋯アインフェアライベン⋯⋯フォルダルング⋯ヴェニッヒ!」
ロナリー様はそう呟くと、足と拳が発火した。
そして少しだけ体が前に傾いたかと思うと、熱風が私を襲いロナリー様が姿を消した。
⋯⋯エンハンス魔法。私みたいな魔法使いなら魔力を消費してノーリスクで使えるサポート用の魔法だが、それ以外の前衛役職は魔力の代わりに命を削って自身に使うことになる自己強化魔法。
詠唱を聞くに要求は少しだけだったからそこまで問題は無いか⋯
「
ユマンコメルの背後に現れたロナリー様は拳を振りかざし、そう叫んだ。
「解放、爆裂」
拳がユマンコメルの背中に触れたその瞬間爆音が鳴り響き、その鳥を地へと落とした。
「今だよっ!フィデっち、ダムっち!」
「あぁ分かってる。ディアペルノー」
「⋯シンスリヴォー」
勇者様は猛スピードで落下してくるユマンコメルの体に下から剣を突き刺し、それに合わせてダム様が斧を勢いよく振り下ろした。
直後ユマンコメルの体は白く光り輝き、大きな爆発を起こした。
「⋯」
キラキラと、ガラスの破片のような死亡エフェクトが辺り一帯に降り注いだ。
⋯⋯私を食べようと襲ってきたユマンコメルは、私を殺せずにあっさりと死んだ。
「アセルっちッ!大丈夫?!」
地面に着地したロナリー様は小走りで私の元にやってきた。
「はい、おかげさまで⋯」
「その肩⋯大丈夫じゃないだろ。抉れすぎだ。血の量も尋常じゃない」
ロナリー様の魔法のおかげで痛みはほとんどなくて半分忘れていたが、私の肩は見るも無惨な姿になっていた。⋯骨が少し見えている。
「うっ⋯⋯おえ⋯」
「横で損傷度合いを確かめていましたが⋯私でも、この怪我を修復するのはかなり難しいです。そもそも回復系の魔法はあまり得意じゃありませんし⋯」
「じゃあどうするのさ!このままじゃ、アセルっちが⋯⋯」
ロナリー様は焦った表情を見せた。
何か⋯何かないか。私の自己治癒魔法ならなんとかなるかもしれないが⋯なぜか魔力量がかなり少なくなっている。
まさか、あの時ユマンコメルが⋯⋯
「⋯戻りましょう。私にはまだ魔力も体力も十分にあります。延命させることぐらいなら出来るので、街に戻って教会かどこかで⋯」
「だめだ。道中が危険すぎる。アセルベは歩くことで精一杯だろうし、ペトス、お前が延命させるために魔法を使えば後衛でサポートする人は一人もいない。ルーエに着く前に全員死ぬだろ⋯」
「⋯⋯」
「じゃあアセルっちは?!もう助からないってわけ?!」
「そうは言ってないだろ。まだ他に助けられる方法が⋯」
「なら教えてよっ!!」
「っ⋯⋯」
しばらく無言の時間が続いた。
いつものロナリー様からは絶対に有り得ない泣き顔。
私でも、泣いているところを見たのは二回目だ。
「僕が治療してあげようか?」
どこからか青年のような声が聞こえた。
振り返るとそこには肌も髪も白く、瞳だけが赤に染まり全身白に包まれた魔法使いのような男が立っていた。⋯いや、それは男の姿をした魔族だった。
「誰だ⋯⋯」
「見てわからない?魔族だよ魔族。ほら、目が赤いでしょ?」
瞳が赤いのは魔族の象徴。それ以外の色はさほど珍しくもないが、赤色だけは魔族だと一目見て判断できる。
「ああいや、名前を聞いてるのか⋯僕は魔王様に仕える四天王の一人、レジェだよ。よろしく」
「どうしてここに⋯」
「どうしてって?どうやら僕のユマンコメルを殺したらしいじゃん。実はあれ、強化個体なんだよね。それを倒した報酬として僕が直々に、改めて万全な状態の君たちと戦ってあげようと思って。だからその死にそうな魔法使いも助けてあげるよ」
レジェはにこやかに笑いながら言った。
「あ、戦わないなら助けてあげない。⋯どうする?」
「戦うよ、私は。私一人でもやる」
ロナリー様が即答した。
「だめだめ、全員だよ全員。君一人とやってもすぐ死んじゃうじゃん」
ロナリー様は静かに舌打ちをした。
「⋯⋯みんな、やろう。やるしかない」
「そうだな。ダム、ペトス、行けるか?」
「はい、大丈夫です」
「余裕だ」
「アセルベも⋯それでいいか?」
勇者様と目が合った。
「もちろんです」
「ふーん⋯じゃ、やろっか。プレナ・サナティオ」
レジェは私に両手を出して完全治癒魔法を使った。
私の抉れた肩の傷は徐々に塞がっていき、力が戻ってくるような感じがした。
そうしてあっという間に私の怪我はきれいさっぱり消え去り、失った魔力も完全に回復した。
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