第4話 知ったことじゃあないだろ?

 自分の両手のひらをみると、さっきまで小さかった手が元に戻っている。

 目線も高くなって村瀬むらせ颯来そらを見上げることもない。


高梨たかなしくん、元の姿に戻ったみたいで良かったじゃない? なんか……急だったけどさ、小森こもりさんも喜ぶと思うよ?」


 隣で俺に話しかけてくる村瀬の声は震えて上ずっている。

 前に立つ颯来も胸もとで握りしめているこぶしが小刻みに揺れていた。


「そっ……そうよね! 戻りかたがわからなかったのに、戻れたんだもの!」


 村瀬も颯来がぎこちなく笑った直後、またターゲットの男が口を挟んできた。


「姿がどうとか、どうでもいいだろ! コイツの様子がおかしいのがわからないのか!? 早くなんとかしないと――」

「うるさいわよぉーーーっ! さっきからなんなの!? アンタは黙っていなさいよおぉっ!!!」


 颯来が凄む声を聞きながら、俺も同じように黙っていやがれ、と思っていた。

 生きた人間が、俺たち幽霊のことに口出しするな、と。


「なんだよ! おまえら全員で光ったって、オレは怖くなんざないぞっ!!!」


 全員光ってる?

 コイツは一体、なにを――。

 ふと、村瀬と颯来を見ると、二人とも俺と同じく静電気のようにパチパチと音を立てて薄い光をまとっている。

 どうしてなのか気にはなるけれど、今はそれどころじゃあない。

 俺はこっちへ走ってくる男女に向かって駆けだした。


 アイツらには俺の姿が見えるだろうか?

 いや、絶対に見えるだろう。

 特にやりたいことがあったワケでもないけれど、別に死にたいとも死んでいいとも思っていなかったんだ。

 一言でも、なにか言ってやらないと気が済まない。

 林の中から飛び出すと、ちょうど茉莉紗まりさと男の正面に立つ形になった。


「ギャアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!!!!!」

「イヤアアアアアアアアッ!!!!!」


 やっぱり見えるようだ。

 俺の姿に驚き、二人揃って山じゅうに響くような悲鳴を上げた。


「なんでアンタがここにいるのよ!?」


 男の背中にしがみついて隠れた茉莉紗は、俺に向かって目をむいて叫んだ。

 その手には小さなカメラが握られている。


「俺がここにいるのは、アンタらのせいだろう? 忘れるには早すぎるんじゃないのか?」


 自分でも驚くほど重く冷たい声だ。俺にこんな声が出せたのか。

 茉莉紗と男の後ろからは、谷郷やごうや小森たちが追ってきているから、戻るに戻れず、うろたえている。


「逃げ道はなさそうだよな? なあ、聞かせてくれよ。アンタらがどうして俺を殺したのかさぁ……」


 周りの空気が変わった気がする。

 後ろからもひんやりとした風が緩く流れてきて、茉莉紗たちの髪を揺らしていた。


「オレじゃ……オレが悪いんじゃねぇぞ! 茉莉紗が……コイツが金をくれるって言うから!」

「なに言ってるのよ!」

「うるせぇ! ホントのことだろ! 大金を手に入れて遊んで暮らせるなんて言って、オレを騙しやがったんだ!」


 突然、罵り合う姿に、俺はどうにも腹が立って仕方なかった。

 俺は茉莉紗のどこを愛していたんだろう?

 茉莉紗のなにを見ていたんだろう?


 結婚なんて考えなければ、今ごろは仕事から帰って、翌日のためにゆっくり眠って、そんなふうに毎日を繰り返して平穏な日々を送っていたはずなのに。

 他人からすれば、つまらない人生だとしても、俺にとっては大切な毎日だった。


「本当に金が欲しいだけで人を殺したのか? 本当に、ただそれだけで?」


「だったらどうだって言うのよ!?」


「金だけなら、俺を死なせる必要なかったんじゃないのか?」


「死んでくれなきゃ、全財産は手に入らないし自由に使えないじゃない!」


 いっそ憎まれて殺されたほうがマシだと思ったよ。

 だってそうだろう?

 俺の財産が欲しいだけで……なんて。


 情けない思いが溢れたとたん、俺の体から林の中へ鋭い光が伸びた。

 バリッと雷のような轟音が響き、茉莉紗と男の目の前に杉の木が倒れた。また、二人が叫ぶ。

 自分の肉体がない今、茉莉紗たちに仕返しをするには祟る以外にないけれど、それじゃあ物足りない。


 もう、いっそこのまま――。


 直後、轟音が二回響き、また木々が倒れた。

 今のは、俺じゃあない。

 振り返ると、村瀬と颯来が鬼のような形相で茉莉紗たちを睨んでいた。


「……おまえたちみないなのがいるから、ボクのように死ぬ気もないのに、死ななければいけない状況に追い込まれるようになるんだ」


「そうよ……人からお金を巻き上げて、横領までさせて……なのに責任を全部、私だけに擦り付けて殺す!」


 そうか、この二人も、俺と同じように殺されて亡くなったのか。


『生身の人間に過度な影響は与えないように努める』


 全連ぜんれんの活動指針にそんな文言があったけど、そんなの知ったことじゃないだろ。

 過度に影響を与えられたのは、コッチのほうだ。

 やり返してなにが悪い!?


「そうよ! やり返してなにが悪いのよ!?」


 颯来の叫びに同調するように、また大木が倒れた。

 村瀬も地の底から響いてくるような低い声で唸り声を上げている。


「高梨さん! 村瀬さんも颯来さんも……! 一体、なにがあったのです!?」


 茉莉紗と男の向こうに、追いついてきた小森と谷郷、三軒さんげんの姿があった。

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