イデアール・ワールド

LALS

その日――

第一章

【1話:イデアール・ワールド】

「今だっ、アセルベ!」

 

「はい、勇者様⋯イグニス・アングリフ!」


そう唱えると、炎が私の足元から円状に、フィールドを丸ごと覆い尽くすように広がっていく。その炎は薄暗かったこの部屋を明るく照らした。


「ちょ、あっつ!」


「⋯⋯目標、クラオトサーペント⋯チャージ!」


壁や天井に広がる炎が、一斉に巨大な蛇に襲いかかる。


「リリース」


一瞬、目の前が真っ白になる。

同時に轟音が鳴り響き、気づくとクラオトサーペントのいる場所には火柱が上がっていた。

そうしてついに、この蛇ダンジョン最奥に君臨するボス、クラオトサーペントという名の大蛇を討伐したのだった。

軽く地面に杖を叩くと、手から杖は消える。


「はぁ⋯⋯ふぅ⋯」


こんな大型ボスを倒せるほどまで強くなるのはとんでもなく大変だった⋯

⋯いや、大変だったと言うべきなのか。そもそも、未だに私はなぜこんな魔王を倒そうとする勇者パーティの一員、魔法使いとしてこの世界に生きていかないといけないのかわからない。


「本当の私は、ただの女子高生⋯」


そう、元々私はただの女子高生⋯だったはず。

いつも通り学校に通って、勉強して部活して、家に帰って寝落ちする。そんな生活ばかり送っていたはずだった。月野奏音つきのかのんという名前だってあったのだ。

それなのにある日、気づいたらこの世界に赤ん坊となって誕生していた。意味がわからない。

それからは帰り方もさっぱりなので第二の人生を。ゲームでは定番、勇者が魔王を倒すというありきたりなストーリーが展開された世界で過ごしている。

とりあえず魔王を殺せば元の世界に帰れるかもしれない。そう思って勇者パーティにも加わって魔王を倒す旅に出かけるようになった。


「なーにを言ってんだアセルベ。決めゼリフか?」


戦士のダム様が、ラストアタックを取られたからなのか少し嫉みっぽい言い方で言ってくる。


「あ、いえ⋯なんでもないです」


⋯現実世界のいつ、どこでこんなことになってしまったのか。まるで記憶を抜き取られたかのようにそこら辺の記憶が全くない。

友達の由香ちゃんと一緒に遊んだ時の記憶とかなら覚えてるけど。

というか、前の世界よりこっちで生きてる時間の方が長くなってるから記憶がもう薄れてきている。


「それにしてもようやくここまできたねアセルっち!アセルっちがいなかったら絶対無理だったよ!」


「わわっ、ちょっと!」


武闘家のロナリー様。いつにも増した満面の笑みで抱きついてきた。

元より、ロナリー様の暗い表情は見たことがない。


「そうだな。アセルベの魔法は天才的だ。今まで何度助けられたことか⋯」


そしてこのパーティの要、勇者のフィデル様。勇者様の的確な判断と指示、攻撃に助けられたことの方が多い。


「そんな褒めないでくださいよ⋯恥ずかしいです」


「え、事実なんだからいいだろ?」


勇者様は振り向いて、優しく微笑みながら言ってくる。

つられて私も笑ってしまった。恥ずかしかったから顔は隠したが。


「よし、それじゃあ戻ろうか」


「アセルっち、よろしく〜!」


という、元の世界で一回は夢見た瞬間移動をできる魔法もこの世界にはある。しかもこれ、範囲を指定して中の人全員を対象にすることもできるんだよね⋯


「はいはい、わかってますよ。メタスタシー・エヴァジオン!」


そう言うと瞬時に視界が光に包まれた。思わず目を瞑る。同時に足が地面から離れ、直後内蔵が浮いたような感覚がする。

元の世界で例えるとジェットコースターの高いところから一気に落ちる時のそれだ。

その感覚が一瞬だけした後すぐに足が地面につき、視界は既に蛇ダンジョン入り口の景色だった。


「ふいぃー⋯やっぱ慣れないよこれぇ⋯」


へなへなと、ロナリー様は地面に座り込む。


「そうか?俺はなんともないぞ」


反対にダム様は斧を振り、謎の「俺元気だぞー」アピールをしている。


「さすが、巨人と言われるだけはあるねダムっち⋯」


ギリ二百センチ届かないぐらいの身長があり、ゴツい鎧を着たダム様についた異名は巨人。


「とりあえず帰ろうぜ」


地面に腰を下ろしたまま勇者様は言った。

果たして帰る気はあるのだろうか。


「⋯そうですね。で、帰り道はどこですか?勇者様」


蛇ダンジョンの入り口は、だだっ広く何もない平原の真ん中の丘にある洞窟。

周りを見渡しても緑しか広がっていない。もちろん比喩表現ではなく。

だから覚えてないと帰り道が全くわからないんだけど⋯

勇者様はしっかりしてるから、大丈夫だろう!と勝手に任せておいた。


「⋯」


あれ?


