第3話 明日の予定は……

 小森こもりが言うには、廃村や廃屋、廃ホテルに、人が住み着くことがあるらしい。

 ただ住み着くだけなら問題はないという。


「問題なのは、その廃村は近くに禁足地きんそくちがあることなのですよ」


「禁足地が? 颯来そらさんのいた廃村みたいな場所なのか……」


「ええ。それと、その人は山の中をあちこち動き回るそうなの」


 たびたび禁足地に近づくことがあり、JSAからも対応を促す連絡が来ているそうだ。

 動画配信者とは違った厄介さがあると、小森は言った。


「人の来ないような場所を選んで住み着く人は、まあまず、わたくしたちの存在に気づきません」


「気づいていても、無視してくるのよね」


「でも、禁足地に入られたら困るんだから、追い出さなきゃいけないんだろ? 気づかない人を相手にさ、追い出せるもんなの?」


「そこは、それ。気づいてもらえるように、こちらも本気でやりますので」


 本気で……って、今までのは本気じゃあなかったってコトか?

 いやいや……割とみんな、本気だったんじゃないのか?

 俺的には、結構怖かったし、驚かされたんだけど?


「それでね、追い出すためには一人でも多くの力が必要なのよ」


「あ~……だから俺もその廃村へ行くんだ?」


「そう思っていたんだけど、高梨たかなしさん、今は子どもの姿なのよねぇ」


 三軒さんげんは困ったように眉を寄せて首を傾げた。

 もしや、これは行かなくてもいい流れ……?

 小森はいつものように右手の中指で眼鏡のブリッジを上げ、ニヤニヤ嫌な笑みを浮かべている。


「じゃあ、俺は行かなくても――」

「――子どもの姿なんて都合がいいじゃあないですか? 逆に恐怖を与えられますよ!」


 うわー……、やっぱりそういう感じになるのか……。

 一瞬でも、行かなくていいんじゃあないかと思った自分が馬鹿だった。


「心配せずとも、わたくしも三軒も一緒に参りますし、今回は颯来さんも村瀬むらせくんも一緒ですよ」


「え? あの二人も一緒に? ってか、颯来さんはあの村にいなくていいのか?」


「実は颯来さんも村瀬くんも、高梨さん同様、支部預かりのメンバーなんですよ。それに……取り急ぎ、明日、一日だけのことですから」


「そうなの。一日で追い出せるかどうか、なんとも判断しようがないんだけどね、まあ……今日までにも、そこそこ追い込みをかけているから大丈夫かしら?」


 追い込みって……。

 どんな追い込みをかけているんだか、考えたくない。

 ゴネてみたところで、これまでの流れを考えたら行かない選択肢はないんだろうから。


「いいよ。どうせ行くしかないんだろ? 村瀬くんと颯来さんも行くなら、俺だって行くよ」


「ありがとうございます、助かります」


 フン、と鼻を鳴らして俺はそっぽを向いた。

 まだ慣れていないとはいえ、あの二人に情けない姿ばかりを見せるわけにもいかない。

 怖がらせかただって、だいたいわかってきたんだ、俺にだってできる!


「それでは、明日の正午に出発します。村瀬くんは今日のうちに戻って来ますので、四人で颯来さんを迎えに行き、そのまま埼玉まで向かいます」


「四人……ってコトは、ひょっとして三軒さんも行くのか?」


「ええ、そうよ」


 ロリータファッションの幽霊は怖がってもらえるのか?

 まあ……廃村にこんなファッションの女がいることが、ある意味コワイかもしれないけれど。


「今回、多少騒がしくなったとしても、JSAとSCCからも協力がありますから、手を抜かずにやりますよ!」


 握りこぶしに力を込め、張り切った様子の小森を見あげ、俺は少し不安を覚えた。

 ちょっと意気込み過ぎてんじゃないのか?


 そういえば……。

 今日まで一緒にいたけれど、小森自身が誰かを怖がらせているところを見ていない。

 小森や三軒は、どんな風に人を怖がらせるんだろう?


 まさか運転と付き添いだけなんてコトはないよな?

 それなら二人揃って行く必要はないんだし……。


「なあ、あんたたちは、どんな――」


「それじゃあ高梨さん、今日はこのままゆっくり休んで、明日は時間になったら玄関まで降りてきてね?」


「え? ああ……うん、わかった」


 はぐらかされたような、体よく追い出されたような、そんな気分のままで部屋を出た。

 どのみち、明日になればわかる、そう思いながら階段を上がっていると、耳もとでふうっと誰かの吐息が聞こえた。


「うわあぁぁっ!!!!!」

「ひいぃぃぃっ!!!!!」


 俺の絶叫に合わせたように誰かの絶叫が響き、振り返ると、村瀬が階段の手すりにしがみつくようにして腰を落としていた。


「村瀬くん!? 今の息、村瀬くんだったのか?」


「高梨くんの姿が見えたから……声をかけようと……なんかタイミング計れなくてゴメン……」


「そっか。別にいいんだけどさ、次からは普通に声かけてくれよな? 背後で息遣いだけってマジでコワいって」


「ゴメン……ところでなんか、小さくなったよね?」


「あー、これね……」


 俺は村瀬に成り行きを話して聞かせた。

 廃ラブホテルで見たときと違って、穏やかな雰囲気の村瀬は、真摯に俺の話を聞いてくれている。


「ふうん……自分で意識しないで変わっちゃったのかぁ……」


「うん。村瀬くんはこんなことになったりした?」


「ボクはないかなぁ? 今の姿が元の年齢だから、変わる必要がないと思っているからね」


 俺だって変わる必要なんてないと思っているよ。

 こんな子どもの姿……。


「そう心配しなくても、すぐに戻ると思うよ? 高梨くんは霊力高そうだからね」


 そういえば小森にも霊力が強いと言われたな。

 それが関係あるのかどうなのか、俺にはまったくわからないけれど。


「明日は高梨くんも行くんだよね? 埼玉」


「うん、今、小森さんたちに予定を聞いてきたところ」


「なんかチョット大変そうだけど、お互い、頑張ろうねぇ」


 村瀬はそう言うと、二階の廊下を自分の部屋へと向かっていった。

 村瀬の部屋は二階なのか。

 俺はそのまま急ぎ足で三階の自分の部屋へと戻った。

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