第6話 夜の学校といえば……。

「えっ? なになに? 二階、めっちゃ暴れてるけど」


「きっと安田やすださんが、なにかされたんでしょうね」


 二階を先に見に行ったほうが良かったでしょうかね、などと小森こもりがぼやいている。

 足音はそのまま階段を降りてきて、廊下を走りながらAとBの名前を呼んだ。

 相当、慌てふためいているようで、俺はこっちに向かって走ってくる三人の顔のほうが怖かった。


――Aくん! Bくん! どこ!


――ヤバいヤバい! マジでヤバいって!!!


 もはや撮影しているのかどうかもアヤシイ感じだけれど、カメラだけはしっかり前方を向いているのが凄い。

 プロ意識抜群だな。


――え? どうした? なに? 二階、なにかあった?


 教室から廊下に出たBくんが三人を迎えるも、よほど怖かったのかヤバいヤバいというばかりで、要領を得ない。


――ヤバいんだって! ぴっ、ピアノ、勝手に鳴った!


――え? 二階、ピアノがあったんだ?


――あったって! てか来てみて、マジで! ホントに鳴ったから! Aも早く……!


 DがAを呼んで教室の中を覗き見た瞬間『わあぁぁっ!!!』と叫び、それがB、C、Eの三人にも伝染して、廊下中に悲鳴が響いてもの凄い状態だ。

 どうやらDは、人体模型を人か幽霊だと思ったらしく、その怖がりように、さすがの俺も引いた。


「いや~、こりゃあ酷いもんだな」


 三枝さえぐさも団体さまたちの様子に、呆れかえっている。

 団体さまの気持ちもわからないではないけれど、こんな感じでほかのスポットでもギャーギャー騒いでいるんだろうか?

 場所によっては、近所迷惑もはなはだしいだろう。


「ピアノが鳴ったって言うけど、それってやっぱり安田さんがやったんだよな?」


「おお、もちろんだとも。アキちゃんはな、実はピアノがうまいんだよ」


「えっ? そうなんだ? 生きているときにピアノを弾くような仕事をしてたとか?」


「いいや。こうした廃校やピアノのある場所を担当するたびにな、ちょっとずつ練習していたんだよ」


 マジか。

 死んでからも学習してるなんて、真面目過ぎるだろ!!!


「まあ、わたくしたちには、いくらでも時間がありますからねぇ。心ゆくまで好きなことをするのも、楽しいものですよ」


 小森は眼鏡のブリッジを上げながら、安田を褒める。

 俺は死んだらそれで終わりだと思っていたけれど、こうして存在しているのなら、新しいことを学ぶのもいいのかな? なんて考えた。

 お客さまを怖がらせるといっても、毎日誰かがくるんじゃあないのなら、ぼーっと過ごしているよりはいいかも、と。


 今すぐなにかをしたいとか、やってみたいと思うものはないけれど、生きていたときのことを思い出したら、したかったなにかが俺にもあるかもしれないから。


――俺、さっき職員室に定点置いてきたんだよ。黒電話が鳴ってさ……。


――え……? ホントに鳴ったのかよ?


――鳴った鳴った! オレも聞いたから!


――でさ、もしかしたら、また鳴るかもって。


――でもさ、でもさ、二階だってピアノが鳴ったんだぜ? とりあえずさ、一緒に二階に来てよ。


――ちょっと待って。そしたら、カメラ回収してから行こう。


 わちゃわちゃしている団体さまは、職員室に置いたカメラを取りに行った。


――あれ……? 録画止まってる……。


――え? じゃあ撮れてないの?


――うん……えぇ……おかしいな……録画ボタン、ちゃんと押したんだけど……。


――もうしょうがないよ。それより、二階、二階行こう。


「やっと全員一緒になるかぁ。じゃあ、小森さん、高梨たかなしくん、俺たちも二階にいくかね」


 三枝は軽く膝を曲げて飛び上がり、そのまま天井へ消えていった。


「……え? 飛んで行っちゃったんだけど!? なに今の! 空も飛べるワケ?」


「あれは、床に沈むのと同じなんですよ。空を飛び回るのとは全く違うんです。浮く、といったほうが正しいでしょうね」


「浮く……けど、それだって凄いじゃん?」


「生身の人間からしたら、そうですよね。浮くのには少しコツが要りますので、高梨さんはもう少しこちらに慣れてから練習しましょうか」


 練習したら浮き上がれるのか!

 凄いな、俺!

 っていうか……体がないとできることが、だんだんと増えていくような気もする。

 もっとも、できなくなっていることも多いんだけれど。


「というワケですから、わたくしたちは急いで階段で、三枝さんたちのところへ行きましょう」


 カメラを片付け終えて、階段へ向かう団体さまを追い越して、俺と小森は足早に階段を上がった。

 踊り場まできて、二階の廊下へと目を移したとき、壁からのぞく半身の黒い影に驚き、階段で盛大に転んでしまった。


――なんだ? 今、なんか凄い音がしたよな?


――聞こえた! 俺も聞こえたよ!


――今の音、どこからだ? 二階?


――階段のほうからじゃねえ?


 団体さまが一階の廊下で騒いでいるのが聞こえてくる。


「高梨さん……よく見てください、三枝さんですよ」


「えっ……ホントだ……三枝さん! なんでそんなところから覗いているんだよ!」


「悪い悪い、団体さまを怖がらせるつもりだったんだよな。今、ちょっとだけ見えるように出ていたんだよ」


「いいんですよ、三枝さん。高梨さんは怖がりなんですから」


 ぐぐぐ、と言葉に詰まる。

 なんで俺はこんなに慣れないんだろう? というか、ほかのみんなはどうなんだ? 確か村瀬さんもビビりだったはずだけど。


「アキちゃん、そろそろ団体さまにお帰りいただきたいみたいなんだよ。なんだかやかましいってな」


「声も大きいですし、叫び声が驚くほど大きいですからねぇ……」


 小森はクスクス笑いながら、また中指で眼鏡を押し上げている。

 あれほど声を上げていたら、俺たちが少しくらい音を立てても、カメラには入らないんじゃないかと思うよ。

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