第7話 真夜中の絶叫

 団体さまの足音が近づいてくる中、俺は急いで階段を駆け上がった。

 踊り場から二階へ上がる姿が、団体さまに見えてしまったようで、また叫び声が響く。


――誰かいた! 今、人が二階に上がっていった!


 階段にいくつもの足音が響き、三枝さえぐさに急かされて壁に隠れると、下からライトがいくつも照らしてきて、一瞬だけ三枝の姿がクッキリと浮かび上がった。

 これは清水しみずのチラ見せと同じやりかただろう。


――ハッ!!! い、今、人影が……!


――用務員さんだったよな!?


――服が作業服みたいなのだったから、絶対そうだろ?


 不穏な空気が辺りに漂っているような気がして、俺は小森こもりに耳打ちをした。


「なあ、小森さん、アイツら結構ビビっているし、もうこのまま帰るんじゃないか?」


「そう簡単には帰ってくれませんよ……こちらの声も届きにくいようですし……」


 颯来そらのところに来た動画配信者のように、スピリットボックスを使ってくれれば、帰りたくなるような言葉を並べて怖がらせることができるけれど、こちらの声が届かない場合、どうしてもなかなか帰ってくれないことが多いという。

 電話やピアノは聴こえるようなのに、声となると、また別なんだろうか?


 確かCくんとやらがスピリットボックスを持っているはずなのに、誰も使おうといわないのは、きっとその存在を忘れているからだろう。

 団体さまの足音は、さっきまでと違って妙にゆっくりだけれど、確実に二階へ近づいている。


「しょうがねぇなぁ。やっぱり上がって来ちまうか。それじゃあ、小森さん、高梨たかなしくん、アキちゃんのところへ行こうか」


 三枝の先導で、音楽室へと向かう。

 一階の教室と違って、二階は大きな部屋ばかりだ。

 図工室、理科室、家庭科室、図書室など、いろいろと懐かしい。


 視聴覚室の奥に、音楽室があった。

 そういえば、俺の通った学校も、音楽室は一番端にあった気がする。


 背後からライトに照らされても、もう三枝の姿は見えないのか、団体さまは細々とした声で話している。

 三枝に言われて俺は足音を鳴らし、時折、壁を軽く叩いていた。


――カン……コン……パタパタ……コン……――


 音がするたびに、団体さまの緊張感が高まっていくように感じる。

 音楽室の前まで来ると、中からおどろおどろしい空気が流れてくるような気がした。


「アキちゃん、団体さま、そろそろ着くよ」


「うん、わかってるよ」


 ドアをすり抜けて音楽室に入ると、安田やすだはピアノの前で椅子に座り、うつむいたままでいる。

 なにか弾くんだろうけれど、どんな曲を弾くんだろう?


――ここ、ここが音楽室。ピアノがあったんだよ。


――廊下の物音と足音はヤバかったけど、中は静かじゃね?


――ってかさ、ドアって閉まってたっけ?


――え? Dくんが閉めたんじゃ……?


――俺、閉めてないよ。ホントに。だってピアノの音が聞こえて、そのまま逃げたじゃん?


 団体さまは音楽室に入るのを躊躇ためらって、ドアの向こうでごちゃごちゃ話している。


「アイツら、ドア閉めてないって。安田さんが閉めたの?」


「でしょうね」


――カララ――


 音がしてゆっくりとドアが開き、ライトが音楽室内を照らす。

 団体さまの誰かの顔が、すき間からみえた瞬間、安田がピアノの低い音を力強く叩いた。


――ババアァァァァァァァン――


 ちょ!!! 曲じゃあなかった!!!


 唐突に低く響いた音は、団体さまをビビらせるには十分すぎたらしく、これまでにない絶叫を上げ、我先にと廊下を走って逃げた。

 これは昨日の廃ラブホテルに来た団体さまのときと同じだ。


 三枝も安田も、そのまま床をすり抜けて追っていく。

 俺と小森も、そのあとに続いた。


――ヤバいヤバい! マジでここヤバい!


――早く出て! 急いで! 足音が追いかけてくるぞ!


――うわぁっ! 絶対いる! ここ絶対いるよ!


 団体さまは止まることなく校庭を走り抜け、公道へ出ると、停めてあったワンボックスカーに乗り込んで走り去っていった。


「うわぁ……逃げ足、めっちゃ速いな!」


「相当、怖かったんでしょうねぇ……」


「いやぁ~、最後までやかましいヤツらだったなぁ!」


 三枝も小森も大笑いしているけれど、安田は苦い表情をしている。


「安田さん、どうかしたの?」


「んー……、俺はどうもうるさいのが苦手でなぁ……今日はなんだか疲れちまったよ」


 見た目が老人ということもあるんだろうけれど、俺からみて安田は本当に疲れているようにみえる。

 最初に会ったときより、老けたんじゃないか?


 けど、あの騒ぎじゃあ、疲れても仕方ないような気がした。

 アイツらは、あれだけ騒いで疲れないんだろうか?

 動画も凄いことになっていそうだ。


「もう午前二時を過ぎていますね。それじゃあ高梨さん、わたくしたちは、そろそろ失礼しましょうか」


「なんだい? もう帰るかい?」


「安田さん、疲れちゃったみたいじゃん。三枝さんも疲れたんじゃないの?」


「まぁな。大したことを教えてやれなくて悪いなぁ」


「そんなことないよ。さすがにピアノは弾けないけどさ、俺もなにかやってみようかって思ったから」


 三枝がニヤリと笑う。


「ま、頑張れや。またどこかで一緒になったら、そんときはよろしく頼むよ」


 車へ向かう俺たちに、三枝も安田も手を振って校門から見送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る