【3話:早すぎる別れと、出会い】

私たちは森に足を踏み入れた。


「来る時は暗かったからよくわからなかったけど、結構神秘的だね!」


所々木や葉っぱが宝石のように光っている。

そして至る所に木漏れ日が落ちており、眩しいと思うほどだった。


「そうだな。もしかしたら森の神とかいるかもしれんぞ?ロナリー」


肩にスライムを乗っけているダム様は何の面白味もない冗談を言っていた。

このファンタジー感満載の世界でもさすがに神は伝説の存在だ。


「⋯は?」


ダム様は軽くあしらわれてしまった。

あの巨人とも呼ばれる戦士ダムはかなり小さくなって落ち込んだ。

⋯まあ、無理もないと思う。最近知ったことだが、ダム様はロナリー様のことが好きらしい。

なぜか既にそれを知っていた勇者様から聞いた。

気づくと、肩のスライムがぽよぽよとダム様に優しく頬擦りをしていた。


「あぁ⋯ぽよちゃん、ありがとう。慰めてくれてるんだね⋯」


「なんだよぽよちゃんって」


勇者様が呆れたように聞く。


「このスライムの名前だよ。ぽよちゃん、可愛いだろ?」


「ま、まぁ⋯そうだな?うん」


勇者様はよくわかっていなさそうだ。


「ダムっち、それ魔物でしょ?捨ててきなさい!」


するとロナリー様はお母さんみたいにダム様を叱った。


「捨てる?!そんなことできるわけないだろ!」


「ぽよ、ぽよ!」


ぽよちゃんことスライムはダム様の肩の上で跳ねている。庇ってくれて嬉しいのだろうか。

⋯一瞬、人間の言葉を理解しているのかと思ったが、ダム様があからさまにスライムを手で守っていたので恐らく雰囲気で感じ取ったのだろう。


「はぁ⋯じゃあどうするの?育てるの?」


「俺が責任を持って育てる。まあ任せろって!」


「⋯なあダム、魔物の危険性はわかっているよな?例え雑魚のスライムとはいえ、その生態は何も解明されていない。さっきのロナリーみたいなことになるのはもう勘弁だ」


「⋯⋯」


ダム様は黙り込んでしまった。

確かに、勇者様の言う通りだ。返す言葉もない。


「わかったよ⋯でも、そんなすぐポイッと捨てられるほど俺は鬼じゃない。もうちょっとだけ一緒にいさせて⋯」


そう言うとダム様はトボトボと歩き出した。ぽよちゃんは心配そうにダム様を見つめている。

⋯魔物とはいえ、流石に私も心が痛い。




その後しばらく森の中を歩いていると


「ぽよ!ぽよ!」


ぽよちゃんがいきなりダム様の肩から飛び降りて前を走り出した。


「ど、どうしたんだ?ぽよちゃん」


「ぽよぽよ!」


ぽよちゃんが向かう方向に目を向けると木々の間に少し開けた場所が見える。

そこにはキラキラと、揺れる何かが地面に広がっていた。


「あ、見てみて!こんなところに湖があるよ!!」


そう言いながらロナリー様もぽよちゃんと同じようにはしゃぎ出した。

また走っていくかと思ったが、あっ、と何かに気づいた様子を見せしょんぼりしてその場に踏みとどまった。

恐らくさっきのことを思い出したのだろう。


「ここは森の中だから、多分ユマンコメルはいないと思うぞ。安心しろ」


勇者様は穏やかに、優しく言った。それを聞いたロナリー様は一瞬で満面の笑みを浮かべ、足をバタバタさせる。

その様子はもう完全に犬だ。


「いいんですか?勇者様。あの鳥は特殊過ぎますが⋯ここは森ですし、あの鳥以外にも魔物はいるでしょう」


「ここら辺の魔物に負けるほどロナリーは弱くない。特にロナリーは反応速度が良いから、ユマンコメルみたいな例外の魔物以外ならいくらでも対処できるだろ」


「まあ、それはそうですね⋯」


勇者様はやはり仲間を信頼している。私が心配し過ぎだったのかもしれない。

気づくと勇者様の隣にいたロナリー様の姿は既に消えていた。

湖の方を見るとロナリー様は水を飲んでいた。その横ではちゃっかりぽよちゃんも水を飲んでいる。


「ぽよ〜!」


「ぽよちゃんもわかる?ここの水美味しいよね!!」


なんだかんだ言ってロナリー様もぽよちゃんと仲良くなってる。とても楽しそうだ。

まあ、今の私たちのレベルならスライムは無害だし、可愛いもんね⋯


「可愛い⋯」


ダム様が呟いた。視線はぽよちゃんではなくロナリー様だ。

やはりダム様がロナリー様のことを好きなのは嘘じゃなかったらしい。


「お前も行ってきたらどうだ?ダム」


「えっ、いや、えーと⋯」


