【10話:情報交換】

「――率直に聞きます。ミオさん、あなたは⋯日本人ですか?」


私とミオさんは店の端っこに置いてある小さな机を挟んで、お互いに向かい合いながら座っていた。


「日本⋯人⋯⋯すみません、なんことだかさっぱり」


⋯⋯え?おかしい。そんなはずはない。

バラに加え、ラベンダーというこの世界の人じゃ絶対に出てこないであろう単語を口にした私が日本人だと気づいていないはずがない。

それなら⋯


「⋯私は元々、地球という星の日本という場所で過ごしていました。そしてそこでは、月野奏音という名前がありました」


ミオさんは口を半開きにして私の話を静かに聞く。


「しかしある時、気づいたらこの世界に新しく赤ちゃんとして生まれていたんです。そして今日、地球に存在する花ばかり売っているこの花屋の情報を聞いて、もしかしたら私と同じ転生者がいるんじゃないかと思って⋯」


ミオさんはしばらく黙っていた。

顔はうつむいていてよく見えなかったが、何か考え込んでいるかのように見えた。


「⋯」


「⋯」


そうして一分ほど経過した後、ミオさんは私の方をちらっと見てようやく口を開いた。


「⋯⋯信じて⋯いいんですか⋯?」


「もちろんです。私が嘘をつく必要はありませんから」


「⋯」


気づくとミオさんの目には涙が浮かんでいた。


「うぅ⋯ひっぐ⋯⋯ようやく⋯会えた⋯寂しかったよおおおおおおびええええええええん」


⋯ミオさん子供のように泣き始めた。

やっぱりこの人に私が日本人って言わなければ良かったかもしれない⋯


「ずっと⋯ずっと一人で⋯⋯ひっぐ⋯周りが変な人ばっかりで⋯怖かったんです⋯⋯ひっぐ」


「とても怖がってそうには見えませんでしたけど⋯」


「そりゃあ、二十一年間もこっちにいるんですから⋯もう慣れましたよ⋯⋯ひっぐ」


「え、あなたも二十一歳なんですか?!」


ミオさんは机に突っ伏して泣いていたが、私が驚いて立ち上がるとミオさんは「え?」と不思議そうに私を見上げた。

⋯顔はぐっしゃぐしゃで、正直おもしろかった。


「あなたもってことは⋯奏音さんも、二十一歳なんですか⋯?」


「はい。こっちの世界に来てから二十一年が経ちました。⋯あと、他の人に聞かれるとまずいので、私のことはアセルベと呼んでください」


「あ、すみません⋯その、アセルベさんは⋯⋯いつこの世界に生まれましたか?」


こっちの世界での誕生日か⋯確か毎年八月二十六日に祝ってもらってたな。一ヶ月や、一年間の数え方は元の世界と全く一緒だったからすぐに覚えられた記憶がある。


「えーと、八月の二十六日です。一応言っておくと、二十一年前なので史暦しれき五百三年です」


「⋯⋯」


ミオさんは目を見開いて硬直した。


「⋯ミオさん?どうかしましたか?」


「⋯⋯実は私も、この世界には史暦五百三年の、八月二十六日に生まれたんです⋯」


「えっ⋯⋯」


こんな偶然、あるのだろうか。

同じ日本人で、この世界に転生したのも全く同じ日。

これだけでも十分たまたまだったとは言いづらい。絶対に何かあるに違いない⋯


「アセルベさん⋯⋯もしかして、転生直前の記憶が無かったりしますか?」


「⋯はい、ありません」


「やっぱり⋯⋯私もなんです。他のことは全部覚えてるのに、なぜ、どうやってこの世界に転生したのか全く分からないんです。よくある転生ものの物語とかなら死んで転生しました〜みたいな感じだと思うんですが⋯」


「⋯死んだんですかね。私たち」


「不吉なこと言わないでくださいよ?!」


そっちからその話始めただろ。


「⋯ひとまず、情報を交換しませんか?お互いに知っていることを出せば、何か気づけるかもしれません」


「もちろんです。私、一刻も早く帰りたいのですが⋯如何せん何一つ情報が無かったので⋯」


ミオさんはずっと一人だと言っていた。それなら今もそう考えるのは普通か⋯

私はこの世界で勇者様と出会い、ダム様、ロナリー様とも出会い、十分すぎるほどの幸せを送ってきた。最悪帰れなくてもいいかって、思うようになっちゃったからな⋯


「⋯では、まず整理からしていきましょうか。私、アセルベとミオさんは全く同じ日にこの世界に転生し、その直前の記憶は無い。その日は史暦五百三年の八月二十六日であり、お互いの誕生日でもあります」


