第3話 思い出……?
村に点在する廃屋に沿って続く坂道を、悲鳴とともに走ってくる男女の影が見えた。
おおよそ廃村とは縁遠い……というか「良くこんなところへ来たな?」なんて聞きたくなるようなファッションだ。
男のほうは原色眩しい派手な柄のシャツと短パン、そしてザンダル。女のほうは、これでもかというほど体のラインを強調した、ピッチピチの上下、スカートはタイトで広がらず、おまけにヒールの高い靴で、走るのも大変そうだ。
「あー、あー、あー……なんであんな格好で、こんなところまで来ちゃったんだろうな?」
「山奥だと知らずに来たわけでもないよな? ここに来るまでだって、完全に山道なんだしさ」
「道が悪いとか坂が多いとか、良くわかっていなかったのかもしれないわよね?」
三人で話しながら眼下で繰り広げられている攻防戦を眺めていた俺は、不意に鳥肌が立ちそうなほどの寒気を感じた。
背中に氷の塊を入れられたような、冷たさと痛みに体が震える。
生身の体がなくなっても、こんなふうに様々な感覚に襲われるものなんだろうか?
吐き気も加わって、油断していると倒れてしまいそうだ。
「……
「震えているみたいだけど、大丈夫? 寒さは感じないはずだけど……ね? 村瀬くん?」
「うん、ボクらは気温は……」
二人が俺を気遣ってくれている間にも、寒気はどんどん強くなり、全身が凍りそうな気がした。
真っ直ぐ見据えた視線の先に、今なお
つづら折りの坂道を這う這うの体で登ってくるお客さまの姿がハッキリと見えた。
まだそんなに近いわけでもないのに、お客さまの姿は、俺が知っている姿とはかけ離れて見えるのに、それが誰だかわかるのは……。
「――
見間違えようがない顔、男のほうも名前は知らないけれど、あの瞬間に茉莉紗と一緒にいたヤツだ。
胸が激しく痛み、全身の血が脈打っているようにドクンと音を立てるたび、体が膨れ上がるような気がした。
「ねえ、高梨くん、ちょっとずつ大きくなっているんじゃない?」
「高梨くん? 元の姿に戻りそうなのか?」
肩にかけられた村瀬の手を、俺は思いきり振り払った。
言いようのない怒りでさっきまで感じていた寒気とは逆に、今度は燃え上がりそうなほどの熱を帯びている気がする。
うなじの辺りから髪が逆立っているみたいだ。
「おいっ! あんたたち! こいつ……様子がおかしいけど大丈夫なのか!?」
ターゲットの声もやけに耳について、俺はさらに苛立った。
割れそうなほど痛む頭を抱えて身を縮めたとき、まるでテレビを見ているかのように、いくつかのシーンが浮かんでは消えていった。
――それは――
仕事から帰ってアパートの玄関を開けると、中で茉莉紗が待っていて、夕飯を作っていた。
ワンルームの俺の部屋は狭すぎるから、一緒に住む部屋を探しに行こうと茉莉紗は笑う。
それもそうだね、なんて言いながら食事を済ませ、茉莉紗の入れてくれたコーヒーを飲んだ。
終始、笑顔で話す茉莉紗を前にしているのに、やたらと眠気が強くて、俺は曖昧にうなずきながらまぶたを閉じた。
体の記憶はここまでだった。
けれど、俺は全部見ていた。
俺が眠ったのを確かめるように、茉莉紗が体を揺らしているところを。
知らない男が部屋に入ってきて、ロフトの柵に紐を掛けているところを。
そして俺の体を持ち上げて、首に紐を掛けるところを。
男がそうしているあいだに茉莉紗のしたことは、俺の部屋の物色だ。
通帳や印鑑を探していたらしいけれど、そんなもの、こんな部屋に置きっぱなしにしているわけがないだろ?
まあ……なにかあったときのためと、クローゼットに保管していた数万円程度の現金は持ち去られてしまったけれど……。
まさか、ここまでされるとは思っていなかったから、茉莉紗と男が出ていったあとも、俺はしばらくのあいだ、自分の体の横でボーゼンとしていたんだ。
翌朝、なにごともなかったように部屋のドアを開け、悲鳴を上げてみせた茉莉紗の姿は滑稽だったよ。
驚く必要なんてなかっただろ?
茉莉紗があの男と一緒にやったんじゃないか。
救急車で俺の体が運ばれて行っても、俺の部屋に警察がやって来ても、まるで他人事みたいだったよ。
両親や祖父母が俺のために残してくれた諸々の財産を管理していてくれた、
祖父が懇意にしていた弁護士さんの息子さんだけれど、あの人がいなければ、すべてを茉莉紗に奪われていただろう。
当てにしていた俺の金が手に入らなくて、動画配信者にでもなったのか?
バズって有名になるのは簡単だとでも思ったのか?
それよりなにより、俺をあんな目に遭わせておいて、大手を振って生活しているんだ?
警察に追われることもなく?
「なぁ……なんだか知らんが、とりあえず落ち着け?」
こんなときにターゲットの男が俺の腕を掴んでくる。
だから、なんでコイツは俺に触れるんだ!?
「俺に触るな!!!」
バチッと大きな音がしてターゲットは手を引いた。
いつの間にか俺の体を薄い光が包んで、静電気のようにパチパチと音を立てている。
ひょっとして髪が金色に変わっているんじゃないだろうか?
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