【13話:ユマンコメル】

それから私たちは二日ほどぶっ通しで歩き続けた。

途中、傾斜がとんでもない角度の山を越え、薄暗いが、水色の宝石が神秘的な洞窟を通ったり、巨大な湖を渡り、そこに生息する主とも戦って逃げたりしながら北東へと進んだ。

そしてしばらくすると見慣れない景色が広がってきた。


「⋯ここは⋯」


氷だ。見渡す限りの地面が全て氷になっている。

ここまで広大な氷の地が存在するとは驚きだった。


「わぁ⋯!すごいですね!これ全部氷です!」


ペトスさんがはしゃぐ。


「おい、あんまり飛び跳ねるなよ。地面が割れたら落ちるぞ」


「はっ!すみません」


「しっかしこれ⋯先が見えないよ?この先を歩いていくの?」


ロナリー様はつま先立ちをし、手をかざして地平線の奥を見ようとした。


「仕方ないですよ⋯この先に何があるか分かりませんから。私はルーエで買った魔道書でも読みながら歩きます」


「え、ずるい!私も何か暇つぶし出来るもの買ってくれば良かった!」


「魔道書に夢中になって、そこら辺の穴に落ちるなよ」


勇者様は軽い冗談を言ってきた。


「私そんなにバカじゃありませんよ!ダム様じゃありませんし」


「え」


私は虚空に手をかざし、亜空間から変身魔法の魔道書を取り出した。


「何かあったら、援護お願いします!」


「それぐらい自分で注意してくれ⋯⋯」


私は魔道書の続きを読むことにした。とりあえず全部読んで、なんとか使えるようにしないと⋯


「あ、そうだペトス。一つだけ言っておくが、絶対に俺らの傍を離れるなよ。一人になった瞬間、ユマンコメルっていう鳥型の魔物に襲われるかもしれないからな。最悪殺される」


「わ、分かりました⋯そんな怖い魔物がいるんですね⋯」


「最近活発になってるって門番の人も言ってたしねー⋯気をつけよ?」


『四章:詠唱』

『力強く、変身後の姿をはっきりとイメージ(三章を参照)して、間違えることなく詠唱を唱えること』

『詠唱が上手くいかなかった場合、予期せぬものへの変身、解除不可能な変身、変身後のコントロール不可などの危険性を伴う』

『詠唱の解禁は一度以上視認したことがあること』

『一度以上殺したことがあるものに変身した場合、そのものの能力を使用することが可能』

『変身の解除は一定時間の経過、過度なダメージ、再度同じ詠唱を唱えることのいずれかで実行される。その際、魔道書は不要』

『変身した状態で別のものへの変身は行うことができない。一度元の姿に戻ってから詠唱すること』

『変身したいものの詠唱が書かれているページを開いて使用すること』


六ページにはそんなことが書かれていた。

ちょっと難しいな⋯覚えられなさそう⋯


バキッ


「きゃっ!」


「おっと⋯大丈夫か?ペトス」


「はい、すみません。思ったよりここの氷、柔らかいみたいです」


「気をつけないとねー」


『☆スライム:ぽよぽよぽーよぽーよ』

『☆ゴブリン:ゴブゴブゴーブゴーブ』

『☆ゲコラーナ:ゲコゲコゲーコゲーコ』

『☆フッゴ:ぶひぶひぶーひぶーひ』

『☆怪鳥:バタバタバータバータ』


⋯弱い部類の魔物ばかりが七ページには書かれていた。

後ろの方は強いやつとかなのかな。

私はペラペラーっと、魔道書をめくる。


「そういえばダム、お前はユマンコメルって知ってたか?」


「いいや?アセルベと一緒で蛇ダンジョンの帰りに初めて知ったぞ」


「そうか⋯なら、ペトスのためにも改めて詳しく説明しておくか。あれから少し調べたんだ」


「お願いします」


「ユマンコメルは一人でいる人間を見つけると即座に飛んでくる鳥型の魔物だ。小走りでもなんでも、とにかく走ってたらスピードを落とさない限り追跡してくるだけなんだが⋯ちょっとでも歩いたりすると抵抗する力はないと判断されて食い殺される」


