第5話 全連・東京支部の人たち

 懐中電灯の明かりが揺らめいて、俺たちの体をすり抜けていく。


――ホラみろ、やっぱり誰もいないだろ?


――そうそう。たまにね、ほかの肝試しに来ている人たちに会ったりするけどね。


――え~……それじゃあ、もしかしたら誰かいるかもしれないんだ?


――今日はいないよ。


 そんなことを話しながら、四人は部屋のあちこちを弄り回している。


「喰らえっ! オレサマの恐怖の音色をっ!!!!!」


 村瀬むらせは声を押し殺したように小さく叫ぶと、飛び上がって天井に吊るされたままのシャンデリアを、指で弾いた。


――チャラ……――


 ちっさ!!!

 音、ちっさ!!!


 そりゃあそうだよな、村瀬は中指と親指で輪を作り、シャンデリアのガラスを軽く指で弾いただけなんだから!

 俺、もっとガッツリ揺らすのかと思ったのに!

 恐怖の音色とかいうから、どんなポルターガイスト現象を起こすのかと思ったよ!


――えっ! 今、なんか音した!


――した! ガラス叩く音みたいな……ホラ! また!!!


 村瀬はシャンデリアのあちこちを叩いて揺らし続けている。

 間隔をあけたり、誰かが動いたときなどに、音を鳴らす。


――かっ、風だよ、風! うん、きっと風だ!


――バッカじゃないの!? ドアも窓も閉まっているのに、どこから風が吹くっていうのよ!


 女の子たちは、村瀬の出す音に耐えかねたのか、急ぎ足で棟を出ていき、男の子たちはそれを慌てて追いかけていった。


「フハハハハハ!!! どうだぁ! 恐れ入ったか! オレサマの繊細で優美な音色を聞けただけありがたく思えぇぇぇ!!!」


 確かに繊細だったよ。

 だって指で……ってか、いいんだ? あれでいいんだ?

 まあ、この棟は折り返しだし、清水しみずの待つ最後の棟までに帰られたら困るんだろうけどさ!


 複数でおもてなしをすると、こんな感じになるんだってのもわかったけどな。

 それよりホント、この人、大丈夫なワケ?

 なんか濃いな! 全連の東京支部!!!


 俺は言葉も出ずに小森こもりを見つめると、小森は小さく肩をすくめてみせただけだった。

 村瀬のこの姿を、知っていたなら先に教えておいて欲しかったよ!!!


「さて、村瀬も無事にを送り出したことだし、みんなできょうちゃんのところへ行こうか?」


 宮脇みやわきに先導されて、俺たちは外へ出た。

 団体さまが出ていくときの様子では、もう帰ってしまいそうな雰囲気だったけれど、無事、ほかの棟を巡っている。


 村瀬には別な意味で驚いたし怖かったけれど、清水はどんな怖がらせかたをするんだろう?

 あのビジュアルならば、姿をみせたらそれでOKだと思うけれど。

 まさか、村瀬のように怖がらせかたじゃあないよな?


 来たときよりも強い風が吹いていて、木々が大きな音を立てて揺れている。

 団体さまも、ホントにもの好きな人たちだ。

 結局、全部の棟を見て回るつもりらしい。


「京ちゃん? そろそろ団体さま、お見えになるわよぉ!」


 みんなでドアをすり抜けて、入り口から一番手前の向かい側に立つ棟へ入った。

 ベッドルームにいる清水は、ついさっきまでの血みどろの姿が嘘のように、キレイな姿になっていた。

 宮脇といい、清水といい、そうなれるなら、最初はその格好でいて欲しい。


「え~? やっぱりここまで来ちゃう感じぃ~? メンドクサイなぁ……さっさと帰ればいいのにね」


「まあまあ、清水さん、そう仰らずに……いつもの絶妙な怖がらせかた、久しぶりに見せてください」


 急にやる気をなくしたような清水の発言に、小森が発破をかけた。

 途端に明るい笑顔を見せ、俺のほうへと視線を向けてくる。


高梨たかなしくんも、見たい?」


「え? あ……ああ、もちろん! 絶対、勉強になると思うので!」


 小森と宮脇に、両側から肘鉄を喰らい、俺は早口で答えた。

 清水はもったいぶったように体をくねらせ「どうしようかなぁ?」などといっている。

 嬉しそうなその表情で、やる気になってくれたとわかった。


「じゃあ~、しょうがないから、見せてあ・げ・る!」


 人差し指を唇の前に持っていき、ウインクをしてみせる。

 仕草が、どこか古い。


――ここで最後だな。


――結局、ユーレイなんて出ないじゃん!


――見えないけどさ~、絶対になにかいると思うよ?


――もー! そういう怖いこと、言わないでったら!


 音がするだけだと、そんなに怖いと思わないんだろうか?

 俺には十分すぎるほど、怖いと思うけれど。

 颯来そらのところに来たみたいな動画配信者と違って、機器を持っていないから、こちらからの声が届きにくいのもあるんだろう。


 これだけ風が強くなってきていると、声が微かに届いても、風でかき消されてしまうし、それこそ風の音だなどと思われてしまう。


 ガタンと音がして、団体さまがベッドルームへ入ってきた。

 ほかの棟と同様、懐中電灯で部屋中を照らしてくる。

 部屋を一周しそうになったとき、明かりの輪の中に、チラリと清水の姿がよぎった。


――え……! えっ!? なに今の!?


――ちょ、ちょ! 人影がみえなかった!?


 イヤーッと女の子たちが悲鳴を上げる。

 その悲鳴の大きさに、俺は思わず耳をふさいだ。

 これだけの大きさだと、清水のHMDはどれほどの数値を叩きだしているのか。


――ヤバいヤバい! マジで出たかも!?


――ちょっと待て待て! もう一回、ちゃんと見てみようぜ!


――もういいよ! もう帰ろうよ!


 女の子は半べそをかいている。

 俺は、なにが起きたのかまるでわからなかった。

 特に変わった様子には見えなかったんだけれど。

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