【9話:クロカワミオ】
私はしばらく走った後、疲れて道の真ん中で膝に手をついて休憩していた。するとそこにペトスさんも追いついてきた。
「はぁ⋯はぁ⋯やっと、追いついた⋯⋯」
ペトスさんは息を切らしてその場にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ⋯⋯あれ?」
すると何かに気づいたように、周りを見回した。
「あ、ここ、言ってたお花屋さんです!」
ペトスさんが指をさした方向を見てみるとそこには「みおの花屋」と書かれたお店があった。
この世界では珍しい店名だな⋯いや、元の世界でもそこそこ珍しいんだけど、なんというか⋯どちらかというと今の世界より元の世界にありそうな名前だ。
「⋯入りましょうか」
「はい!」
片開きのドアを開けるとカランカラーンという音が鳴り、店の奥から明るい声が聞こえた。
「いらっしゃいませー!⋯て、あれ?さっきの天使ちゃんじゃん!」
四角い黒メガネをした黒髪でポニーテールの女性が元気よく私たちを出迎える。⋯やはりこの世界っぽくない。容姿は完全に私が知る
「えへへ、ロナリーさんの仲間のアセルベさんがこの店に来たいって言ってたのでついて来ちゃいました!」
「⋯アセルベです。どうも」
「
「⋯えっ?!」
名字と名前⋯?!この世界じゃ聞いたことがない⋯
もしかしてこの人は⋯私と同じような境遇の人⋯?
いや、もし私と一緒ならこの世界に赤ちゃんとして誕生し、「アセルベ」みたいな、この世界っぽい名前がつけられるはずだ。でも黒川澪なんて⋯
「あはは!やっぱりクロカワミオって名前、長いですよね!思いませんか?アセルベさん」
「⋯」
⋯どうやらペトスさんには名字と名前で分ける、みたいな概念はないらしい。あくまでクロカワミオ。黒川さんや、澪さん、みたいな感じではなくクロカワミオという一つの名前として認識しているのか⋯
思ってるとしても、変な名前だなぐらいの感じだろう。
「アセルベさん、どうかしましたか⋯?」
ペトスさんが私の顔をのぞき込む。
「あっ、すみません⋯確かに長いですね⋯ふふっ」
私は苦笑いをしてなんとかその場を濁す。
「そうなんですよねー!だからちょっと簡単にして、いつもはミオって呼んでもらってます!」
「黒川澪さん⋯いい名前ですね」
「でしょうー?我ながら良い親を持ったと思います⋯ミオというこんな素晴らしい名前を授かるなんて⋯素晴らしすぎて、店の名前にまで入れちゃいました」
⋯確信した。ミオさんは私と同じ日本人であると。
もし「クロカワミオ」がこっちの世界で一つの名前とされているのなら、ミオさんが「ミオ」という名前を授かったと言うのはおかしい。「クロカワミオ」という名前を授かったと言わないと辻褄が合わない。
「とりあえずせっかく来たんですし、お花、見ましょう?アセルベさん」
幸いペトスさんは、この違和感に気づいていないようだった。
⋯ミオさんは、まだ私が日本人だと言うことを知らないはずだ。ひとまずお花の調査から開始し、その後なんとかしてミオさんと二人きりで話をしよう。
ペトスさんがいると不都合すぎる。
「そうですね。⋯あ、ミオさん、何かおすすめのお花とかありますか?」
「ふーむ⋯このコスモスとかはどうでしょうか。お客様に人気で、よくご購入されます」
コスモスも⋯元の世界にあったよね。見た目もそのままだ。
「あとは⋯チューリップとかも人気ですね。形が特徴的で、贈り物にもよく使われるそうです」
⋯やはり、元の世界の花ばかり売っている。
異質だ。あまりにもこの世界とはマッチしていない。
まるで元の世界のお花屋さんが、そのままこっちに移動してきたかのようだった。
「そうですか⋯ところで、ここのお花は見たことがないものばかりですが、どこから入手してきたんですか?」
鎌をかけてみる。
「えぇっと⋯私が考えて、つくりました。魔法で」
「全部?」
「はい」
⋯なんとも言えない答えだ。こっちの世界の人にも全然通用する言い方だし、私からしても筋が通っている。
「違う世界から持ってきました」みたいな直接的な発言を期待していたが、さすがにか⋯
「どうせなら今やって見せましょうか?何かお花っぽい名前を言ってくれれば、それっぽいお花を私が考えてつくってみせます」
これはチャンスかもしれない。
知っている花を言ってさりげなく私も同じ日本人だということを伝える。そうすれば二人で話す機会を簡単につくれるはずだ。
「じゃあ⋯⋯バラ、とかどうでしょうか」
「バラ⋯あ、すみません。バラっていう名前の花は既につくったことがあるんですが⋯なぜかある時からその花びらは一瞬にして全て散ってしまい、新しくつくっても同じく瞬時に⋯」
ミオさんは悲しい顔をして言った。
「だからすみません。他の名前でお願いします」
「わかりました。それなら⋯」
何があったかは知らないが、私は周りを見回し、ここに無くて元の世界にはある花を考える。
「⋯ラベンダー、とかはいかがですか?」
「なるほど、いいですね⋯!簡単にイメージ出来そうです!」
そりゃあ日本でも実際に咲いてるからね。見たことあるならイメージしやすいでしょ。
ミオさんは虚空から魔道書を取り出し、それを左手に持って開いた。
「イマーゴ・フロス・クレアティオ!」
ミオさんは左手を上部に掲げ、唱えた。
すると店の中は眩い光に包まれた。ミオさんの頭の上で小さな光が集まり、何かが形成されている。
「これは⋯」
しばらくして、形成は完了しミオさんは魔道書を閉じた。光によってつくられたその花はゆっくりと、ミオさんの手の中に落ちた。
「⋯完成しました!これが、ラベンダーです!」
見てみるとそれは⋯⋯私が知っているラベンダーそのものだった。細長い茎の先に、いくつもの紫色の小さい花びらがついている。これは完全に、ラベンダーだ。
「わあああぁぁぁぁ!すごいです!綺麗ですこれ!」
ペトスさんははしゃいでいる。
「あの、これ売ったりしませんか?!私、これ欲しいです!」
「え待って私お金が⋯」
「親愛なる天使ちゃん⋯⋯あなたのために、この花をプレゼントしましょう⋯」
「えええええぇぇ!良いんですか?!ありがとうございます!やった!やった!」
ペトスさんはラベンダーを大事そうに持ちながら飛び跳ねた。幸せそうだなあ⋯
あ、そうだ。今なら⋯
「ペトスさん、先に帰りますか?私、もうちょっとお花が見たいので⋯そのラベンダーを、勇者様達に見せて来たらどうでしょう」
「そうします!早く見せたいです!」
そう言うとペトスさんはスキップしながら店を出ていった。
「またね〜!」
ミオさんは手を振ってペトスさんを見送った。
⋯計画通りだ。ようやく二人きりになれた。
「さて、ミオさん⋯⋯少し話をしませんか?」
「⋯⋯?」
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