第2話 新たなお客さま……?

「――なんです? こちらのかた、高梨たかなしさんのお知り合いなんですか?」


 ようやく小森こもりが現れたのか、俺の頭上で声が聞こえた。

 恐る恐る顔を上げると、腰を屈めて覗き込んでいる落ち武者と老婆がいた。

 真っ暗闇の中に浮かび上がる姿に、ヒュッと息を飲む。

 老婆は両手でマイクのように鎌を握り、小首を傾げて俺を覗き込んでくる。

 仕草だけは愛らしいけれど、絵的に恐怖しか感じない。


「高梨さん? 知り合いのかた?」


「……え? その声……三軒さんげんさん……? え……? じゃあ……まさかそっちは小森さん?」


「この場所に、わたくしたち以外の誰がいるっていうんです?」


 このムカつく物言いは、間違いなく小森だ。


「誰もなにも……なんだよ! その格好は! 心臓に悪すぎるだろっ!!!!!」


「そう言われましてもねぇ……これが、わたくしたちの死んだときの姿ですから」


「だからそういう情報は先出ししておいてくれって!」


 正体がわかってホッとしたけれど、俺も村瀬むらせも腰砕けだ。

 この騒ぎで、埼玉支部の人たちもワラワラと周囲に集まってきた。


「なあに? この子たち、小森さんたちのこの姿、見たことなかったの?」


「また小森さんも人が悪いなぁ」


 クスクスと笑う埼玉支部の人たちの中には颯来そらの姿もある。

 颯来もきっと落ち武者と老婆の姿を見るのは初めてなんだろう。顔が強張っている。


「こいつら全員、おまえの手先かっ!? ずっとオレをつけ回しやがって……」


 ターゲットの男が俺たちの輪から飛び退いて距離を取り、また、俺に悪態をついてくる。


「それで? あちらのかたは、高梨さんのお知り合いで?」


「知らねーよ! こんなオッサン、知り合いなんかじゃない!」


「なに言ってるんだよ! オレを忘れたってのか!? 何度も一緒に仕事を――」


 ターゲットの言葉を遮るように、この場にいる俺たち全員のHMDが点滅を始めた。

 見ると男女のマークが光っている。


「あちゃ~……こんなときにかぁ? 小森さん、どうするよ?」


 谷郷やごうが点滅しているHMDを手に、ため息を漏らした。

 小森は落ち武者の姿を解くことなく、自分のHMDを手にして見つめたあと、廃村の入り口へ視線を移している。

 一瞬ニヤリと笑ったように見えた。


「そうですね……こちらのかたもですが、先ずは新たなを確認して、そちらからお帰りいただきましょうか」


「そのあいだ、奴さんのことはどうするんだい?」


「彼はどうやら高梨さんのお知り合いのようですから、高梨さん、村瀬さん、颯来さんに見張っていていただきましょう」


「えぇ……? この三人で本当に大丈夫なのかい?」


 谷郷の疑わしそうな目つきがこちらを向き、俺と目が合う。

 確かにさっきの俺と村瀬の逃げっぷりを見たら、不安にもなるだろう。


「いいよ、見てるよ。このオッサンとは知り合いじゃあないけどな」


 反論しようと口を開いたターゲットの目の前に立った小森は、口からポタポタと血を滴らせながらターゲットの耳もとに顔を寄せ「すぐに戻るから大人しくしていろ」と囁いた。

 その口調はいつもの丁寧さの欠片も感じさせず、背筋を撫でられたように寒気を感じる。

 ターゲットもきっと怖かったんだろう。声も発しないで何度も首を縦に振った。


 小森たちは最短距離を行くつもりのようで、林の中へと消えていった。

 取り残された俺たちは、みんなが戻るまでターゲットを逃がさないようにすることだ。


「SCCの人には伝えなくていいのかしら? 待っているわよね? きっと」


「そうだろうけど、ボクたちはここを離れられないし、埼玉支部の人が伝えに行っているかもしれないよ?」


 颯来と村瀬が話しているのを聞きながら、俺はもう一度、ターゲットの顔を見た。

 ずっと見たことがあるような気がしているけれど、誰だかわからない。それなのにコイツはさっき、何度も一緒に仕事をしていると言った。


 俺はずっと大手配送業者の倉庫で働いていたから、そのときに会っているんだろうか?

 だとしても、コイツに『おまえ』と呼ばれる覚えはないし、そんな呼びかたをされるほど親しくしていたなら、生きていたころのことを思い出した今ならば、顔も名前もわかる。

 思い返してみても、コイツと関わったことはない。


 あれこれ考えているうちに、小森たちがと接触をしたらしく、廃村中に響き渡るほどの悲鳴が聞こえてきた。

 肝試しにでも来たカップルだろうか?

 点滅していたから複数人だとして、何人来ているんだろう?


「すごい悲鳴ね?」


「小森さんたちが姿を見せたなら、ああなるよね。ボクだってまた気を失うかと思ったくらいだ。本当に怖かったよね? 高梨くん」


 村瀬の言う通りで本当に怖かった。

 あんなのが出てくれば、さすがにお客さまもお帰りになるだろう。いや、俺ならそもそも、こんな場所に来たりしない。

 肝試しなら、墓地に行くくらいが精一杯だ。


「ねえ? なんだか悲鳴が近づいてきていない?」


「え……だって小森さんたち、追い出しに行ってるんだろ? こっちに来るなんて――」


 不安そうに声のするほうを見ていた颯来に釣られて、俺も村瀬も視線を巡らせた。

 木々を揺らす音と声が、段々と大きくなってきた。

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