【11話:変身魔法】
「すみません遅くなりましたー⋯」
「おう、おかえり。もう出来てるぞ」
部屋の扉を開けると、肉の香ばしい匂いがした。
部屋の中央の机の上には、炒めた魔食草を豚種の魔物の肉で巻いた料理⋯だけが並べられていた。
「美味しそうですね⋯けど、張り切ってた割になんか少なくないですか?」
「すまん。確認したら手持ちに魔食草とフッゴの肉しか無かったからこれだけだ。美味しそうにはしたから許してくれ⋯」
ペトスさんとロナリー様はベッドの上に座り、ペトスさんはラベンダーを見せびらかして自慢していた。
ダム様は⋯小指程度の大きさの瓶をひたすらに見つめていた。
「⋯まあ、久しぶりのちゃんとした勇者様の料理ですし、冷めないうちに早く食べましょうか」
ロナリー様は私に気がついた。すると立ち上がって怒ったように言った。
「遅いよアセルっち!冷めないようにって、もうとっくの前に冷めてるよ!」
「え」
壁にかけられた時計を見てみると、それはちょうど七時を示していた。
「先に食べてくれてても良かったのに⋯」
「さすがにペトっちより先には食べれないよ!でも、ペトっちもさっき帰ってきたんだよ?そしたらアセルっちももうすぐ帰ってくるって言うし⋯」
私なら先に食べても良いのか。
⋯というか、ペトスさんもさっき帰ってきた?そんなことは無いと思うんだけどな⋯先に帰らせたし。
寄り道とかしてたのかな?
「⋯すみません。気をつけます」
「いただきまーす!おおおぉうめぇ!」
いつの間にかダム様が席に座り、既に食事を開始していた。
「え、ちょっとダムっちずるいよ!せっかくみんなが揃うまで待ってたのに先に食べるなんて!」
「私も食べます!」
ペトスさんもちょこんと椅子に座り、肉を手でつまみ上げて食べ始めた。
「あぁぁちょっと!⋯んーもうっ、私も食べる!いただきます!」
そんなこんなで私たちは忙しなく食事を始めた。
「結局、花は買わなかったんだな」
隣に座る勇者様が肉を頬張りながら話しかけていた。
「そうですね。珍しい花ってどんなのがあるのかなーと思って見に行っただけです⋯し⋯⋯」
ある記憶が
――勇者さんのこと、好きなんですね
――⋯私、知ってますよ?アセルベさんが勇者さんをチラチラ見てたこと
そんなペトスさんの言葉が思い出される。そのせいで急に勇者様のことを直視出来なくなってしまった。
「⋯」
⋯いや、私が勇者様のことが好きなわけない!でも⋯なぜか意識してしまう。今までこんなこと無かったのに⋯
とりあえずここは冷静に、いつも通りに接さなければ⋯
「⋯どうした?」
「あ、いやなななんでもないですよ!私は至って普通でございますしうんうん」
「⋯⋯大丈夫か?」
無理だー!いつも通りとか無理無理!絶対に、無理!考えれば考えるほど恥ずかしくなってくる⋯
「今日のアセルベさん、なんかおかしいですよ?お花屋さんに行く前くらいからですかね。急に黙り込んだりぼーっとしたりするようになっちゃいました」
「あー、疲れてるのかな?蛇ダンジョンでもかなり活躍してくれたし、しょうがないか。今日はしっかり休めよ」
「は、はい⋯⋯ありがとうございます」
ペトスさんは私にだけ見えるように、ニヤリと笑ってきた。私はどうしてくれんだ⋯と言わんばかりに睨み返す。
そして急いで肉を口に押し込み、水で流し込んだ。
部屋は静まり返り、みんなはそれぞれのベッドに横になって眠ってしまった。
「ヴァリフィエ・マギア」
私は声を抑えながら魔法を唱え、時間を確認する。
現在夜の十時。明日も朝は早いから私もそろそろ寝ないといけない。⋯だが、やりたいことがある。
それは魔道書を読むことだ。
せっかく買ったのに読まないのはもったいない。
積み上がった二冊の本を引き寄せ、そのうち分厚い方の黄色い魔道書を手に取った。
「ちょっと暗いな⋯」
私は「リル・フォック」と唱え、小さな炎を生み出した。
その炎は宙に浮き、いい感じに手元を照らしてくれる。
表紙には[変身魔法]と書かれている。
ゆっくりとその表紙をめくった。
『一章:使用方法』
⋯魔道書を読むのは初めてだ。妙にワクワクする。
『―一度以上この書を最後のページまで読み切っていること』
『―後述する指定のページを開き、片手又は両手で持つこと』
『―五ページ目を参照し、詠唱を唱えること』
『以上三つの条件を同時に達成することで[変身魔法]の効果が適用される』
『※指定するページは七から二百ページまでのいずれか。四章:詠唱の説明に従って使用すること』
⋯なるほど、至ってシンプルだ。フェーブルさんやミオさんが使っていた時にやっていたこととほとんど同じだった。ただ、ページ指定があるのには驚きだった。瞬時に開くの難しくない?
とりあえず私は七ページからが気になったので分厚い紙を数枚めくって二章と三章をすっ飛ばし、七ページ目を開いた。
「⋯え」
見開きの左側の六ページには『四章:詠唱』と書かれている。その下には一章と同様に詠唱についての説明がされていた。
しかし、右側。七ページ目にはびっしりと、文字が敷き詰められていた。一枚めくり、八ページ、九ページ目を確認してみても同じだった。パラパラーっと本の最後まで確認してみたが、やはり全てのページに大量の文字が刻まれていた。
「なにこれ⋯」
七ページの一番上の行をよく見てみると
『☆スライム:ぽよぽよぽーよぽーよ』
その下には
『☆ゴブリン:ゴブゴブゴーブゴーブ』
と書かれていた。
「⋯」
⋯もしかしてこれ、七ページから全部変身したいものになる時に唱える魔法ってこと⋯?二百ページまでって⋯多すぎません?絶対覚えられないでしょ⋯
いや、最悪開く時に見ながら唱えれば大丈夫か。
「⋯あれ?」
『―一度以上この書を最後のページまで読み切っていること』
「⋯⋯」
⋯つまり、変身魔法を使うには、何に変身するにせよ一回はこの約二百ページある詠唱を全部読まないといけないってこと?え?嘘でしょ?
「はぁ⋯」
とりあえず私はそんな地獄は一旦忘れることにして、二章と三章も一応読んでおくことにした。
二章は簡単に言うとこの変身魔法で出来ることについて。そして三章は具体的な変身のイメージの方法について絵付きで説明されていた。
「⋯」
どうやらこの魔法は自分以外にも、他の人間や魔族、魔物を変身させることも出来るらしい。効果時間は魔法使用者の魔力量に応じて、最大一週間。私の魔力量なら⋯せいぜい二日程度か。変身するものにもよるけど。
後は変身しても判定としては変身前の種族が適用されるから、人間が魔物に変身してもそれは人間扱いになるらしい。
⋯あ、だからカエルのフェーブルさんに対魔物特化魔法を撃っても吹き飛ばされるだけだったのか⋯
「⋯寝よう」
私は変身魔法の魔道書を閉じ、魔法で出した炎を手で握って消してベッドへ移動した。
「明日移動中とかにでも読めばいいや⋯」
ベッドの上に座り、しばらくぼーっとしていた。
今日は色んなことがあった。私と同じ転生者、魔道書に⋯勇者様のこと。
「⋯」
⋯⋯そういえば、魔道書二つあったな。
解離、だっけ。これも変身魔法みたいにめっちゃ読まないといけないのかな⋯
そう考えると読む気が失せる。
「これも明日にしよう⋯」
私はベッドに倒れ込み、すぐに深い眠りについた。
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