第2話 変身しちゃったじゃん?

「あー……なんか嫌な夢を見たな……」


 起き上がる気にもなれず、横になったまま天井を眺めていた。

 夢はあっという間に思い出せないものになり、胸の奥に嫌な感覚を残しただけだ。


 俺は本当に、どんな風にこの世を旅だったんだろう?

 思い出せなくなる、よほどの衝撃があったとしか思えないんだけれど……。


高梨たかなしさん、ちょっといいかしら?』


 コツコツとノックとともに、三軒さんげんが呼び掛けてきた。

 俺は立ち上がり、ドアノブに手をかけ……違和感を覚えた。


「なんです? 今日は休みですよね?」


 開けたドアの向こうに立っている三軒が、奇妙な表情をして「あら?」という。


「なに?」


「……高梨さん、もうスケさんから教わったの?」


「なにを?」


 いぶかし気に首をひねる三軒を見つめ、違和感がさらに増した。

 俺よりも小さかったはずの三軒が、デカい。

 パッと自分の両手のひらに視線を落とし、その手が小さいことを確認した。


 窓に視線を巡らせても姿が映っていないのは、幽霊だからか?

 まあ、確認はできなくても、恐らく子どもになっているというのは、わかる。


「姿の変えかた、聞いたのかと思ったけど、そうじゃないみたいね?」


「昨日……変えられるって話は聞いたけど、変えかたはまだ……ってか、どうなるんだよ? これ……」


「自分で意識して変わったんじゃあないのよね?」


「もちろんだよ。今の今まで寝てたんだし!」


 首を何度か捻った三軒は「まあ、別にいいでしょ」と一人で納得している。


「よかぁないだろ! このままでいなきゃいけないのかよ!? もとに戻りたいんだけど!」


「イメージよ? 高梨さん。私たちの世界はほとんどのことがイメージなの」


 イメージと言われても……俺は別に子どもになろうなんて思っていなかったけど!

 それも、この感じだと小学校に上がるくらいの年齢なんじゃないか?

 声もなんか可愛らしくなってるし!!!


「それより、ちょっと来てくれる? 明日の話、しておきたいのよ」


「明日の? 明日じゃ駄目なのか?」


「明日になって、いきなり言われるより、先に知っておいたほうがいいでしょう?」


 いやいや、いつもなんでも、いきなりじゃん?

 なんだって、今日に限って前もって……って、ひょっとして、なんかヤバいところに行かされるとか……?

 促されて案内されたのは、最初のときと同じで、会長室だ。


「スケさん? 高梨くん、呼んできたんだけど……」


「失礼しまーす」


 もはやノックをすることもなく、普通にドアをすり抜けて部屋へ入る。

 偉そうに机の上で書類を見ていた小森こもりは、俺の姿をみるなり「へぇ……」とつぶやいて眼鏡のブリッジを上げた。


「へぇ、じゃないだろ? これってどうやって戻ったらいいんだよ? 三軒さんはイメージって言うけど、自分の姿をイメージしたって戻らないんだぜ?」


「でしょうねぇ……まあ、イメージしたからといって、何歳の姿にでも変われるわけではありませんからね」


「はあ!? そんなら、なんで俺はこんな小学生みたいに――」


「思い入れの強い年齢っていうのがあるのよ。そのときに幸福だったとか、もの凄ーく不幸だったとか、ね?」


「あとは……そうですね……本人の霊力次第、というところでもあります。高梨さんは霊力は強そうですから問題はないとして……」


 俺が元に戻れないのは、恐らく今のこの年齢のときに、強い思い入れがあるからじゃあないか、という。


「待てよ? そしたら俺、ずっとこのままなのか……?」


 さすがにそれはキツイ。

 意識は三十を過ぎているのに、体が小学生とか、あり得ないにもほどがある。


「まさか。大丈夫ですよ。数日掛かる可能性はありますが、元には戻れるようになるので、できるだけ元の姿に戻るイメージだけ、しっかりしておいてください」


 ニッコリと笑う小森は、初めて会ったときと同じように胡散臭い。

 本当に小森の言うことを信用していいんだろうか? と、不安になるんだけど。

 だいいち、霊力次第ってなんなんだよ?


「ところで、明日の予定なんですが、少しばかり遠出になります」


「遠いのは別にいいけど?」


「そうですか。時間が掛かりますので、昼ごろには出掛けるつもりでお願いします」


「それも別に構わないけど? ってか、まさか、それだけじゃないよな?」


 キラリと小森の眼鏡が光った気がした。

 三軒はとり澄ました顔でお茶を飲んでいる。


「なあ、もうさぁ、情報小出しにしてくんの、やめれくれない?」


 覚えやすいようにと、俺を気遣っているのかもしれないけれど、いちいち後出ししてこられると、小馬鹿にされているような気分になる。

 ただでさえ小森には、ビビリだの怖がりだのと冷ややかな目で見られているというのに。


「一度に話すにも、話しきれないんですよ。いろいろな状況がありますから」


「そうなのよ。昔に比べると、本当に様々な状況変化が起こるの。こっちで認識するのも大変なんだから」


「そりゃあ……そういう事情も分からないワケじゃないけどさ」


 小森と三軒を困らせるつもりじゃあなかったけれど、二人が困った顔になったのをみて、少しだけ罪悪感が湧いた。


「実はですね、明日、高梨さんとわたくしが行くのは、埼玉支部の廃村なのですが」


「埼玉? ここ、東京なのに埼玉まで担当なのか?」


「いいえ、高梨さんは、本部預かりなので、あくまでも東京内の担当なのよ? ただ、埼玉支部でもやっぱり人手が足りない場所があるの」


「ふうん……」


 全国的に人手不足と考えていいんだろうな、と思った。


「人が住み着いてしまっているんです」


「なんだって?」


「明日、向かう廃村に、人が住み着いてしまっているんですよ」


 小森は大袈裟に肩をすくめてみせた。

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