【2話:無詠唱魔法】

私たち勇者パーティは森に向け歩みを進める。

しばらく歩いても景色は全く変わらなかった。


「アセルっち⋯さっきの、怖くないの?」


景色に見飽きてきた頃、ロナリー様が話しかけてきた。


「さっきの⋯とは?」


「その⋯空から急降下するやつ」


あぁ、あの紐なしバンジーか⋯

確かに感覚は長めのメタスタシー・エヴァジオンと同じ感じだ。


「まぁ、もう慣れました。私はロナリー様より多く経験してますし」


「えぇ⋯もう巨人じゃん」


巨人言うな。


「ロナリー、アセルベとダムには決定的な違いがあるんだ。⋯何かわかるか?」


勇者様が私たちのやり取りに割って入ってきた。


「んー、性別?」


「それもそうだが⋯違う。ダムは初めてメタスタシー・エヴァジオンを経験した時から平気だった。でも、アセルベはそうではなかっただろ?最初の頃なんか使うのを渋ってたくらいだ」


「なるほど⋯。そっか!じゃあやっぱり巨人はダムっちだけだ!」


チラッとダム様を見てみるとなんとも言えない表情をしていた。

するとダム様は何かに気づいたらしく、私たちが歩く先の方向を指さして言った。


「なぁ、あれが言ってた森じゃないか?」


遠くにうっすら木のようなものが見える。

見えると言っても、何か緑の小さいものがちょんっと草原の上に乗っかっているように見えるだけだ。


「本当だ!!やっと見えてきた!」


「あ、おい!あんまり一人で動くな!!」


はしゃぐロナリー様。走って私たちの先を行ってしまった。


「はぁ⋯ちょっと追いかけるぞ」


そう言って勇者様も走り出した。

それに続いて私とダム様も走る。ダム様はかなり走りたくなさそうな顔をしていた。

⋯すると突然、前を走るロナリー様に影が落ちた。


「くそっ、やっぱりか⋯」


勇者様はかなり焦った様子を見せ、私に聞こえるかどうかギリギリの声量でそう呟いた。

影に気づいたロナリー様は上空を見上げた。同時に、影の正体を知ったロナリー様は声は全くあげずに目だけを見開いた。

そしてなぜか、走ることはやめなかった。


「まずい⋯急がないと⋯」


勇者様は更に走るスピードを上げた。

それについていくために私とダム様もスピードを上げる。


「勇者様、あれ――」

「喋るな!」


あれはなんですかと質問しようとすると勇者様は声を最小限に抑えたまま私の発言を遮った。


「はぁ⋯はぁ⋯くそ、間に合わない⋯」


ロナリー様の頭上にある影の正体、それは白い鳥だった。体長はおよそ二メートルはあり、ロナリー様の真上にぴったりとくっついて並走していた。

鳥?大きい声を出してはいけない?魔物なのは間違いなさそうだけど⋯


「いいかアセルベ、よく聞け」


勇者様は小声で言った。


「あの鳥は今ロナリーをターゲットにしている。このままロナリーの体力の限界が来てスピードが落ちればロナリーは多分⋯殺されるだろう」


⋯殺される?

この言葉を聞いたその瞬間だけ、心臓の音が聞こえた気がした。


「⋯だから、この距離からあいつをどうにかすることは出来るか?それも音をできるだけ出さずに、だ。倒せとまでは言わないが⋯」


「わかりました。任せてください」


勇者様が言い終わる前に私は答えた。

⋯ここからあの鳥までは約六十メートル。走りながらだと特に長い詠唱はどうしても声を抑えながらは厳しい。かと言って詠唱が短い魔法だとこの距離で速射みたいなことは出来ない。

