第6話 ターゲット確認!

 村瀬むらせのすぐ横の茂みが大きく揺れたのと同時に、長い髪を振り乱し、くすんだモッズコートらしきものに身を包んだ男が飛び出してきた。

 こちらが見えているのか、またも奇声を上げながら、村瀬と俺の体をすり抜けて走っていく。


「ギィィィィヤアァァァァァアッ!!!!!」

「うわあぁぁぁっっ!!!!!」


 なんの心構えもなく、人が自分の体を通り抜けていくことが、こんなにも不快感を覚えるものだと思わなかった。

 俺も村瀬も腰砕けになり、その場にうずくまっていると、次に茂みから飛び出してきたのは、いかにも幽霊らしい姿の白い着物を着た女性と、血みどろの作業着に身を包んだ男性だ。

 こちらを気にすることなく、逃げた男のあとを追って、反対側の茂みに駆けていく。


「ふ……ぐっ……」


 立て続けの衝撃で、村瀬は奇妙なうめき声を発すると、そのまま気を失ってしまった。

 俺は俺で、体に残る気味の悪さに立ちあがれないままだ。


「おいおいおいおい……本当かよ? なんだって気絶するかねぇ? 俺たちゃ気絶させるほうじゃあないのかよ?」


 谷郷やごうが呆れた顔で倒れた村瀬を見おろした。


「でっ、でもでも、急に人が飛び出して来たら、ビックリしちゃいますよ~! しかも通り抜けられて」


 颯来そらが村瀬を揺すりながら俺たちを庇ってくれた。

 気絶こそしなかったものの、俺も腰が抜けるかと思うほど驚いたのは事実で、ちょっと情けなさを感じる。


「そうは言っても、この兄ちゃんはもう五年だろう? 坊やは最近のようだから仕方ないけどねぇ」


 谷郷は大袈裟にため息を漏らす。

 まるで叱られているような気分だ。

 村瀬は颯来に揺すられて、すぐに目を覚ました。


「ああ、もう起きたか。今のじゃあ、やっこさんの顔も良くわからなかっただろう?」


「はい……」


「どうせまた、こっちに戻ってくるから。次はしっかり見ておいてくれよ?」


 黙ったままうなずいた俺たちは、この場で待機していた。

 十分も待たずに、また叫び声が近づいてきて、今度は木々の間を掛けてくる男の姿がハッキリと見えた。


小森こもりさんたちが戻ったら、すぐに奴さんを追い回してもらうよ。これまでと違う幽霊が出たとなれば、相当驚くだろうからな」


 俺は逃げている男の顔をジッと見つめた。

 知っているような顔に見えたからだ。

 ただ、あの男は結構な年齢のように見える。となると、知り合いではないような気もする……。

 フッと後ろ髪を逆なでされたような感覚に、俺はギャッと叫び声を上げた。


「なんだなんだ? 今度はどうした?」


 途端に谷郷の呆れ声が響く。


高梨たかなしさん、まだ慣れませんか? 肩を叩いただけなのに、そんなに驚くなんて……」


 振り返るといつの間にか小森と三軒さんげんが立っていた。

 人を小馬鹿にしたような、ニヤニヤした顔で。


「小森さんよぉ……新人さんたち、大丈夫なんだろうね? さっきはこっちの兄ちゃん、ひっくり返っちまうしさぁ」


「谷郷さん、そんなに心配しなくても大丈夫です。彼らは実に優秀ですから」


 本気とも冗談ともつかない小森のセリフだけれど、こんなことを言われては、頑張らないワケにいかないだろ?

 村瀬は鼻息を荒くして、もうヤル気満々のようだ。


「そうかい? まぁ……小森さんがそう言うなら……それじゃあ、手順を説明するよ?」


 今、まさに追われている男は、何度追い立てて廃村の入り口まで誘導しても、あちこちへ回り込んで、奥へと戻ってくるという。

 そうならないように、四方から囲うようにして戻らないようにするそうだ。

 これまでは人手が足りなくて、どうしても抜け穴が出来ていたけれど、そこを俺たちでカバーしていく算段らしい。


「とにかく奥へ戻ろうとしているのがわかったら、それを防ぐ。どうにか入り口の外に出しさえすれば、SCCの安東あんどうくんが結界を張ってくれる。やることは、この上なく簡単なことだ。しっかり頼むよ?」


「はい!」


 颯来と村瀬は元気よく返事をしたあと、クルリと回転して姿を変えた。

 村瀬は廃ラブホテルで見たときと同じ、パンクロック風のいで立ちで、颯来は廃村にいたときと違い、真っ白なワンピースを着て額から血を滴らせている。


「颯来さん……その格好って……」


「これ? ホラ、こういう場所には良く白や赤いワンピースを着た女がでるとか言われるじゃない?」


「ああ、そう言われると、そうかも……」


「だから、白いワンピースにしてみたの」


「でも、その怪我は……?」


「んー……私が死んだときの怪我よ」


 しまった、と思った。

 きっとあまり触れられたくないことだろう。


「ごめん……デリカシーないよな、変なコト聞いちゃって……」


「いいのよ~、今はもう平気だから」


 ニッコリと笑ってみせるけれど、あの廃村で怨霊化しそうになったのを思い出すと、まだ完全に吹っ切れていないだろうとわかる。

 俺を気遣ってくれたんだろう。


「それより、頑張ろうね! 小森さんの期待に応えなきゃ!」


 ガッツポーズでやる気を見せる颯来に、俺も村瀬も大きくうなずいた。

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