【7話:魔道書】

そういえば、最近ルーエには新しく魔道書屋が出来たと風の噂で聞いた。

基本的な魔法や攻撃魔法は魔法学校で学べるし、詠唱理論、想像理論さえ理解していれば独自魔法だってつくれる。その人が使用できるかは別として、魔法というのは大体詠唱とイメージで構築されるから魔道書はあまり必要としない。

が、特殊すぎる魔法、詠唱が長すぎる魔法、イメージがしにくい魔法とか⋯後は伝説でしか聞いたことないけど、禁忌魔法とかもそうなのかな?そういう魔法をつくる時や使用する時は必要だったりする。

そんな魔道書を売る店⋯意外とおもしろそうではある。


「確かここら辺に⋯」


そんなことを考えながら歩いていると例の魔道書屋を見つけた。

大きく「ページ・グリモア」と書かれている。店の名前だろうか。

⋯その文字の周りには二つの巨大なドクロが飾られており、こちらを見ているような気がした。不気味だ。怪しすぎる。

一瞬入るのをやめようかと思ったが、せっかくここまで来たので覚悟を決めた。


「お邪魔しまーす⋯」


中は薄暗く、どんよりしている。

壁には色んな種類の魔道書がびっしりと掛けられており、正面には長めの机が一台だけ設置されていた。その上にも禍々しい紫色の魔道書や、質素で薄っぺらい魔道書などが置かれている。


「⋯いらっしゃい⋯⋯」


「うわぁっ?!」


突然暗闇の中から声が聞こえた。私はそれに驚いて飛び上がり、その反動で壁に激突する。


「ぃいい痛あぁぁ⋯⋯」


その直後、壁に掛けられていた大量の魔道書が落ちてきて私に襲いかかった。


「きゃあああぁぁっ!」


⋯⋯頭がヒリヒリする⋯ひどい目にあった⋯


「えぇっと⋯大丈夫ですかいな」


軽くしゃがれた女性の声が私に話しかける。

なんとか身を起こして見てみると、そこには全身に白い服を纏った年老りが立っていた。


「はい⋯あなたは⋯?」


「あたしはこのページ・グリモアの店主、フェーブルじゃよ」


「あ、あなたが⋯すみません。本が⋯」


私は散乱している魔導書を一冊一冊拾い上げる。

⋯⋯いや落ちてきた量多すぎ⋯こんなの一冊ずつやってたら夜になってしまう。


「大丈夫じゃよ。レース・トリスティック!」


フェーブルさんはそう唱え、いつの間にか片手に持っていた本を開いた。すると突然風が巻き起こり、本が紫色に輝き出す。同時に、私の周りに散らばる魔道書全てが同じように輝いてゆっくりと宙に浮き始めた。

そして全ての魔道書は一斉に移動して、完全に元通りになった。


「おぉー⋯すごい」


こんな便利な魔法があるのか。

私の魔法じゃせいぜい本一冊浮かせられるだけだ。これが魔道書の力⋯


「はっはっは!すごいじゃろう。そんな魔法がここにはたくさんある。改めて、ページ・グリモアへようこそなのじゃ」


フェーブルさんは高らかに笑う。


「はあ⋯」


「あたしなら見せることもできるから、気になる魔道書があれば言ってくれい」


そう言うと店の奥へ姿を消してしまった。


「⋯」


魔道書を一通り読みさえすれば大体その魔法はすぐ使えるようになる。その代わり魔道書で覚えた場合はさっきのフェーブルさんみたいに魔道書を開きながらじゃないと使えないんだけど。


「これはなんだろ⋯」


私のすぐ後ろにかかっていた黄色の魔道書を手に取る。

表紙にはかすれた文字で[変身魔法]と書かれていた。

変身⋯?イメージ無理でしょ。私人間だし。

⋯そんなものでもイメージ可能に出来るのがこの魔道書だ。


「すみませーん。フェーブルさん、この魔法見てみたいでーす」


「ほいほいほい⋯」


暗闇の中からフェーブルさんが歩いてきた。

私は変身魔法の魔道書を手渡す。


「なるほど、変身魔法とな⋯また古いものを⋯」


「お願いします」


「ではゆくぞ⋯⋯ゲコゲコゲーコゲーコォ!」


「⋯」


私の目の前が煙に包まれ、しばらく視界が真っ白になった。

収まるまで待ってみると、そこにフェーブルさんの姿はなかった。


「消えた⋯?」


机の下を覗いてみる。そこにいたのは黄緑色で四足歩行の⋯⋯魔物⋯⋯


「ゲコ、ゲコ」


「ひやああぁああカエル?!やめ、やめて!来ないで!」


「ゲコゲコ、ゲコ」


「いやあああぁぁスコタディ・クティピマぁぁ!」


「ゲコ〜」


目の前の気持ち悪い化け物は店の端っこまで猛スピードで吹っ飛んでいった。同時に私もその衝撃には耐えられず吹き飛ばされ、最初と同じ壁に打ち付けられる。

⋯案の定また大量の魔道書に襲われた。


「きゃあああぁぁぁあ!」


「⋯⋯なにやってるんじゃ。全く」


いつの間にかフェーブルさんが人間の姿で私の前に現れた。呆れたように私を見ている。


「あなたのせいですよ⋯いてて⋯」


「それでどうじゃ?変身魔法は」


「カエル型の魔物なんかにはなりたくないですよ⋯」


「はっはっは!実はだなこの魔法、結構便利なんじゃぞ?読んだら分かるが、変身先はカエルだけではないし必ずしも魔法使用者が変身する必要も無いのだ」


⋯なるほど、要するにこのババアはわざとカエルに変身して私を弄んだのか。ふざけんな。


「ちなみに、値段を聞いてもいいですか」


「金一枚じゃ」


「あ、意外と安いですね」


魔道書自体、そこそこ高価だ。だからこの変身魔法が金一枚となると魔道書の中でもかなり安い部類に入る。


「見てもらったらわかる通り、この魔道書はかなり古い。それに加えて変身魔法はかなり魔法使用者依存の魔法だからあたしも扱いには困ってるんじゃ⋯」


「じゃあまあ⋯それなら一応買っときます」


そう言って私は王様からもらった金百枚が入った袋を取り出し、そのうち一枚をフェーブルさんに渡して変身魔法と交換した。


「ほんとか!いやあお客さんこんなのに金一枚も⋯」


かなり嬉しそうな顔をしていた。

まあ、普通に金一枚でもそこそこだもんね⋯

私はなぜか百枚も手に入ったし、一枚ぐらいならと思って買っただけだけど。


「良かったら他にも見ていくかい?」


「あ、はい。そうします」


「では、ごゆっくり」


するとフェーブルさんはルンルンで店の奥に消えていった。とてもヨボヨボな体とは思えないほど軽やかだった。


「⋯」


地面には大量の魔道書が散らばっていた。私にはどうすることもできないのでとりあえず無視することにする。

それより、店に入った時からずっと気になっていたものがある。あの机の上に置いてあった禍々しい紫色のやつだ。あれだけなんか⋯オーラが違う。


「えーと⋯あった、これこれ」


私は立ち上がり、机の前まで移動して例の魔道書を手に取った。

⋯するとなぜかその魔道書に触れた場所だけがむずむずする。ほんとに何だこれ?なんとなく魔力が吸い取られてる感じもするし意識も朦朧とするような⋯⋯


「⋯⋯はっ」


咄嗟に魔道書から手を離した。

よく見てみるとその魔道書には[解離]という文字が表紙に刻まれている。


「⋯⋯解離⋯離れる⋯?どういうこと?」


どんな魔法なのか全く想像出来なかったので私は再びフェーブルさんを呼んだ。行ったり来たり忙しいなこのおばさん⋯


「ほいほいほい⋯」


「あの、この解離ってやつを⋯」


「待て、これは無理じゃ。あたしには使えん」


フェーブルさんは即座に反応した。どことなく真剣な表情をしている気もする。


「え、使えない?どういうことですか?」


「これは一度でも使用すると消滅してしまうんじゃ。つまり、一回限りの魔道書。しかも、複製は不可能で世界に一つしかない」


魔道書を使うと消滅⋯?ますます分からない。

そんなもの初めて聞いたしそもそもなんでそんなものをこのおばさんが持っているのか⋯


「どうしても欲しいというのなら売ってやらんこともないが⋯金百枚じゃ」


さっき変身魔法買わなければ良かったー!一枚足りない⋯

正直、かなり欲しい。第二の人生をほぼ魔法に費やしてきた私としてはこんな謎なもの誰かの手にあるよりも自分のものにしときたかった。


「金九十九枚しかないんですけど、これじゃだめですかね⋯」


「なんと⋯⋯ほんとに買うつもりなのかい⋯」


フェーブルさんはしばらく考え込む。

そして一分ほど経った時、ようやく口を開いた。


「⋯分かった。変身魔法も買ってくれたんじゃ、金九十九枚で売ってやろう」


キター!やった!最高!こんなおもしろそうなのが手に入るなんて⋯魔法使いとしての血が騒ぐ⋯

私は王様からもらった金が入った袋を直接渡し、解離の魔道書を手に入れた。


「あ、そうそう。それに何もせんと長時間触れ続けると危険じゃから、手に魔力を纏わせてから触るんじゃ。それなら読めるぞ。どんな魔法かは、読んでからのお楽しみじゃ」


「⋯なるほど、わかりました。じゃあお金もないので帰ります。ありがとうございました」


解離の魔道書は「フロート」と唱え、浮かせながら持って帰ることにした。

フェーブルさんが使ってたレース・トリスティックの下位互換みたいなものだ。基本的な魔法なので魔法学校で習う。


「こちらこそじゃ。また来るんじゃぞ」


そうして私は魔道書屋、ページ・グリモアを後にした。

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