『☆クラオトサーペント:フオフオフーオフーオ』

『???:??????????』

『???:??????????』

『???:??????????』

『???:??????????』


ほとんど無理じゃん。まだまだ知らないやつもいるんだな⋯


「魔物の中でも特に繊細なやつだから、追われたからといって絶対に騒いだり変なことをしないこと。そういう時は焦らず、走りながら誰でもいいから他の人間と合流しろ。そしたら諦めて逃げていく。⋯まあ、そもそも一人にならないことだな。大体の場合は歩いてるから、気を抜くと即死だ」


「でもユマンコメルって結構でかいよね?近づいてきたら気づけるくない?」


「本気を出すと音速を超えて飛んでくる。気づいた頃には殺されてるだろ。まあ、本気を出せばだから、よっぽどのことがない限り気づけると思うがな。⋯いや、気づけたとしても捕捉されてから走り出すと逆に刺激するからその場で反撃するしかないな」


「こわ⋯そんなやばいやつだったのか⋯本当に私ちょっとでも違うことしてたら死んでたね⋯」


なんか最後の方のページで変身できるやつないかなー⋯

⋯お、あるじゃん!


『???:??????????』

『人間:ヒュマヒュマヒューマヒューマ』

『特定の人間に変身したい場合、その人間の姿をはっきりイメージすることで変身可能。それがない場合はランダムな姿の人間に変身する』

『???:??????????』

『???:??????????』


⋯って、人間かい。そりゃ見た事あるわ。最後の最後の方のページは魔物以外のやつとかが書かれてるのかな。


「それぐらいかな。ユマンコメルについては。こいつはほんとにやばい。くれぐれも一人にならないようにしろよ」


「はーい!」「わかったよー!」「わかったぜ」


とりあえずこれだけ未解禁の詠唱が多いなら、そんなに読むのに苦労はしなさそうだな。飛ばしたページもパッと読んじゃうか。


『☆グランラパン:うさうさうーさうーさ』

『☆魔食草:くさくさくーさくーさ』

『★ドラゴンの卵:パリパリパーリパーリ』

『宝箱:ぱかぱかぱーかぱーか』

『☆ミミック:ばかばかばーかばーか』


うーん⋯?そういえばこの星なんだろう。人間とか宝箱にはついてなくて、ドラゴンの卵は⋯黒星?

⋯あっ、これ殺したり食べたりしたことあるものに星がついてるのか。

つまり、変身した時にその能力を使える。

で、多分黒星はその中でも一部のものなら変身できて能力を使えるとかそんな感じだろう。ドラゴンの卵と言っても色んな種類があって全部を知ってるわけじゃないし。


「痛っ⋯⋯」


「どうしたの?ペトっち」


「氷が出っ張っていて⋯足を擦りむいちゃったみたいです」


「あらら⋯回復してあげよっか。私、簡単な魔法くらいなら使えるんだよ!」


「そうなんですね!ありがとうござ⋯ます!」


「なんか段々と地形⋯く⋯って⋯たな。⋯⋯⋯気を⋯⋯ろよ⋯」


「⋯だな⋯⋯⋯先⋯⋯から⋯」


「⋯⋯」


「⋯」


『???:??????????』

『★ドラゴン:グオグオグーオグーオ』

『???:??????????』

『???:??????????』

『☆ユマンコメル:キュエキュエキューエキューエ』


ユマンコメルねえ⋯

そういえばみんなの話し声が聞こえなくなったけど⋯喋るの疲れたのかな?

私は振り返ってみんなを確認した。


「みなさんどうかし⋯⋯」


そこには変わらず水色の地面が広がっており、米粒のように小さくなっていた人影が遠くに見えた。


「⋯え?」


「――キュエーーーーッッ!」


突然、上から耳をつんざくような鳴き声が聞こえた。

反射的に上に向くと、そこには大きな白い鳥が勢いよく突進してきているのが見えた。


「⋯⋯あ」

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