組合活動見学巡りver.遠征は埼玉の廃村

第1話 休日は突然に。

 廃学校から戻ると、三軒さんげんが出迎えに出てきてくれた。


「お疲れさまでした。高梨たかなしさん、入ってすぐに三日連続で大変だったでしょう?」


「まあね……けど、慌ただしかったけど、勉強にはなったよ」


「ごめんなさいね、今、本当に会員数が減っていて……正確にいうと、浮遊霊の方々が減っているんだけどね」


 都内のあちこちに点在する事故物件には、担当者として地縛霊の人たちが常駐できているけれど、今回、俺が出掛けていったような廃村や廃校、廃ラブホテルのような、郊外で地縛霊のいない場所を担当する浮遊霊が足りていないそうだ。

 だから颯来そらも加入してそんなに経っていないのに、一人で廃村を担当している。

 村瀬むらせもまだ数年らしいけれど、前回は一人で廃屋を担当していたそうだ。


「なんでそんなに少ないワケ? みんな成仏しちゃうからなのか?」


「普通は成仏への段階へ進みますからねぇ……残られる数は、そういらっしゃらないですし、それに……」


 古くから在籍していた会員たちが、数年前に大勢、成仏して退会してしまったという。

 例のを使用して、だそうだ。


「へぇ……まあ、成仏したんなら、いいことなんだろうけどね」


「そうなんです。喜ばしいことですが、如何いかんせん、残るわたくしたちとしては、かなり手痛いことでもあるんですよ」


「これからまた、少しずつ増えていくとは思うけど、それまでのあいだは、高梨さんと颯来さんに頑張ってもらわないといけないの」


 初日の説明のときにも、人数が少ないとかなんとか言っていたっけ。

 思ったよりも切実な問題なんだな。


「まあ、いいけどさ。結局、加入しちゃったし、俺にはほかに行くところもないし……で? 次はどこに行くワケ?」


「次はね、まだ決まっていないの。だから今日と明日はお休みね」


「休み? 休みくれるんだ?」


「今のうちだけだけれどね。忙しくなると、新人といえど休めなくなっちゃうから」


 夏は忙しいとも言っていたな。

 だったら、くれると言ううちに、貰っておこう。


「わかった。せっかくだから、休ませて貰うよ」


「もしも、どこかへ出掛けるようなら、ひと声かけていただければ、車を出しますからね」


 休みのときまで車だなんて、冗談じゃないよ。

 生きていたときと違って、食べなきゃいけないとか買いものをするとか、そんな必要がないんだから、出掛けることもないだろう。

 階段を上って自分の部屋まで向かいながら、さっきまで訪れていた廃校を思い出していた。


 あんなふうに団体の動画配信者が来ると、やることが多くて大変そうだ。

 廃校は大きくて広いけれど、一棟の建物だから、行かれる場所は限られているから、そうでもないのか?

 颯来がいた廃村なんかだと、そこそこの広さがあるから、一人で担当するとなると、大忙しか?


 宮脇みやわき清水しみずたちのように賑やかな人たちと一緒に担当するのも楽しそうだけれど。


「けどなぁ……」


 あんな人のいない廃集落や廃墟で、たった一人で過ごすというのも不気味でしかない。

 とは言っても、一人のほうが気を遣わなくて良さそうな気もする

 もともと俺は、そんなに人付き合いがうまいほうじゃあなかったんだし。


 うまいほうじゃない――?


「人付き合い……苦手だったんだっけ……?」


 以前の自分を思い出してみようとしても、薄っすらとしか思い出せない。

 学校へ行っていたときには、クラスメイトたちと楽しく過ごしていたような気もするし、いつも自分の席で本を読んでいて誰とも話なんてしなかったような気もする。


 どっちかが現実で、どっちかが夢なのか、どっちも本当なのか、どっちも嘘なのか?

 思い出せることと、思い出せないことの差はなんなんだ?

 三階へ上がるころには、頭の中がぐちゃぐちゃになった気分におちいっていた。


 目眩まで起こしているような気がして、俺はベッドに倒れ込むと、そのまま眠りについた。




 賑やかしい笑い声が耳をくすぐる。

 この声には覚えがるけれど、誰だったっけ……?

 胸の奥が締め付けられそうになるのは、嬉しいからなのか、辛いからなのかわからない。

 わからないことだらけだ。


 なんとなく、幸せだと思っているようにも感じる。

 手放しで信頼できる人たちの笑い声、それはきっと、両親と祖父母だろう。

 顔も声も思い出せないけれど――。


 不意に景色が変わる。

 潮の匂いと立っていられないほどの強い風、崖には柵もないから、バランスを崩したら海へ落ちてしまう気がする。

 突風によろめいて崖っぷちに持っていかれそうになった背中に、誰かの手が触れる。

 このまま突き落とすつもりなのか、それとも落ちないように引き戻してくれるのか?


 ずっと二択ばかりな気がする。

 背中の手がシャツを掴んだ瞬間、足もとがガクリと崩れ、ハッとして目が覚めた。


 本当に足がビクンと震えたのは、生きていたときにも良く起こった現象だ。

 嫌な夢を見たときに、そうなることが多かった気がする。

 その足の震えのせいで、それまで見ていた夢の内容が、頭の中からスウッと薄れて消えて遠ざかっていった。

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