でも、あれなら⋯


「ふぅ⋯」


手を前に翳して杖を構える。

目を瞑り、心を落ち着かせ、神経を集中させてから足に力を込める。

⋯そして目を開き、あの鳥の背中に狙いを定めながら私はゆっくりと口を開いた。


「インテルノ⋯」


地面が抉れるほど思いっきり足で地を蹴る。

瞬きをすると、目の前には既に鳥の白い背中が見えた。


「ヘレス」


背に軽く触れた杖の先に光が集まる。

その光はこの鳥の体の中で広がっていき、頭から足の先まで光が充満したと同時に爆発した。

⋯それは一瞬のことだった。恐らく、光が集まり始めてから爆発するまで一秒もかからなかっただろう。

鳥の体は、キラキラした死亡エフェクトとなって消えていった。


「うわわっ!」

「いてっ!」


私とロナリー様は吹き飛ばされて地面に転がった。


「はぁ⋯だ、大丈夫ですか?」


「う、うん。ありがとうアセルっち!」


ロナリー様は歯を見せて笑った。なんとかなったみたいで良かった⋯

その後しばらくして勇者様とダム様も追いついてきた。


「ロナリー!アセルベ!無事か!!」


勇者様は私たちの前に膝をつき、私とロナリー様の肩を叩きながら聞いた。


「私は大丈夫です⋯勇者様」


「私も大丈夫だよ!」


その言葉を聞くと勇者様は安堵してため息をつき、地面にへたれこんだ。


「良かった⋯ロナリー、お前⋯⋯」


そのままロナリー様の顔を向き直して言う。


「あ、フィデっち⋯⋯私⋯」


さっきまであんなに笑顔だったロナリー様だったが、目が潤っていた。

あーはいはいなるほど。感動シーンですか⋯


「お前一人で飛び出したらダメなことぐらい分かるだろ!!!!ちょっとは考えろよこのアホ!!バカ!!」


⋯と思っていた。


「⋯へ?フィデっち⋯⋯?」


「だからお前はいつもいつも⋯!死にたいのか?!それとも俺たちを殺したいのか?!なあッ!」


勇者様は鬼のような形相に豹変し、ひたすらにロナリー様を罵倒する。

それも、ロナリー様が可哀想だと思うほどに。


「え、いや、その⋯⋯」


「なんとか言えよロナリー!!」


勇者様は急に立ち上がったかと思うとロナリー様の肩を掴む。そしてひたすらに体を揺さぶっていた。


「⋯」


こんなやり取りが小一時間続いた。

ダム様は斧の手入れをし終わってなぜかそこら辺のスライムの魔物と仲良くなっている。

勇者様は完全に息切れしており、ロナリー様は意気消沈していた。


「勇者様、気は済みましたか?」


「はぁ⋯はぁ⋯⋯あぁ、すまない」


「みみこわれるかとおもった⋯⋯パタッ」


ロナリー様は三角座りのまま横に倒れた。

⋯やっと聞きたいことが聞ける。


「⋯それで、あの鳥はなんですか?どうやら、少なくとも勇者様とロナリー様は知っているようでしたけど」


「あぁ、あの鳥は⋯ユマンコメルという鳥型の魔物。一人でいる人間をターゲットにして捕捉し、弱ってきたところを食い殺す凶悪なやつだ」


まじか⋯

二十一年間この世界で暮らしてきたが、どの魔物も馬鹿みたいに突っ込んできて殺そうとしてくるやつばかりだ。ここまで賢い個体は初めて聞く。


「あと繊細な一面もあって音にも敏感だから、騒いだり、大声を出したりして刺激を与えてもその瞬間食い殺される」


寒気がする。ロナリー様のあの判断がなければ今頃は⋯

⋯いや、考えたくもない。


「そんなやばい魔物聞いたことないですよ?なんで勇者様とロナリー様は知ってたんですか」


「⋯⋯結構前に、俺とロナリーと二人で簡単なクエストに行ってきたことあっただろ?そん時に⋯他の冒険者がそいつに殺されてるのを見て⋯」


あぁ、あの時は確か⋯

簡単だからパパっと終わらせてくるぜーと意気揚々と出発していったのに帰ってきたら絶望したみたいな顔になってたやつ。


「それで、アセルベとダムにも言おうと思ってたんだが⋯そん時はまだ恐怖で震えが止まらなかったから言えなかった。で、その後も言おうと思ってたけど⋯⋯あの⋯」


「あの⋯?」


「言うの忘れてました」


なんで?!

勇者様、しっかりはしてるんだけど、時々大事なとこを抜かすんだよな⋯

そこが可愛いところでもあるんだけど。


「はぁ⋯次からは気をつけてください。今回みたいに、そう何回もなんとかなるわけではありませんし」


「ごめんなさい⋯」


勇者様は、しおれた葉っぱのようにうなだれていた。

⋯ひとまず、そんな危ない鳥がいる草原にいつまでもいるわけにはいかないな。早く森に入ることにしよう。


「ほらロナリー様、起きて!ダム様も行きますよ!!」

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