【8話:兆しの花】

「はあああああぁぁぁぁぁ?!」


勇者様は大声で叫んだ。

この狭い部屋に勇者様の声が響き、びりびりと皮膚が痺れるような感覚がする。


「お前っ⋯魔道書に金百枚って⋯え、えぇ⋯?一気に全部使うとかまじかよ⋯」


「いやだって⋯⋯どうしても欲しかったんですもん⋯」


「にしても限度ってもんがあるだろ」


勇者様は呆れたようにため息をついた。


「お前がもらった金だからうるさくは言えないが⋯もうちょっとパーティのことを考えてくれ」


「⋯はい、すみません」


私はあれから宿に向かった。

その途中、超スピードで走るロナリー様とすれ違った気もするが⋯

宿について部屋に入ると勇者様の姿はなかった。だからとりあえずベッドに入り寝ようとしたのだが、なかなか寝付けなかったので諦めて杖の掃除をしていた。

そんなこんなしている内に勇者様が来て、寝る前に読もうと机の上に置いていた魔道書が見つかって⋯今に至る。


「そういえば、ロナリー達はまだなのか。どこで何してるんだろうな」


「ロナリー様のことですし、ペトスさんがヘロヘロになるまで走り回ってそうですけどね」


さっきもロナリー様らしき人が通りかかったし。


「何か問題とか起こしてないといいけどな」


「ですね⋯」


「――ルっちー⋯」


どこからか犬のように騒ぐ声が小さく聞こえた。


「⋯アセルっちー!」


その声は段々と大きくなってくる。


「ア!セ!ルっち!」


バンッ!


⋯隣の部屋の扉が勢いよく開く音がした。


「ハッ!すみません間違えました!」


バンッ!


「⋯」


「アセルっち!」


ようやく私のいる部屋の扉が開かれた。

この犬はほんとによくはしゃぐ⋯

まあ悪い気分はしないが、人様に迷惑をかけるのはなあ⋯


「どうしたんですかそんなに嬉しそうにして⋯」


「あのねあのね!アセルっちに見て欲しいものがあるの!」


ロナリー様はぴょんぴょんと飛び跳ねながら廊下の方を指さしている。


「見て欲しいもの⋯?」


「そう!ダムっち、頼んだ!」


「おう!」


ロナリー様は部屋に入り込んで私の横にちょこんと座る。そしてすこし低い声でかっこよく言葉を発した。


「ミュージック、スタート⋯」


「そんなものまで用意したんですか⋯」


どこからか軽快な音楽が⋯

⋯ということはなく、それは私の隣から聞こえた。


「ちゃん、ちゃん、ちゃん、ちゃん、ちゃちゃーんちゃちゃん♪」


「⋯」


いやセルフかよ。なんか楽しそうにしてるし⋯

そんなロナリー様による陽気なBGMを耳にして扉の方を見ていると、ダム様が現れた。


「そこに咲くのは奇跡の花。誰もが見とれる笑顔の花。その美貌を刮目せよ!ペトスさんですっ!」


そう言うとダム様は横にずれ、後ろからペトスさんが恥ずかしそうに出てきた。


「うぅ⋯ええっと⋯」


「きゃああぁぁぁぁペトっち可愛いいいいいい!」


ロナリー様はまるでアイドルに熱狂するファンのように手を振った。

ペトスさんは頭に大きな黄色の花でつくられたかんむりを被っており、真っ白なひらひらのドレスを着ている。

その様子はまるで天使のように可愛く、輝いていた。

⋯そんなことより、なんかあの花見たことある気がするんだけど⋯なんだっけ⋯


「素敵ですねペトスさん⋯その、頭の上にある花とドレスはどうしたんですか?」


「素敵」という言葉を聞いてか、ペトスさんの表情は柔らかくなった。


「これは⋯ロナリーさんが買ってくれました。ロナリーさんにこの服と花の組み合わせが似合う!って言われて⋯お花は買った時に店の人がかんむりにしてくれたんです」


「この花を買った店ね、聞いたことも見たこともない花ばっかり売ってて、その中でもこの⋯カサブランカ、だっけ?があまりにもペトっちに似合いそうだから買っちゃった!」


⋯⋯カサブランカ?そう、カサブランカだ。

確かカサブランカって元の世界にあった花だよね⋯

でもなんでこっちの世界に?自然に生えてるのも見たことないし⋯


「⋯」


「どうしたのアセルっち?」


「そのお店、どこにありましたか?」


「どこって⋯もしかしてアセルっちも行きたくなっちゃった感じ?」


「はい、ちょっと見てみたいなって。見たことも聞いたこともない花」


こんなことは今までになかった。直接目で確認する他ない。もしかしたら元の世界と今の世界の関わりについて何か手がかりがみつかるかもしれないし。


「あの、私もついてっていいですか?花を買ったらロナリー様がすぐ私を連れて店を出てしまったのでゆっくり見れてなくて⋯」


「ごめんじゃん⋯」


「もちろんいいですよ。どうせなので道案内お願いします」


「はい!」


私は立ち上がり、外へ出ようとした。すると勇者様が頭に三角巾を付けてキッチンに立っていたことに気づいた。


「夜ご飯までには帰ってこいよ。飯作って待ってるから」


意外と料理ができる勇者様。本当に、頼りがいがある。

てか今更だけどなぜ宿にキッチンがあるのだろうか。あの王様の仕業かな⋯


「わかりました。行ってきます」


「行ってきます!」



私はペトスさんの後に続き、ルーエの街を歩いていた。

夕日が沈みかけている。あまり長くは居れなさそうだ⋯


「あの⋯アセルベさんは、なんで勇者パーティに?」


ペトスさんは白のドレスをなびかせて後ろを振り返った。


「ええと私は⋯魔王を殺すために⋯」


「なんで魔王を殺すんですか?」


言葉に詰まる。元の世界に帰るため⋯

いや、殺しても帰れる確証なんかどこにもない。

そもそも、きっかけこそそうだったが、今となってはただ、勇者様、ロナリー様、ダム様と一緒に旅をする。それだけが私の毎日の楽しみで、この世界で生きる理由になっていたのだ。

二十一年もこっちにいるんだもんね⋯もうすっかり、こっちの世界の住民だよ。


「⋯」


「⋯どうかしましたか?」


「あ、いえ、すみません。⋯もしかしたら私は、勇者様と一緒にいたいだけなのかも、しれないです」


もちろん、完全にこの世界に染まってしまった訳では無い。友達の由香ちゃんは、元の世界の私はどうなっているのか。なぜ直前の記憶が無い状態でこの世界に目覚めたのか。何も分からない状態で生涯を終えたくない。


「⋯」


だからせめて⋯真相を解明してから死んでやる。それまでは、死ねない。手がかりとなるものは片っ端から調査していく。魔王だって、今向かっている花屋だってそのためだ。


「勇者さんのこと、好きなんですね」


「えっ?」


私は不意をつかれ、思わず声を出す。


「⋯私、知ってますよ?アセルベさんが勇者さんをチラチラ見てたこと。ずっと気にかけてましたし」


「ええ?!私は⋯⋯そんなことないですよ!」


「えー?嘘だー!自分で気づいてないだけなんじゃないですか?」


言われてみれば⋯

⋯いやいや、絶対そんなことない!有り得ない!


「⋯違います!確かに勇者様は優しくておもしろい人で、一緒にいて落ち着くし安心するし楽しいですけどっ⋯⋯!」


「それもう百パー好きでしょ⋯どんだけスラスラ出てくるんですか」


「⋯⋯あぁぁもう!違いますってばー!」


私は恥ずかしくなってペトスさんより先に走っていった。

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