勇者様がからかうように促すとダム様の顔は赤くなり、どきまぎした。

しばらくして、ダム様は決心したように言った。


「よし⋯」


「お、行く気になったか?」


「あぁ、行ってくるぜ!」


ダム様は右足を前に出し、ロナリー様に手を振りながら走り出した。


「おーいロナリ

「スコタディ・クティピマ!」


私の右耳を何かが掠める。それはダム様の横を通り、物凄いスピードで湖の方向に向かっていった。

「え」と声を出す前に重低音が鳴り響き、それは爆発した。思わず目を閉じる。

直後、爆発の衝撃によって私の身体は吹き飛ばされ、一瞬宙に浮く感覚がした後地面に転がった。


「ごほっ、ごほっ⋯」


⋯スコタディ・クティピマ⋯⋯対魔物特化魔法⋯?魔物に対しては威力が高い爆発を放ち、人間に対してなら吹っ飛ばされる程度の衝撃を与える扱いやすい攻撃魔法⋯

いや、待って。まさか――


「ぽ、ぽよちゃんっっ!」


声を上げたのはダム様だった。

ダム様は地面にうつ伏せになりながら湖の方に手を伸ばしたが、その状態のまま固まった。

私も恐る恐るぽよちゃんがいた方向に目をやる。


「なっ⋯⋯」


声が出なかった。頑張っても口をぱくぱくさせることしかできない。

⋯こんなことがあって良いのだろうか。

ついさっきまでロナリー様と楽しそうに湖の水を飲んでいたぽよちゃんは、いくつかのゲル状の破片となってそこらじゅうに散らばっていた。そのかけらからは少しだけ煙が上がっており、蒸発しているように見えた。


「⋯⋯」


その近くにはロナリー様も転がっている。

動く気配はないが、あの魔法なら人間が至近距離で食らっても命に関わるようなダメージではないはずだから、きっと気絶しているんだろう。


「嘘だろ⋯」


左後ろから勇者様の声がした。振り返るとそこには勇者様が呆然と立っていた。距離があったから、吹き飛ばされずには済んだらしい。

⋯そのもう少し後ろに、人影が見えた。小学校低学年?ぐらいの身長で、その身長と同じくらいの長さの杖を抱えて佇んでいた。


「⋯誰ですか」


声をかけるが、反応はない。表情は遠くてよく見えなかった。


「ぽよちゃんを⋯あのスライムを殺したのは、あなたですか」


もう一度聞く。やはり反応はない。


「答えなさい!なぜ殺したのっ!!!」


私は声を荒げて言った。するとその人影は、少し間があった後に「あの⋯⋯」と言いながらこちらに近づいてきた。

その間に私は素早く立ち上がり、杖を構えて相手を見据える。

近づいてくる人物は幼かった。青く澄んだ瞳で、白髪のショートカット。そして黒いローブを羽織っている。


「⋯⋯」


手に力が入る。

少女をよく見ると、体をガタガタ震わせて怯えていた。今にも泣き出しそうだった。

そのまま近づいてきて、ようやく私の目の前にたどり着くと、ゆっくりと私の顔を見上げて口を開いた。


「ま、魔物を、殺したら⋯⋯ダメなんですか⋯?」


「えっ⋯」


思わず声が出た。そして反射的に振り向いて湖の方を見る。

そこではダム様が泣きながら、蒸発していくぽよちゃんのかけらを必死に集めていた。なんとか手ですくい上げるが、手の中で煙となって消えていく。


「⋯」


「だめ⋯なんですか⋯⋯?」


少女は震える声で続ける。何と言ったら良いのだろう。

必死に言葉を探すが全く見つからない。鼓動の音だけが聞こえ、それは段々と早くなっていく。


「⋯⋯いや、魔物は殺さなくちゃならない。君は、何も間違っていない」


しばらく沈黙が流れた後、少女の後ろに立つ勇者様が苦しそうに言った。


「じゃあなんで⋯」


少女は後ろを振り返って言う。それに対して勇者様は口をつぐんだ。少女は困惑した様子を見せる。

⋯そう、ぽよちゃんはスライム。スライムは魔物。魔物は敵だ。殺すのが普通だ。

ダム様みたいに仲良くしようとするなんて、普通ならあり得ない⋯


「⋯⋯すみません、私がおかしかったです。ぽよちゃ⋯⋯いや、スライムを⋯殺してくれて、ありがとうございます」


無理やり笑顔をつくる。恐らくこの時の私の顔は相当不細工だっただろう。少女はあまり納得していないようだったが、なんとか落ち着かせることはできた。

⋯これが、私たち勇者パーティと謎の少女との初めての出会いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る