埼玉の廃村は大騒ぎだ
第1話 来る。
ターゲットは二人の幽霊に追われ、一旦は廃村の奥へと戻って行ったけれど、追い立てられてまたすぐに戻ってきた。
「よし、ここからは手分けして村の外へ追い立てるぞ!」
分かれたけれど、この組み合わせでいいのか?
俺と村瀬だぞ? 不安しかないじゃんか?
俺たちだけがしくじるワケにはいかないと、焦りを感じながらターゲットを追って走っていると、前を行く村瀬に手を掴み取られた。
「ゴルァ! クソガキィー! もっと速く走りやがれぇぇ!!!」
……そういえば村瀬、この姿になると性格が変わるんだった。
これなら気絶の心配はなさそうだ。
急に心強さを感じている俺は、現金なヤツだな。
手を引かれながら、全力で走っていると、不意にターゲットが振り返った。
(なんだろう……? やっぱり知っている気がする)
いや、それよりも、あの男は俺たちをハッキリ認識している。
霊感があるのか? 怯えた目で俺を見たあと、さらに足を速めて逃げ始めた。
しかも、この真っ暗な中で、右へ左へと走り回る。
「むっ……村瀬くん! あいつ、まさか幽霊じゃあないよな?」
「ンぁっ!? なに言ってるんだ? どう見たって人だろうが!」
「じゃあ、なんでこんな暗闇であんなに走れるんだよ! スコープもかけてない、暗視カメラも持っていないのに!」
村瀬は急にピタッと足を止め、俺はその背中に突っ込んだ。
「なんだよ! 急に止まるなんて!」
「だって……そうだよな? なんでヤツはあんなに走れる? なんだ? 人のハズ……だ……」
俺たちが足を止めても、ほかのメンバーたちがターゲットを追い立て、ヤツの逃げる足音と悲鳴が廃村に響き続けている。
「なんでだ?
俺を振り返った村瀬は、パンクロック風ではなく、普段の姿に戻っている。
オロオロとして怯えた目で俺を見つめ、膝が小刻みに揺れていた。
「お……俺だってわかんないよ! もしかして暗視対応しているコンタクトをつけてる……とか?」
「スパイ映画じゃあるまいし、そんなアイテムないだろ!?」
「そんなこと俺に言われても……」
遠ざかっていた悲鳴が、またこちらに近づいてくる。
とっとと村を出ていってくれればいいのに、なんで戻ってくるんだ?
「またこっちに来る! 村瀬くん、とにかくアイツを追い出さないと!」
「待て待て待て、先ずはこのことを、小森さんに伝えて――」
木々の間からこちらへ走ってくるターゲットの後ろに追い立てる姿が見え、俺は戦慄した。
それは村瀬も同じだったようで、ヒッと息を飲んでいる。
「アァァァァァアーーーーーーーーーッ!!!!!」
「落ち武者だぁーーーーーーーーーーーっ!!!!」
叫びながら俺たちのほうへ駆けてくるターゲットを目前に、村瀬は俺の手を握りしめたまま、踵を返して走り出した。
ターゲットを追って向かってくるのは、首と胸に何本も矢が刺さり、
こんなところで落ち武者の幽霊を見るなんて思ってもいなかった俺たちは、思わず逃げた。
ビジュアル的には、
「速くっ! 高梨くんもっと速く走れ!」
「わかってるけど……これ以上……無理!」
「馬鹿っ! もっと速く走らないと追いつかれるっ!」
木々を避けずにすり抜けて逃げる俺たちの前に、ガリガリに痩せ細った老婆が立ち塞がった。古びた着物姿は鬼婆のようだ。
突然現れた姿に驚いて叫んだ俺たちのすぐあとに、ターゲットの悲鳴も聞こえてきた。
振り返ると、背後に迫ったターゲットが足を止め、俺たちのほうを指さしている。
「おまえっ! おまえ、こんなところに……! やっぱり死んでたんだな!?」
おまえと言うのは誰のことだ?
俺と村瀬は思わず顔を見合わせたけれど、俺はもとより、村瀬も心当たりがなさそうな表情だ。
いや、そんなことよりも――。
ターゲットの後ろに近づいてくる落ち武者が、スラリと鋼の音を立てて刀を抜いた。
老婆のほうは老婆のほうで、鎌を手にしてジリジリとにじり寄ってくる。
「ひいぃぃぃぃっ!!!!! 斬られるうぅぅぅぅ!!!!!」
「ちょ……嘘だろ!? 誰か……小森さん! なんとかしてくれよ! 小森さんっ!!!!!」
「こんなところまでなにをしに来やがった!? オレを呪い殺しに来たのかっ!」
村瀬が悲鳴を上げ、俺は幽霊が相手なら、小森がなんとかしてくれる気がして小森を呼び、ターゲットの男は俺たちに向かって意味不明なことを喋り続け、まるで地獄絵図だ。
そうしている間にも、落ち武者はガシャガシャと甲冑を鳴らしながら距離を詰めてくる。
「あああああ!!!!! もう駄目だぁぁぁぁぁ!!!!!」
「おまえぇっ! これはおまえの仕事だろっ! 早くなんとかしろ!!!!!」
ターゲットが俺の襟首に掴みかかって揺さぶってきた。
子どもの体のせいで揺れかたがエグイ。
コイツは、どうして俺に触れるのか。やっぱり人じゃあない……?
それに……さっきからコイツの言っている『おまえ』とは、やっぱり俺のことなのか?
幽霊が幽霊に斬られた場合、一体、どうなるんだろう?
まさか死にはしないだろうけれど、消滅してしまうんだろうか?
それは困る!
また、村瀬が叫ぶ。
「あああああ!!!!! もう駄目だぁぁぁぁぁ!!!!!」
落ち武者と老婆に挟まれ、俺たち三人は顔を伏せて身を寄せ合った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます