第6話 広前見参!

「そんなの……気にしなくていいのに……ボクだって高梨たかなしくんとは仲良くなれそうだと思っているから、だから力になりたかっただけで……」


「そうよ? 私たちだって高梨くんを困らせるつもりなんて、これっぽっちもないんだもの」


 二人の口調が変わり、村瀬むらせはパンクロック風からいつもの弱々しい姿に戻った。

 なのに、俺はもとより二人とも怨霊化が解けていない。


「二人とも、ちゃんと意識はある……よな? なのに怨霊化が――」


 どうしたら戻れるのか、それを考えようと思った瞬間、目の前の小森こもりがうおーっと奇声をあげた。


「やった……! やりましたよ! 怨霊化して自我を保てる組合員が三人も!!!」


 事態をまるで飲み込めない俺たちの反応とは逆に、小森一人が狂喜乱舞で谷郷やごうの手を取り高笑いをしている。

 老婆の姿のまま立ち尽くしている三軒さんげんでさえ、なにが起きたのか理解が追いついていないようだ。


「怨霊化して自我を保てる……って、どういうコトだよ? 小森さん、なんだってあんなに喜んでいるんだ?」


「あ……高梨くんも聞いたと思うけど、怨霊化すると大抵は自我を保てなくなって、周りの霊たちを取り込んじゃうんだよ」


「それで一体化しちゃうから……私も広前ひろまえさんに何度も鎮めてもらっているのよ」


「けどさ、今は俺たち、そんな状態になっていないよな? 俺、誰かを取り込んでもいないし……普通に今まで通りの気がするんだけど? これが自我を保っているってコトなのか?」


 村瀬も颯来も、うんうんと首を捻っている。

 これが小森の言う『自我を保っている』状態だとして、なにをそんなに浮かれているんだろう……?

 この場の温度差に誰もが言葉を発せないままでいると、突然フラッシュをたかれたように眩しい光が弾け、辺りを包んだ。


「ギイィィィィィーーーーヤャアァァァァァーーーツッッッーーーー!!!!!」


 茉莉紗まりさたちを挟んで反対側にいる落ち武者姿の小森が、燃え盛る炎に包まれて叫び声をあげた。

 熱いからなのか苦しいからなのか、崩れるように倒れてのたうち回っている。


「――ンなあぁにをやっているんだあぁっ!!! 小森いぃっ!!!」


 倒れた小森の後ろから現れたのは、例のゴーグルをつけた広前と、のっそりと大きな体を揺らして歩いてくる四方津よもつだ。


「きさまあぁっ! コソコソとなにか企んでいると思ったら……これは一体どういうことなのか、わかるように説明しろーーーっ!!!」


 ドスの効いた広前の声に、谷郷も三軒もほかの組合員たちも震えあがってしまっている。

 かく言う俺も、広前の怒りようが恐ろしすぎて、声も出せなくなった。


「う……うぅ……酷い……広前さ、ん……これは酷いですよ……」


 うつ伏せて倒れたままの小森から火は消えたものの、体のあちこちからプスプスと煙が立ち上っている。


「酷いワケがあるかあっ! 安東あんどうが一人で詰めいているときに、コイツら三人がこんなことになっているのがおかしいんだろうがっ!」


「……だからって、破邪の護符を使うことは……ないじゃないですかぁ……」


「やかましい! とにかく座れ! 姿勢を正して説明せんかっ!!! 三軒! 谷郷もっ! あーーっ、ったく! 高梨、おまえらもこっちへ来い!」


 頭を掻きむしって怒り狂う広前に呼ばれ、俺たちもスゴスゴと小森の後ろへ回った。


「なあ? さっき、なんで小森さん燃えたの?」


「あれはね、広前さんの霊符のせいだよ。破邪の護符っていってただろ? ボクたちそういうの、弱いから」


「でもね、破邪の護符は悪霊に使うものだから、そうそう見ることはないのよ?」


「へぇ……」


 コソコソと話していると、途端に広前の怒声が響き、慌ててみんなの列の一番後ろへ並んで正座した。


「――で? なにがどうなっているのか、小森、言い訳を聞こうじゃあないか?」


 うな垂れた小森は、今回の廃村に人が入り込み、禁足地きんそくちへ踏み入ろうとしているというところから話を始めた。

 追い立てて追い出そうとしているうちに、俺と村瀬と颯来が怨霊化したくだりまでを細かに説明している。

 鬼の形相で聞き入っている広前の後ろでは、冷静さを欠いてオロオロとしている安東を、四方津がなだめていた。


「――そんな訳でして、思いのほか霊力が強かった高梨さんに触発されたようで、村瀬くんと颯来さんも怨霊化してしまったんですよ」


「フン……高梨の霊力ねぇ……まあ、いい。それよりこの男女はなんなんだ?」


 仁王立ちになった広前は、茉莉紗と男に向かって顎をしゃくってみせた。

 さっきからずっと大人しいと思ったら、茉莉紗も男も気を失って倒れている。

 人を自殺に見せかけて死なせておいて、こんなことで簡単に気を失うなんて……情けないヤツらだ。


「手にカメラや照明を持っていますからねぇ、動画配信者じゃあないでしょうか?」


「えっ?」


 小森はずっと俺たちのやり取りを見ていて、二人が俺を殺したヤツらだと知っているはずなのに、とぼけたように動画配信者だなんて言うもんだから、俺は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 途端に広前の鋭い視線が俺に向き、射貫かれたように体が硬直した。

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