第3話 団体さまのお出迎え

 賑やかな声は俺と同じ年代の五人組だった。

 HMDは男のマークが点滅している。


「来た来た。それじゃあ、お出迎えといきますかね」


 安田やすだがどっこらしょ、と言いながらソファから立ちあがった。

 三枝さえぐさを先頭に校舎から出ると、団体さまは校門をくぐり、校庭の中を撮影しているところだ。


――さて、今日は某県にある廃校へやってきています。ここはつきの学校だそうですが……。


――はい、そうなんです。以前、この校舎の中で、用務員さんの焼身自殺があったそうでして、そのかたの霊が今も彷徨さまよっている、と……。


――え? それって廃校になる前? だよね? なったあとじゃあ用務員さんもいないだろうし。


――ですね。この学校が廃校になったのは、平成の〇年だということなので、今から三十年くらい前でしょうかね。


 オープニングのシーンでも撮っているんだろうか?

 この学校の校舎の中で、用務員さんが焼身自殺っていってたけど――。


 俺は思わず三枝と安田に目を向けた。

 二人とも用務員の格好をしているけれど、まさか、どちらかが……?


「二人のどっちかが、あの話の人だったりする……?」


 気になって聞いてみると、三枝が呆れたような顔で俺を振り返った。


「なにいってんだい? 高梨たかなしくん」


「あのな、よーく考えてみろって。こんな木造の校舎で火なんてつけたらよ、あっという間に全焼するだろ?」


「あ、そうか……」


 全焼まではいかなくても、そこそこの被害は出るだろう。

 見る限り、そんな痕跡はなかった。


「それにな、俺は死んでもう百二十年も経っているし、アキちゃんは六十年以上だからな。俺たちはあの話の人じゃあないよ」


「うわ……そんなに昔に亡くなっているんだ?」


「三枝さんは特に長くていらっしゃるんですよ。なにしろ、東京支部の副支部長ですから」


「副支部長? マジか。ってか、そんな大事な情報なら、もっと早く教えておいてくれよ!」


 小森こもりはとり澄ました顔で、団体さまたちが撮影している様子を見ている。

 本当に小森は……追加情報を変なタイミングで小出しにしてくるな!


「俺たちは今、持ち回りであちこちの心霊スポットに行くけどさ、ここでそんな事件があったなんてのは聞いたことねぇよ?」


「ああ。支部のほかのみんなも、誰もそんな話、したこともないんだから」


 安田も三枝もそういう。

 心霊スポットには、信ぴょう性のない噂話もつきものだそうだ。


「そんな事件がありゃあさ、新聞にも載るだろ? 調べたらなにもないってわかるんだけどなぁ」


「それもそうか……でもさ、あんなに堂々と語ってるよ?」


「まあ、そういったがあったほうが、心霊スポットを巡るにはいいんだろうさ」


 団体さまたちは怖がっているふうを装っているけれど、面白がっているようにもみえる。


――で、ここの現象なんですが、物音や足音、ピアノの音なんかは鉄板でですね、実は職員室に置き去りにされたままの黒電話が、鳴るっていう話しなんですよ。


「電話、ここにもあるんだ? けどさ、通じてないなら、鳴らないんじゃないの?」


「うん、本当なら鳴らない。ただ、廃ラブホテルのきょうちゃんが、たまーに連絡寄越してくるんだよ」


「そうそう。暇でしょうがない、ってな」


 昨日行った廃ラブホテルの清水しみずのことか。

 暇だといって電話をしてくるって、凄いな。


「恐らく、それを聞いたヤツがいるんだろうな。だから変な噂になるんだろうさ」


――さて、それじゃあ早速ですが、中へ入っていきましょう!


 団体さまはオープニングを撮り終えたのか、息をひそめてこちらへ向かってきた。

 玄関前に立つ俺たちの横を通り、下駄箱まで来ると、当然のように土足で上がっている。


「荒れているから仕方ないんだろうけど、普通に土足で上がるんだな」


「そうですね。まあ、変に怪我をされるよりはいいですから」


 ガタンと音がして、油断していた俺は、また驚きで「ヒッ!」と小さく叫んでしまった。

 途端に団体さまの持つライトに照らされる。


――なんだ? 今の音?


――開いた下駄箱が急に閉まった!


――風じゃね? 多分だけど。


 安田が開いたままになっていた下駄箱の蓋を閉めたようで、俺に向かって閉めた下駄箱の一つを指さしている。


「なんだよ……安田さんか……」


「また高梨さんは……見学も、もう三日目だというのに、まだ慣れませんか?」


「しょうがないだろ! 急に音がしたら、誰だってビックリするんだから!」


 毎度、小森に呆れられつつも、悲鳴を上げなかっただけマシじゃあないか? 俺だってそこそこ、慣れてきているんだろう、と思った。

 団体さまは廊下をライトで照らして奥を眺め、それから階段を映している。


――それじゃあ、ここからは二手にわかれようか?


――俺とBくんはこのまま一階、CくんとDくんは二階で。Eくんは、多分、二階のほうが見るところが多いだろうから、Cくんたちに着いていって。


――了解。なにかあったら、Aくんに連絡するわ。


 一組はそのまま職員室から教室へと続く一階の廊下へと歩きだし、もう一組は階段を上がって二階へと向かっていった。


「ありゃ~……二組に分かれちまったなぁ……」


「仕方ないな。面倒だけど……アキちゃん、どっちに行くよ?」


「じゃあ、俺は二階のほうに。小森さん、アンタたちはどうする?」


 安田に問われ、小森は少し悩むようにうつむいてから「では、ひとまず一階を」と答えた。

 ということは、俺は三枝と一緒にいればいいのか。


「高梨くん、ここでの怖がらせかたは簡単だ。一階では、教室の用具入れを揺らしたり、トイレの中で音を立てたりする」


「二階には音楽室や図工室があるんだけどな、そっちもそんな感じだ。たまーにピアノも鳴らしたりする」


 二人に怖がらせポイントを聞いて、俺たちも二手に分かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る