第6話 前髪……?

 ちゃんと見てみようと言った男の子が、また部屋の中を懐中電灯で照らした。

 清水しみずが立っている場所も光が当たったけれど、今度は誰も騒がない。


――ホラ、やっぱりなにもいないじゃん?


――だったら、さっきのは?


――あのベッドの汚れたシーツが、なんとなく人影に見えたんじゃね?


 女の子たちは、ホウッとため息を漏らしている。

 さっきと同じように照らしたのに、さっきは清水が見えて、今度は見えなかったのか?


「なあ、小森こもりさん。今の、なんなの?」


「さっき懐中電灯で照らされたときだけ、清水さんは姿をみせていたんですよ」


「それって、ワザと?」


「もちろんです。一瞬の光の中でだけ人影が見えるのは、怖いでしょう?」


 確かに。

 俺もきっと、ビビったと思う。


きょうちゃんは、あの出方がうまいのよ。私なんか、あのチラ見せが苦手でねぇ」


 隣で宮脇みやわきも、声をひそめてそういった。

 団体さまも安心したのか、壁の落書きを見たり、バスルームやトイレを見たりしている。


 俺の視界の端に、なにかがチラチラと動いていた。

 見ると清水が大きく手を動かして、なにかを訴えているようだ。


高梨たかなしさん、清水さんが音を立てろと言っているようですよ」


「え? 俺が?」


「新人~! 足音立ててみろぉ!」


 村瀬むらせも声を殺して、俺に言う。

 仕方なしに、俺は散らばったガラスを踏んで、数歩、足をすすめた。

 途端に大声が響き渡り、俺は笑いを堪えた。


――今! また足音がしなかった!?


――やっぱり誰かいるのか? 誰だ! 誰かいるんだろ!?


――ちょっと! あの部屋、誰もいなかったじゃあない!


――ねえ、もう嫌だよ! 帰ろう?


 部屋の中を右往左往する団体さまを、俺たちがジッと見守っていると、清水がそこへ近づいた。

 霊感が強そうな女の子の側に近づくと、その頬に触れ、次に威勢の良さそうな男の子のところへ進み、その首筋にフッと息を吹きかけた。


――キャアァァァッ!!!!!

――うわあぁっ!!!!!


 二人がほとんど同時に叫び、女の子は腰が抜けたようにしゃがみ込み、男の子たちは女の子たちを置いて、飛び出していってしまった。

 とんでもないヤツらだ。

 女の子たちを置いて逃げた。


 宮脇と村瀬がスッと床を抜けて出ていってしまう。

 俺はなにをしていいのかわからず、小森とこの場にとどまった。

 残った女の子が、腰を抜かした女の子を励まし、立ちあがらせて出ていこうとするあとを、清水が追っていく。


 ベッドルームを出ようとした女の子たちの耳元で「ま・た・ね」とささやいた。

 これまで聞いたことのない叫び声をあげ、女の子たちは転がるような音を立てて、建物を出ていった。


「ヒエ……耳元で声を掛けるとか、マジで怖すぎるわ……」


「あんなのは序の口よ? ねぇねぇ、それより外、見にいこうよ!」


 俺と小森のあいだに割り込んできた清水は、俺たちの腕にしがみつくように自分の腕を絡めると、そのまま床に沈んだ。

 駐車場を出ると、入り口のところで村瀬がバリケードをガシャガシャ揺らし、宮脇が男の子たちを血みどろの姿で追いかけていた。

 団体さまの阿鼻叫喚が森じゅうに響き渡っている。


「ああん! 宮脇さん、いいとこ取りしちゃってズルイ~! 私も怖がらせてやりたかったのにぃ!」


 清水が物騒なことを言っている。


「うわ……宮脇さん、姿、見せちゃってるんだ?」


「男のかたがたが、女のかたがたを置いて逃げ出してしまいましたからねぇ。宮脇さん、ああいった男がお嫌いなんですよ」


「だからって……これ、HMDの数値、もの凄いんじゃないか?」


「でしょうねぇ」


 泣きながら逃げていく団体さまの後ろ姿を眺め、複数だととんでもないことをするんだな、と思った。

 いや、複数人だからこそ、なのか?

 団体さまがうのていでバリケードのゆがみから逃げていくのを見送り、宮脇たちがこちらへ戻ってきた。


「いや~、参ったわね、今夜のお客さま。女の子を置いて逃げるなんてさぁ!」


「あの男どもには天罰が下るであろう!」


 いや、天罰って……幽霊がそんなこと言うなよ!


「高梨くんも、今日はせっかくの見学だったのに、ゆっくりできなくてごめんなさいね」


「いえいえ、高梨さんも勉強になったと思いますよ? ねえ、高梨さん?」


「あー……うん、まあね。あんなに叫ばせてもいいんだ? って思ったけどな」


「いいのよぉ! ああいうのは、どうせまた懲りずに心霊スポットに行くんだから」


「ね、ね、私の怖がらせかたはどうだった?」


 清水が食い気味に聞いてくる。


「うん、凄いと思ったよ。懐中電灯当てられたとき、あんなチョットだけみせて怖がらせるやりかたがあるなんて、驚いた」


「でしょう? 全部見えるより、少ししか見えないほうが怖いときがあるのよね」


 得意げに胸を反らせた清水の前髪が、風で揺れているのに、ちっとも乱れない。


「なあ、清水さん。その前髪、なんなの? なんでそんなに立ってるの?」


「これ? あのね、前髪の高さは、プライドの高さなのよ?」


「え? なにそれ?」


「もう! 知らないの? そういう時代があったのよ!」


 清水は腰に手をあてて頬を膨らませ、不貞腐れたような表情をみせた。

 前髪がプライドだなんて、恐ろしい時代だ……。


 あ……。


 でも、確かにこんな髪形を、どこかで見たような記憶がある……。

 あれは……。


 パンパンと小森が手を鳴らし、俺は驚いて飛び上がりそうになった。


「さあ、それでは高梨さん、今夜はこのくらいで、失礼しましょうか! 高梨さんも、良い数値を出しましたしね!」


「……あ……うん、わかった」


 改めて宮脇たちに挨拶をしてお礼を言い、小森に急かされて、俺たちはまた全連の本部へと戻った。

 途中、俺はすっかり忘れていたのに、小森が俺の部屋に寄ってくれたおかげで、CDとデッキを持って帰ってくることができた。


 さっき、またなにか、思い出しそうだったのに、結局思い出せない。

 胸の奥に、なにかがような感覚のまま、俺は自室で休息をとった。

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