「そうですね。これだけでもかなり大きい情報ですけど⋯他に何かあるでしょうか」


「じゃあ、私からミオさんに少し聞きたいことがあるんですが、良いですか?」


「もちろん、いいですよ」


「ミオさんのこっちの世界での名前って⋯本当にクロカワミオなんですか?」


「あ、いえそれは違います。私が元の世界の名前をこっちで勝手に使ってるだけです。本当は⋯⋯」


ミオさんの言葉が詰まった。


「本当は⋯?」


「本当は、ビッチって名前なんです⋯その⋯こっちの世界では意味が通じないのでなんの問題も無いんですが⋯私のプライドが⋯」


「あぁ⋯」


確かにそれは嫌でも偽名を使いたくなる。

親はどういう気持ちで名前をつけたんだろうか。いや、意味は特にないから深く考えてないか⋯


「ちょっと!なんですかその目は!」


「いえ、すみません。同情していただけです」


「なら、私からも質問します!元の世界ではどういう人だったんですか?もし私と共通点があるなら、何かわかるかもしれません」


「確かにそうですね⋯私は、ごくごく普通の女子高生でしたよ。京都に住んでいて、趣味はゲームです」


「うーん⋯⋯女子高生という点以外は特に何もありませんね。私は東京に住んでいましたし、趣味もお花を集めることぐらいですし⋯」


ミオさんも女子高生⋯

妙に親近感を覚えたわけだ。


「それだけでもかなりの情報ですよ。ちなみに、私は三年生ですが、ミオさんもですか?」


「え?あ、はい。三年生⋯だと思います」


ミオさんはかなり自信がなさそうに言った。


「⋯どうかしましたか?」


「その⋯⋯元の世界の誕生日って覚えてますか?⋯いや、そもそも私たちが生きていた時って西暦何年か覚えてたりしますか?私は⋯覚えていません」


時間が止まった様な感覚がした。

言われてみれば⋯思い出そうとしても全く思い浮かばない。私はいつ生まれた?年号は?

⋯ただ単に自分は、十七歳だという事実だけを覚えていた。そしてクラス替えも三回したから、それらの記憶から自分は高校三年生だろうと勝手に推測していたのだ。


「私も⋯覚えてません。⋯でも、自分が高校三年生だということぐらいは分かるんじゃないですか?」


「クラスではずっとぼっちで、教室の隅でひそひそしている陰キャ女子だったので学校の記憶はあまりありません⋯」


ミオさんはもじもじしながら言った。

なんかごめん。


「⋯ひとまず、情報は少し増えました。お互いに女子高生であり同い年、誕生日は不明。西暦も覚えていない。そんなところですかね」


「ですね。ここから何か考えられることはあるでしょうか」


「うーん⋯今こうして私とミオさん、同じ日本からの転生者がいた、というのも情報になり得そうですが、そうなると私たち以外にも同じような転生者がいるかもしれません。そしてその人は恐らく、私たちと同じく女子高生であり二十一歳で、一部の記憶はないでしょう」


「ありそうですね。なら、二十一歳の人を片っ端から探していくとか⋯」


「それは無駄だと思います。誕生日も一致させないと意味が無いのでキリがないでしょう」


⋯そういえば、ダム様が二十一歳だと言っていた。

様子からは、とても転生者とは思えないが⋯

そもそも誕生日は⋯七月十一日だっけ。さすがにないか。


「確かにそうですね⋯⋯そういえば、アセルベさんって勇者パーティの一員なんですよね。どうして魔王討伐の旅に⋯?」


「魔王を殺せば何かわかるかもしれないと思って⋯⋯逆にミオさんはなぜこんなところでお花屋さんを?」


転生までしてお花屋さんを開くとか、よっぽど異世界に興味がなかったのか。

⋯いや、お花を集めるのが趣味とか言ってたな。だからかな?


「あ、それ聞いちゃいます?私、夢だったんですよ。花屋の店員になるの。それでこの世界に来てから魔法があることを知って、簡単に叶えられちゃいました」


「なるほど⋯それなら、これからもしばらくここから動くことはなさそうですね」


「はい。経営していかないといけないのでここを離れることはできません⋯でも、出来ることはやっていきたいと思います。私と同じような人がいると知って、やる気出てきちゃいました!」


「ありがとうございます。では、また何かあれば寄ることにしますね。私はもう帰らないといけないので⋯そろそろ失礼します」


私は席を立ち、その場を後にしようとする。

するとミオさんも一緒に立ち上がって、笑顔で言った。


「分かりました。魔王討伐⋯応援してます!一緒に、元の世界に帰れるように頑張りましょうね、月野奏音さん!」


「⋯」


私は返事をすることが出来なかった。

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