第4話 恐怖の……?

 一番手前の棟……俺たちが潜んでいる棟のドアが開く。

 キャッキャウフフと楽し気な声と、階段を上る足音が響いてきた。


「来るわよぉ~……ここでは、大きなことはしないからね。適当なタイミングで、足音を立てたり、壁を軽くコツコツ叩いてくれる?」


「わかった。そんなに怖がらせなくていいカンジなんだ?」


「ここで酷く怖がらせちゃったら、すぐ帰っちゃうもの。徐々に徐々に奥の棟へ……ってネ?」


 なるほど。

 そんなことまで考えているのか。


「たまにね、イレギュラーもあるけど、大抵はこの一番手前の棟から、順番に回っていくわね」


 それはわかる気がする。

 向かい合わせに二列に建っていたら、なんとなく手前から順に進んで一番奥まで行き、次に反対の奥から手前に戻ってくる。

 カタカナの『コ』の字みたいに。

 だとすると、クライマックスは反対側の一番手前の棟になるのか?


 ドアが開く音がすると、廊下を歩き、お風呂場やトイレを見て回っているのか、甲高い声が、壁の向こうから聞こえてくる。

 そしてついに、団体さまがベットルームへと侵入してきた。


 部屋の中はすでに荒れ放題で、あちこちにいろいろなものが転がっている。

 壁にはカラフルで大きな落書きがされていた。


――やだ~、不気味ぃ~。


――部屋ン中、散らかりすぎじゃね?


 懐中電灯を手にした男女四人組だ。

 ダブルデートにでも行った帰りなんだろうか?

 こんなところへ来ずとも、もっと良い行き先はいくらでもあるだろ?

 それこそ、ちゃんとしたラブホとかさ。


 男の子たちは、備え付けの受話器を取って『もしもし?』などとやりながら、ヘラヘラと笑っている。

 隠れる場所もないから、俺と小森こもりは窓の前に、宮脇みやわきは実に堂々とベッドに腰をおろしていた。


――ねぇ、ここって昔、事件があったんでしょ? ホントに出るんじゃないの? 幽霊……。


――あ~、出るかもよ~。女の幽霊~。


 女の子たちが怖がり、男の子たちがそれをあおっている。

 あわよくば、抱きつかれたい、とか思ってんだろうな。


――コツコツ――


 俺は後ろの窓を、軽く叩いた。

 途端に耳をつんざくような悲鳴が響く。

 HMD心拍計測器をみると、ハートマークは三百を超え、口のマークは百八十を超えた。


「……小森さん、数値、デカくない?」


「それは、人数がいるからですよ。悲鳴は二人分、心拍は四人分でしょう」


「なるほどね」


――キャーッ! 今、誰かの声がしなかった?


――気のせいだよ、気のせい。こんなところ、誰も来ないし。


――そうそう、多分、動物が入りこんでいるんだよ!


 女の子たちが騒ぎ出し、男の子たちがなだめているあいだも、俺は地味にあちこちを鳴らしていた。

 なかなか出ていこうとしないことに痺れを切らしたのか、宮脇が足もとに倒れていた椅子を軽く蹴った。


 また、悲鳴が響き渡る。


 よくもまぁ、それだけの声が出るものだ。

 さすがに今のは男の子たちも怖かったようで、ザッと部屋の中を懐中電灯で照らしただけで、ワタワタと出ていった。


高梨たかなしくん、小森さん、次は村瀬むらせのところに行くよ。三つ隣の棟ね」


 宮脇はそういうと、スッと床に沈んで消えた。

 小森に促されて、俺たちも床から駐車場部分へと移動する。

 外に出ると、さっきの四人組は、隣の棟に入っていくところだった。


「隣とその隣では怖がらせないんだな」


「全部で怖い思いをしたら、は帰ってしまう恐れがありますからねぇ」


「そっか、さっき宮脇さんも、怖がらせすぎると帰っちゃうっていってたもんな」


 四人が探検をしているあいだに、俺たちは村瀬が潜んでいる棟へと入った。

 村瀬がいるだろうベッドルームまで来ると、村瀬は壊れたベッドの上で、後ろを向いて仁王立ちになっている。


「ククク……来たな小童こわっぱぁっ! 今宵は存分に怖がらせてやろう!」


 くるりとこちらを振り返った村瀬を見て、俺は唖然としてしまった。

 まるでヘビメタのようなびょうのたくさんついた真っ黒い服に、顔は白塗りで目の周りを黒く塗ってある。

 こんな外国人バンドがいたよな?


「……ん? なんだ……小森と新人か! ええい、紛らわしい!!!」


 第一印象とのエライ違いに、俺はただ戸惑うしかない。

 この人、ビビりなんじゃあなかったのか?


「ごめんねぇ? 村瀬のヤツ、あの格好すると性格変わるのよ」


「うわっ! 宮脇さん……急に背後から声かけないでくださいよ……」


「高梨くんもあんなメイクしたら、怖がりが治るんじゃない?」


「そんなワケないでしょ!」


 ガタンと音がして、四人がこの棟のドアを開けた。

 階段を上がる足音は、さっきと同じだ。


――ねえ、やっぱり人の話し声が聞こえない?


――そう? 風の音じゃねーかな?


 四人のうち、一人の女の子は少し霊感があるのか、さっきから俺たちの声が薄っすらと聞こえているようだ。


「来たな……クソガキどもめぇ……! 今からこのが恐怖の洗礼をくれてやるぅ!!!」


 村瀬が物騒なことを言いながら、中指を立てて舌を長く伸ばして見せる。

 なんなの? この人……大丈夫か? マジで。

 ギャップが過ぎて不安になる。


――なんかここ、人がたくさんいるような気配がしない?


――やだぁ! やめてよ! 怖いじゃん!


 ベッドルームのドアを開けて、四人が入ってきた。

 懐中電灯の光が、部屋のあちこちを照らす。

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