組合活動見学巡りver.廃ラブホテル

第1話 部屋と服と音楽

 あれから、颯来そらはすっかり元の状態に戻り、怨霊化しかけたことは覚えていなかった。

 そうそう立て続けにお客さまがくることはないことと、広前ひろまえが詰めてくれていることで、俺と小森こもり全連ぜんれんに戻ってきた。


「さて、高梨たかなしさん。次の案件ですが……」


「えっ? もう次!?」


「予定は立て込んでいるんですよ。次は、郊外の廃ラブホテルです」


「え、ラブホ……」


「こちらは禁足地があるわけではないので、そうかしこまらず」


「ここの今の担当者は、長くやっているかただから、勉強になると思うわよ?」


 三軒さんげんはそういうけれど、立て続けじゃなくてもいいじゃないか……。

 とはいえ、全連も人数が多くないというから、俺を早く一人で現場に出られるようにしたいんだろう。


 いや、それよりも……三軒の服が昨日と違って、またすごい。

 ロリータファッションに変わりはないけれど、淡いブルーに白のフリルがこれでもか、と揺れている。

 どことなく、アリスを思わせる。


「勉強に……ね。まあ、いいんだけど。また夜に出かけるワケ?」


「ええ。ここは比較的、交通の便もいいので、動画配信者だけでなく、普通の子どもたちも多く来るんですよ」


「そうなの?」


 俺は少し驚いた。

 けれど、心霊スポットを巡る配信者の多くが、心霊スポットに行くと人と会うことが良くあると言っていたし、配信動画にも、肝試しに来ている人たちと会ったシーンが流れていたっけ。


 いつの時代も、若いときは特に、意味もなく行ったりするよな、心霊スポット。

 肝試しとかいって、俺も昔、行ったことがあるような気がする。

 確か、大勢で行ったような――。


「ここからだと、車で一時間半くらいでしょうか。夕方まで、時間があるので、出かける前に高梨さんの部屋を決めてしまいましょう」


「あ……うん」


 また、なにか思い出しかけた気がする。

 こうやって、あちこち行っているうちに、自然と思い出していくんだろうか?


「今、空いている部屋は……二階の手前二つ、五つ目、七つ目と一番奥、三階の奥三つとあります。四階は主に出張で来られるかたが使われるので、できればこの中から選んでいただけると助かります」


「えっと……それじゃあ、三階の一番奥にするよ。半分のどっちでもいいんだよな? 俺、窓側を使いたい」


「わかりました。では、今日のうちに表札を作っておきます」


 出かけるときに、声をかけてくれるというので、早速、俺は自分の部屋へと向かった。

 階段を上がっていると、二階に誰か残っているのか、かすかに音楽が聞こえてくる。


 いいな、音楽。

 なんか聞き覚えがあるけれど……。

 気づけば俺は、その歌を口ずさんでいた。


 大地を愛せよとか、大地に生きるとか……確か、学校で習った歌だ。

 それこそ、たぶん中学生くらいの頃に。


 俺は今、記憶に間違いがなければ三十二歳のはずだ。

 それなのに、十四、五年も前に習った歌を覚えているのは、何度も何度も繰り返し、授業で練習したからだと思う。

 薄っすらと、当時の校歌もよみがえってきて、俺はそれも口ずさみながら歩いた。


 意外にこれも、良く覚えている。

 校歌だって、事あるごとに歌わされていたよな、それも何年にも渡って。

 記憶力云々というより、刷り込まれているんじゃないかと思う。


 三階に上がり一番奥の部屋へ入ると、窓際のドアをすり抜けた。

 思った通り、大きな窓から外の景色が良くみえる。

 山ばかりだけれど、日に当たった緑が鮮やかだ。


 感情や行動は死んだと思えないくらいに、当たり前に感じるのに、生きていたらできなかったことが、今はできる。

 本当に、不思議な感覚だ。

 人には見えていないのも、声がちゃんと届いていないのも、昨日の夜に廃村で配信者を迎えたときにわかったけれど、こんなに普通にこの世にいるのに、と思う。


「そういえば、さっきの音楽……あれって、どうやって聴いているんだ?」


 音楽もそうだけれど、着替えもだ。

 三軒は昨日と違う服を着ていた。

 今までのような生活と同じように過ごせるということか。

 どうせなら、俺も音楽を聴きたいし、着替えもしたい。


「家にCDとデッキがあったと思うんだよな。それに着替えも」


 備え付けのベッドに横になり、物を持って来られるなら、今のうちに取りに行きたいと思った。

 俺の部屋……まださすがに、片づけられてはいないだろうけれど、もたもたしていたら、なにもかも処分されてしまいそうだ。


 処分……?

 実家に持って帰るんじゃあなく、処分……?

 なんで処分されると思ったんだろう? 実家……俺の実家は……。


「高梨さん? 起きている?」


 急に声をかけられて、ビクンと体が震えてしまった。

 足音もなにも聞こえなかった、そう考えて、幽霊なんだから足音なんてしないか、と気づく。


「起きてるよ」


 ドアを開けると三軒だ。


「表札、できたから、ドアに掛けておいてね」


「ああ、うん。ねえ、三軒さん。服、昨日と違うじゃん? それってどうやって着替えるの? 服があればいいワケ?」


「ああ……これ? 別に服がなくても平気よ? あったほうがやりやすいけれど、持っていない服だってあるでしょ? だから、服のイメージをするのね。私は良く、ファッション誌をSCCのかたに借りて、気に入ったのを見て着替えているけど?」


「イメージ? イメージで着替えられるの? じゃあ、音楽聴いたりするのは?」


「音楽かぁ……音楽はさすがに、現物がないとチョット難しいかも。聴きたいの? 音楽」


「そりゃあ、聴けたらありがたいよ。ここにいたって、することも特にないだろ?」


「そうねぇ……それじゃあ、すけさんに言っておくから、あとで自宅に寄ってくるといいわよ」


「そうしてくれると助かるな」


「わかったわ。それじゃあ、また後でね」


 まだあるといいな、俺の荷物。

 またベッドに横になり、窓の外を眺めながら俺はいつの間にか、眠りについていた。

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