第2話 廃ラブホテル見学

 小森こもりが俺の部屋に迎えにきたのは、もうすっかり日が落ちて真っ暗になったころだった。

 昨日と同じように、車で現地に向かう。


「現地には、今は担当者が三人、いらっしゃるんですよ」


「あ、説明で言っていた、複数人ってヤツ?」


「ええ。紹介は、お会いしてからにしましょう」


 小森はもったいぶった言いかたをし、車を走らせる。

 俺は……少しだけ飛び込んでくる車に慣れたけれど、やっぱり嫌だ。

 どうしてもまだ、体が硬直してしまう。

 まだ数回なんだから、それも仕方ないよな?


 山を降りて市街地に出ると、そのまま街なかを走り続けている。

 基地の近くを通り過ぎ、見覚えのある場所をいくつか通ると、大きな森に入っていく。

 街灯も少なくて真っ暗な中を、うねうねと曲がりくねった道を進んでいった。


「なんか……急に車通りがなくなったな」


「この辺りは民家から少し離れていますからね。この時間では、トラックが行き交うくらいかと」


「ふうん……真っ暗だもんな、こんな道……用があっても夜には通りたくないな」


高梨たかなしさんは、本当に怖がりですからねぇ」


 小森は厭味ったらしくニヤニヤと笑う。

 いや、俺だけじゃあなく、誰だってこんな道、絶対に嫌だろうと思うよ。

 真っ暗で、周りはずっと森。道路だって決して広くはないし、曲がりくねって勾配もある。


 道路沿いにはガードレールの外側に、バリケードのように金網が設置されている。

 不法投棄の看板が、いくつも掲げられていた。

 それが途切れ、しばらく進むと、今度は落書きだらけのバリケードの柵が張られていた。

 所どころにブルーシートも張られていて、それがやたらと不気味にみえる。


「ああ、ホラ、見えてきましたよ」


「……あれが?」


 バリケードが途切れると、ガードレール沿いに壁が現れた。

 ここにも落書きがたくさんされていて、白い壁が埋め尽くされるほどだ。

 ラブホテルに続く脇道に、崩れたホテルの案内板がある。


 脇道は、ここへ来るまでと同様でバリケードが張られているけれど、誰かが無理やり入ろうとしたのか、端のほうが歪んで隙間ができている。

 その脇には、冷蔵庫やマットレスなどが捨てられていた。

 これはきっと、不法投棄されたものだろう。


 車はバリケードをすり抜けて、そのまま中へと入った。

 ホテルは一棟一棟に別れ、一階がガレージのように車を停めるスペースになっていた。

 ここなら誰にも会うことなく、部屋へ入れるのか。

 小森は一番奥の棟に車を停めた。


「さ、さ、高梨さん。着きましたよ」


「見ればわかるよ……ここも不気味だな……」


 サワサワと風が揺らす木の葉の音が、余計に不気味さを際立たせている。

 なにより、灯りがないから本当に真っ暗で、これじゃあ廃村と遜色ない。


 小森は車を降りると、洒落たデザインのドアを開いた。

 目の前には、二階へ続く階段があり、右側には部屋へのドアがみえている。

 促されて先に階段を上がると、後ろで小森が大声を出した。


宮脇みやわきさん、こんばんは! 小森です!」


 ガタガタと部屋の中で音が響き、ドアからニュッと人の上半身が現れた。

 それは女のようで、真っ黒で乱れた長い髪、真っ赤な唇からは血が流れ、白いワンピースを赤く染めている。


「わああああっ!!!!」


 突然のことに俺は腰の力が抜け、階段を転げ落ちそうになった。

 後ろから小森に押さえられ、辛うじてひっくり返らずに済んだけれど。


「あらぁ! 小森さん! お疲れさま。まぁまぁ、ビックリさせちゃったのかしら? ごめんなさいねぇ」


「宮脇さん、お疲れさまです。こちら、新人の高梨さんですよ。怖がりなかたなので、お気になさらず」


 宮脇と呼ばれた女は、部屋から出てくると、小森に支えられたままの俺の手を引いて起こしてくれた。


「まあ! 幽霊なのに怖がりって……今日は見学かしら?」


「う……あ……は、はい……あ……高梨渉たかなしわたるです。よっ……よろしくお願いします」


 部屋の中へと案内され、俺たちはソファーに腰をおろした。

 ここも、外から見たときは、あちこちが崩れ落ちた廃墟だったけれど、中はキレイだ。

 明かりもちゃんとついているようにみえるのは、颯来そらのいた廃村の建物と同じだ。


「私は宮脇 恵美みやわき えみよ。どうぞよろしくね」


 手を差し出され、握手しようと俺も手を伸ばすと、宮脇の手首は今にももぎり取れそうにパックリと切れている。


「ファッ!!!!!」


 ビックリして手を引っ込めた俺に、宮脇は笑いながら反対の手を出してきた。

 反対側の手はキレイなままだ。


「アハハ、ごめんごめん、こっちの手は駄目だったんだっけ」


「てっ……手首、痛くないの? ってか……血がヤバいけど、苦しいとか……?」


「まさかぁ! この格好は、私が死んだときの格好なんだけどさ、こうしていると、視える人が来たときに、もの凄ーく驚いてくれるのよぉ!」


「宮脇さんは、東京支部の支部長さんなんです。HMD心拍計測器の数値も全国で上位を叩きだしているかたなんですよ」


 そりゃあ、こんな状態の幽霊が出たら、肝試しにきた人も大パニックを起こすだろう。

 数値も上がり放題なんじゃあないか?

 上位になるのも納得がいく。


「まあ、こんな格好でいるのも、そのためなのよね。でも今は怖いだけかぁ、アハハ」


 宮脇は笑いながらくるりと一回転すると、乱れた髪はキレイになり、血の跡も裂けた手首も元通りになり、普通の姿へ変わった。

 こんな一瞬で変われるものならば、せめて握手をする前に、そうして欲しかった。

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