「⋯誰か覚えてない?」


謎の間が少しあった後、勇者様は反応した。

第一声はかなり不安なものだった。


「フィデっちは覚えてないのー?」


ロナリー様は座り込んでいる勇者様の顔を覗き込むようにして、煽るように聞いた。


「朝早くて眠たかったから覚えてない」


「⋯」


そしてその体勢のまま氷のように動かなくなってしまった。


「あ、ダムっちは覚えてるでしょ!どっち?あっちかな?」


と思ったら突然動き出し、顔をキョロキョロさせてから何も無い方向を指さした。


「あー⋯⋯まあ多分、あっちー⋯かな?うん」


ロナリー様はフリーズした。


「⋯⋯ロナリー様は覚えてないんですか?」


一応聞いてみる。


「え?!わ、わわ私?わわわわ私はも、も、もちろん覚えてるよ?」


「なら俺らに聞く必要なかっただろ」


ダム様が即座にツッコミを入れる。


「そ、それはそのーーー⋯二人を試したっていうかね?そのね?えーーっと⋯」


もう目は泳ぎまくっている。全然焦点が合っていない。


「てか、そもそもお前さっき、どっち?あっちかな?とか言ってたじゃねえか」


続けてダム様は先程の指を指すロナリー様の真似をしながら正論をぶつける。


「⋯⋯ごめんなさい覚えてないです」


ロナリー様はしょんぼりした様子で謝罪の言葉を述べた。


「はぁ⋯どうしましょう⋯」


考えてみればそうだった。

私たち勇者パーティは、ダンジョン攻略をする日は決まって早朝に行く。

ダンジョンに向かう途中にモンスターに襲われないようにするためだ。

しかし致命的なことにこの勇者パーティの面々は⋯⋯朝が弱い。


「⋯アセルベ、なんかいい魔法ないのか?」


「あれば使ってますダム様」


「うーん⋯あ、そうだアセルっち。空を飛んで周りを見たら帰る方向がわかるんじゃない?」


「なるほど、名案ですが⋯誰かにバレたらどうするんですか?」


「周り何もないしこんな危険なダンジョンがあるところなんて通る人とかいないでしょ!大丈夫大丈夫!」


「そ、それでも万が一のことを考えた方が⋯」


「最悪見たやつが人間なら魔法で記憶を消すなり改竄するなりしたらいいし、魔族なら殺すまでだ。そこまで心配することはないと思うぞ」


「⋯わかりました。どうなっても知りませんよ?」


そう言って私は目を閉じ、心を落ち着かせて神経を集中させる。

その後足に力を込め、頭の中で体が宙に浮くイメージをして体の力を抜く。

そしてトンっと、軽く地面を蹴ると⋯


「おぉ⋯やっぱすげえな。人が空を飛べるなんてさ」


「しかもあれ、無詠唱なんでしょ?かっこいいよね!」


なんと、空を飛べるのだ。

全員が目を輝かせ、上空にいる私を見上げている。


「他の者に見られてはならないのが残念だけどね。人が空を飛べるなんて知られたら人々は混乱に陥り、魔族には対策されるか、逆に利用されるだろうから。」


「でも、魔王を倒すためならそんぐらい安いもんだよ!」


「そうだな。そのために彼女がたった一人で、独自に研究して完成させたんだ。こちらとしては本当に革命だよ」


そんな会話も高度が高くなるにつれ聞こえなくなる。

なんとなく空飛べないかなーと思って色々試してたらできただけだから、研究なんてしてないんだけどね⋯


「さて、と⋯」


辺りを見渡してみると南の方向に小さく森が見えた。

確か⋯蛇ダンジョンに来る途中に森を通った。その森があれだろう。


「アセルベどうだー?何か見えるかー?」


下から勇者様が手をメガホンの形にして大声で聞いてくる。


「南に私たちがここへ来る途中通ってきた森が見えまーす!!」


それなりの高度なので私も割と声を張り上げないといけない。勇者様と同じように手をメガホンの形にして返答した。


「わかったー!!そこへ向かおう!降りてきていいぞー!」


「わかりましたー!!」


フッと、一瞬息を吐き、手に力を入れる。

するとさっきまでの浮遊感は失われ、重力に従って落ちていく。

まるで紐なしバンジーを体験しているかのようだ。

そしてそのまま地面に衝突して体が粉々に⋯

なるわけではなく、受け身をとって回転しながら着地することができる!

そう、この世界の体だからこそできる芸当だ。


「よし、行きましょう!」


無意識だったが、変にドヤ顔をしている私を見て三人は顔を見合せていた。

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