第2話 廃校の老兵たち

「この校舎はね、建ってから年数は経つんだけれど、そこそこに修繕もされていて、キレイなんだよ」


 三枝さえぐさに案内されて歩く廊下は、今は現状のままで、あちこちに落書きがされている。

 その落書きも、デザイン性のあるものじゃなくて、名前や携帯番号、ちょっとした絵ばかりだ。

 教室の中は、机も椅子も残っているし、学校で良く見かけた備品なども残ったまま。


「いろんなものが残ったままになっているんだな……」


「うん、どういう基準で片づけているのか、俺たちにはわからんけど、休憩室に使っている職員室も、書類やらなんやら残ったままだよ」


 三枝は校舎をグルッと回ったあとに、職員室へ案内してくれた。

 ガラリとドアを開くと、中は乱雑で、床に書類が散乱しているのは、肝試しに来た人たちが散らかしていったという。

 奥に来客用のソファーが置いてあり、その上で誰かが寝ていた。


「アキちゃん、小森こもりさんがきたよ。新人さんも一緒だ」


 三枝が声を掛けると、アキちゃんと呼ばれた男が気怠そうに起きあがった。

 こちらも老人だ。

 二人とも、七十歳は超えているようにみえる。


「あー、本当だ。小森さん、久しぶりだねぇ」


安田やすださん、お元気そうで何よりです。こちら、新人の高梨たかなしさんです。今日は見学で伺いました」


「へぇ……新しい人、入ったんだ? 俺は安田 明義やすだ あきよしってんだ。よろしくな」


「高梨わたるです。よろしくお願いします」


「高梨くんは、アレかい? 死んだときのままの格好かい?」


「はぁ……そうですね、多分ですけど……」


「高梨さんは、少しばかり記憶に乱れがあるんですよ」


「ふうん、そいつは大変だな」


 死んだときのままの格好ってどういうことだろう?

 宮脇みやわき清水しみずのような、凄惨な状態のことだろうか?

 俺がもしも交通事故で死んでいるとしたら、そのときの怪我によっては、血まみれ……?


「俺やアキちゃんは、死んだときのままの格好なんだよ。爺さんまで生きたんだ」


「年齢で言うと、俺のほうが一つ上なんだけどな、ヨッちゃんは俺よりも死んでからが長いんだよ」


「高梨くんは、別に若く見せているようにはみえないから、その年齢で亡くなったんだろうなぁ……」


「若く見せて?」


 それはどういうことだろうかと聞いてみると、どうやら亡くなったときの年齢より、若い姿になれるようだ。


「えっ? じゃあ、俺も三枝さんたちみたいになれるってこと?」


「そうじゃあねぇんだよ。あのな、自分が生きた年齢の中で変われるんだ。アンタは俺やヨッちゃんみたいにジジイまで生きなかったから、それ以上、上の年齢にはなれねぇんだよ」


「なるほど、そういうものなんだ……」


「いくらイメージであれこれできるといっても、限界がありますからね」


 小森も深くうなずいてそういった。

 若くなれるなら若く見せたいと思う人は多そうだ。

 小森や三軒さんげんも、ひょっとすると若く見せているんだろうか?


「高梨さんは、お若いですし、姿を変える必要はないと思いますが、それも追々、お教えしますよ」


 姿を変えて得があるワケでもないけれど、これから現場に出ることになるのなら、手札は多いほうがいい。

 せっかくだから、教われるものは全部教わっておきたい。


「アキちゃん、今日はな、どうやら噂の動画配信者が来るようなんだよ」


「今日のがか?」


「カメラを持っているって言ったろ? 高梨くんが、多分そうじゃないかっていうんだ」


「はぇ~、そいつは珍しいモンが見れるなぁ」


 三枝も安田も、のんびりした口調で笑いあっている。

 なにか準備とかをしないんだろうか?


「この現場はな、まぁまず人が来ないんだよ。一応、心霊スポットにはなっているんだけどな」


「ほかのみんなもそうだが、ここじゃあ、それほど大きく怖がらせないんだ」


 禁足地があるワケじゃあないけれど、あまり噂になって、人を呼び寄せるのは困るらしい。

 熊や猪も出るから、事故が遭った場合に面倒になるからだそうだ。


「……山の中だもんな……そういうこともあるか……」


 結構、物騒な話しだ。

 山の中で事故に遭い、地縛霊になってしまった場合は、SCCが浄霊をすることもあるという。


「浮遊霊でしたら勧誘するんですが、地縛霊となったかたの場合は、そこから動けないので……街なかでしたら、また別の話になってくるんですけどね」


 人も誰も来ない場所で彷徨さまよっているくらいなら、広前ひろまえたちの手を借りて、早めに成仏を促す方がいいだろうから、と三人ともいう。

 こっち側の世界にも、本当にいろいろなことがあるんだな。

 俺がもしも地縛霊だったら、あの部屋に残って、事故物件として新たな心霊スポットになったのかもしれない。


「俺とアキちゃんは、ゆる~くやるけどさ、一応、怖がらせなきゃあいけないからな。そんな感じのやりかたも、学んでいってくれや」


「老兵だからな、のんびりやるんだけどさ。今日のは特別なようだから、チョコットだけ頑張るけどな」


 三枝も安田も明るく笑う。

 二人とも無念や恨みといった、心残りがあるようには見えないけれど、それは単に俺からするとそう見えるだけで、きっと二人なりに、思うところがあるんだろう。


 いろいろと話をしているうちに、いつの間にか日付が変わろうとしている。

 ザワザワと、外から人の声が届いてきた。

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