【4話:おかしい人】

パチパチパチと、薪の弾ける音だけが聞こえる。

焚き火を囲んで食事をする勇者パーティ四人と、少女。

今夜はそこの湖から獲ってきた魚の串焼きだ。


「これ、美味しいですね!!」


少女は目を輝かせながら、嬉しそうに言った。

他の面々は依然として暗い表情のままだ。もちろん、私も含めて。


「⋯⋯」


そんな私たちの様子を見て、少女は肩を窄める。

私は、口から木の棒を出して馬鹿みたいな顔をする魚の腹に齧り付く。

とんでもなく不味かった。


「トイレ行ってくる」


ダム様がおもむろに立ち上がった。


「ここ、森の中ですよ」


「⋯」


ダム様は不機嫌そうにドシン、と鎧の重さに従って勢いよく座った。

それを見て勇者様は小さくため息をつき、少女の方に体を向けて笑顔で言った。


「君、名前は?」


「えっ?えっと⋯」


少女は急に話しかけられて驚いたのか、おどおどしている。


「あぁ、すまない。まずは自分達から言おうか。俺はフィデル。勇者をやってる」


「⋯⋯ダム」


「ロナリーだよ!」


黙々と魚を食べていたロナリー様だったが、自分の番が来たかと思うと急に自分の名前を叫んだ。


「アセルベと申します。魔法使いです」


「⋯ペトスっていいます。私も一応?魔法使い、です」


少女も流れで自己紹介をした。


「そっか、ありがとう。ペトスさんはどうしてここに?」


「ペトスで大丈夫です。んーと⋯私はもっと強くなりたくて、その⋯⋯家出をしてきたんです。それでこの森に迷ってしまって⋯」


「魔物を倒しているうちに私たちと出会ったと。そういうことですか?ペトスさん」


「はい、そうです。⋯みなさんは、ここで何をしてたんですか?あとペトスで大丈夫です」


「私たちはあの超〜難しい蛇ダンジョンを攻略してきたの!その帰りにこの森を通っただけだよ。そしたらこの湖を見つけて⋯」


ロナリー様は自慢げに言った。


「えぇ?!あの蛇ダンジョンを⋯」


ペトスさんはわかりやすく驚いた。

蛇ダンジョンが難しいのは事実だ。私たちが攻略するまで他に攻略できた人はいない。

するとペトスさんは何かを心に決めた素振りを見せ、私たちにお願いをしてきた。


「あの⋯私もあなた達と一緒についていってもいいですか?他に行くところもないし私一人じゃどうしても厳しくて⋯⋯あ、もちろん私も戦ってみなさんをサポートします!」


「⋯⋯」


誰もすぐには答えなかった。が、さすがにこの空気は良くないと思ったのか、勇者様が咄嗟に口を開いた。


「まあ、別にいいんじゃないか?困ってるみたいだし」


「そ、そうだね!人が多い方が楽しいよ!」


二人は揃ってダム様をチラッと見た。どうやらダム様がどう思うかを気にしているらしい。

ダム様は目を閉じながら、無言で魚を食べている。


「⋯私も良いと思いますよ。戦力が増えるのは助かります」


私がそう言うとペトスさんは嬉しそうに目を輝かせた。


「じゃ、じゃあ⋯!」


「俺は反対だ」


低く、重い声が響く。

辺りは静寂に包まれ、また薪の音が鮮明に聞こえてきた。


「⋯寝る」


ダム様はそう言うと、背中に背負っていた斧を地面に置き、その隣で私たちに背を向けて横になった。


「⋯」


左からまた勇者様のため息が聞こえた。今度のため息は大きかった。

空気は最悪だ。体を動かそうと思っても、粘りっこい何かが体に纏わりつくような感じがして上手く動かせない。


「⋯⋯そうですよね。すみません、私なんかが⋯」


ペトスさんは萎縮して申し訳なさそうに言った。


「だ、大丈夫だよペトっち。あの巨人バカでよくわかってないだけだから、私たちがちゃんと一から説明してみる!そしたらきっとダムっちも賛成してくれるよ!」


ロナリー様は必死にペトスさんを元気付ける。無理やり笑顔をつくっているが、かなりぎこちなかった。

いつもあんなに楽しそうなロナリー様でもこんな顔するんだな⋯


「あ⋯⋯ありがとうございますロナリーさん。あと、ペトスで大丈夫です」


ペトスさんの表情は少しだけ明るくなる。


「とりあえず、今日はもう寝ましょうか。今日のことはまた明日考えましょう」


「そうだな。ダムは俺らが絶対になんとかするから、安心して寝てくれ」


表情はいつもの優しい勇者様だが、その声に感情はこもっていない。


「分かりました。本当に⋯ありがとうございます」


ペトスさんは頭を下げた。顔はよく見えなかったが、なんとなく、目に涙を浮かべているような気がした。

⋯ペトスさんが幼くて⋯純粋で助かったと思った。


「じゃ、おやすみ」


「おやすみ〜!」


「おやすみなさい。皆さん。ペトスさんも」


「お、おやすみなさい⋯⋯あとペトスで大丈夫です」




何か足音が聞こえて目が覚めた。

魔物⋯?いや、夜は魔物も寝る。あるとすれば魔族だがこんな森にいるわけがないし⋯

