第5話 廃村の中で……。

村瀬むらせさん、あの声が、ここに住み着いている人のものですよ」


「ヒェッ……あんな奇声あげてるの? 嫌すぎるでしょ……あんなの……完全にヤバい人じゃないですかぁ~」


 俺も村瀬の言う通りだと思う……まともじゃないのは一目瞭然だ。

 あんな奇声を上げながら向かってこられたら……と考えただけでゾッとする。


「こんな場所に住み着こうと思うほどの人ですよ? そりゃあもう、普通じゃあありませんよ」


 うん、まあ、そうだろうな、俺もそう思うよ。

 だってこんな誰もいない廃墟に一人、昼間ならまだしも夜なんて、恐ろしくて住もうなんて考えもしない。

 切羽詰まったとしても、俺ならもう少し人がいる場所に住む。


「今日までいろいろと、嫌がらせをしたでしょうからねぇ……イライラしていると思いますよ?」


「嫌がらせって言っちゃうのかよ?」


「仕方ないのよ。出ていかないんですもの。今日こそは、出ていっていただかないとね」


 三軒さんげんも、なんだかノリノリのご様子だ。

 小森こもりといい、なんでそんなに楽しそうなんだか……。

 俺が二人を不思議そうに見ていることに気づいたのか、颯来そらが耳打ちをしてきた。


「あのね、小森さんも三軒さんも、いつもは本部で待機しているの。だから、人を怖がらせるのは久しぶりなのよ」


「へぇ……」


「人を怖がらせるの、私たち幽霊の本懐でしょ? だから二人とも、凄く楽しいんだと思うのよね」


 本懐でしょ、と言われても、俺にはまだピンとこないけど……。

 怖がらせることを楽しんでいるなんて、幽霊とはそんなものだったか?

 俺の記憶では、そういう感じではなくて、単純に恨みつらみを放出していただけのような気がするけれど?


 坂を登った一軒家から年配の男性が出てきて、小森の姿を認めると大袈裟に手を振った。


「小森さん! お久しぶり!」


谷郷やごうさん、ご無沙汰しております」


「今日は来てもらってすまないねぇ、手間を掛けさせるけどよろしく頼むよ」


「いえいえ、今日は頑張って追い出しましょう。新人さんたちも来ているので、なかなかの戦力になると思いますよ」


「そうかい? 悪いねぇ、面倒な相手だけど、頑張ってくれよな」


 小森の紹介で互いに挨拶をしたところ、谷郷は埼玉支部の支部長だという。

 さっきから、ここに住み着いている人が奇声を上げているのは、この村を担当しているメンバーがちょっかいを出しに行っているからだそうだ。


「とにかくウロウロと動き回るもんだから、俺たちもホトホト困っているんだよ」


「JSAからも連絡が来ています。まだ禁足地には入られていないんですよね?」


「まあね。でも、このままだと近いうちに入られるかもしれない。放ってはおけないだろう? だから今日こそは……な?」


 谷郷の後ろに冷たい風が吹いたように感じた。

 周囲の空気まで冷えたように感じるのは村瀬も同じなのか、ヒュッと息を飲んで身を震わせている。


「手順はもう?」


「ああ、決まっている。とにかくやっこさんを村から出す。そのあとは、SCCさんが結界を張って、当分のあいだ入れないようにしてくれるそうだ」


「なるほど……そうなると――」


 小森と三軒、谷郷が話しているのを聞きながら、俺はまだ怯えている村瀬に小声で問いかけた。


「村瀬くん、SCCが結界張るって、SCCの人たちはそんなこともできるのか?」


「え? あぁ……全員ではないけど、支部長クラスの人は……と言っても、通常はまずやらないんだよ」


「ふうん……」


「私が今、担当している村も禁足地が近いけど、結界を張ったことはないみたいよ?」


 村瀬も颯来も、これまで結界を張られたという話しは聞いたことがないそうだ。


「もっとも、僕はまだ全連ぜんれんに入ってから五年だし、颯来さんも三年だから、僕らが知らないだけかもしれないけれどね」


 二人とも、まだそんなに浅かったのか。

 もちろん、なりたての俺に比べれは、慣れていて当たり前なんだろうけれど。

 廃ラブホや廃校で会った、宮脇みやわきたちは十年以上経っていそうな気がする。


 こうしているあいだにも、村のどこからか、絶叫が聞こえてくる。

 何日も、何時間も、あんなに叫ぶほどの恐怖を味わいながら、出ていかないなんて。


「――ですね? わかりました。それじゃあ、わたくしと三軒はSCCの担当にご挨拶をして参りますので、三人はターゲットの顔を確認しておいてください。案内は谷郷さんがしてくださいます」


「村瀬くんと颯来さんは、しばらくのあいだ、高梨さんのお守もしてあげてね?」


「ちょっ……三軒さん! お守ってなんだよ! 姿がこうなっただけで、中身は大人だぞ!」


 小森も三軒も、俺の抗議には見向きもせず、さっさと村の奥へ行ってしまった。


「それじゃあ、早速だけど奴さんのところまで行こうか? ほかに人がいるわけじゃあないが、うちの支部のやつらと見間違えると困るからな」


 幽霊と人を見間違えることはないだろう?

 普通なら、そう思うところだけれど、今、この状態の俺から見ると、全連の人たちも生きている人たちも、同じように見える。

 宮脇や清水しみずのように、わかりやすく血まみれだったら、見間違えようはないだろうけれど……。


 谷郷に誘われ、俺たちは住居から少し離れた林の中へ入った。

 誰かが走る足音と一緒に、バキバキガサガサと枝や葉を踏む音がだんだんと近づいてきた。

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