音が聞こえる方に目を向けるが、焚き火の炎は既に消えておりよく見えない。

目を凝らして見てみると、そこには大きな人影があった。


「⋯ダム様?」


「アセルベ?すまん。起こしたか」


「いえ⋯」


私は身を起こし、湖に足をつけて座るダム様の横に並んで座った。

聞きたいことは山ほどあるが、さっきのこともある。できるだけダム様を刺激しないように当たり障りのないことから話してジャブを打ってみる。


「防具、錆びますよ」


「忘れたのか?これは防錆性能がついてる」


「あぁ、そうでしたね」


⋯何も分からない。普通に受け答えをされて終わってしまった。

すると雲に隠れていた月が出てきた。その光でダム様の顔ははっきりと見えるようになる。

ダム様は空を見上げ、ずっと月を見ていた。本当にダム様?と思うほどいつもと雰囲気が違っているのだけは分かる。

何から話そうか迷っていると、ダム様の方から話してきた。


「なぁアセルベ⋯⋯俺って、おかしいのか?」


「⋯どうしてですか?」


「ぽよちゃんが殺されて⋯俺は受け入れられない。でも、お前もフィデルも、最終的には受け入れた。ぽよちゃんが魔物だから、仕方がないって受け入れたんだ。そうだろ?」


「⋯」


答えられなかった。今ここで下手なことを言うと、取り返しのつかないことになりそうだと直感的に思ったのだ。

しばらく無言を貫いているとダム様は続けた。


「ロナリーだって、目を覚ましてぽよちゃんが死んだことを知った時、最初こそ悲しい顔はしてたがすぐに切り替えた。いつもの元気な、明るいロナリーに戻った。お前やフィデルと一緒だ」


依然として月を見続けているダム様は淡々と言う。


「だからペトスも許せたんだろ?⋯俺にはその気持ちが分からない」


ダム様はとても苦しそうに言った。

月は再び雲に隠れ、ダム様は空を見上げるのをやめた。

そしてダム様の顔すらも見えなくなるほど辺りは暗くなった。

⋯⋯言わないと伝わらないか⋯いつまでも逃げている訳にはいかない。私はゆっくりと、口を開いた。


「⋯⋯確かに私は、ぽよちゃんが殺されても仕方がないと思いました」


「⋯」


ダム様の影は微動だにしない。


「でも、私だって辛いです。ぽよちゃんが帰ってきたら⋯って、何回も思いました」


よくは見えなかったが、なんとなく、ダム様がこっちに顔を向けたように感じた。続けて私は言う。


「魔物を蘇らせる魔法もないかひたすら考えました。薪を集めている時も、こっそり抜け出して手当たり次第に人間用の回復魔法や蘇生魔法を試しました」


「そんなのに意味は⋯」


「意味がないと分かってても⋯⋯奇跡が起きるかもしれないって、思ったんです。同じ魔法を⋯何度も。何度も、何度も何度も試しました⋯⋯」


話しているうちに視界が徐々にぼやけ、涙の雫が一粒、また一粒と頬を伝っていった。

涙と暗闇でもう何も見えなかったが、目の前にいるであろうダム様の肩を掴んで目を合わせる。


「⋯仕方がないとは思いましたが受け入れられたわけじゃありません。それはきっと、勇者様も、ロナリー様も同じです⋯⋯あんな勇者様の声、ロナリー様の顔⋯初めて見ました」


絞り出すように声を出すが、どうしても掠れた声しか出なかった。

肩を掴む手も次第に力が入らなくなり、私は崩れ落ちる。

そんな私を見てダム様は言った。


「じゃあ⋯じゃあなんでペトスを仲間にしようと思えるんだよ⋯⋯あいつはぽよちゃんを殺したんだぞ?!」


「⋯だからといってペトスさんを見捨てる理由にはなりません。この世界で魔物は敵です。殺すべき存在です。⋯それが普通なんです。ペトスさんは、何も間違ったことをしたわけじゃありません。普通の人間です。だから⋯仕方がないんです」


「⋯⋯」


「⋯受け入れられなくても、仕方がないと自分を納得させて、受け入れたフリをして、次に進むしかない。普通の人間のペトスさんを見捨てても⋯私たちには罪悪感しか残らないでしょ⋯⋯?」


「っ⋯」


ダム様は目を逸らす。そして何か言いたげにしていたが、すぐにやめてしまった。


「⋯最初の質問に戻りますが、ダム様はおかしいと思います。だって、この世界の普通ではないんですから。⋯⋯でも、ダム様がおかしいなら私も、勇者様もロナリー様もおかしいです。⋯私たち勇者パーティはおかしい人たちの集まりですね」


気づくとダム様の目からも涙が流れていた。

それを見て私は咄嗟にダム様の背中に手を回して自分に引き寄せる。そしてゆっくりと、背中をさすった。

私よりも辛いはずのダム様は静かに泣いた。

ダム様は本当に強い人なんだと、改めて認識した。


「おかしい人同士、頑張りましょう」


それから私たちが会話を交わすことは無く、私は自然と瞼を閉じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る