第8話 お客さまが帰ったあと

 颯来そらを家に運び入れたときは、また部屋の中はキレイな状態になっていた。

 配信者お客さまはあのあとカメラを取りに来たようだ。

 高そうだから、置いて帰ることはない、か……。


 ダイニングの隣の部屋にはベッドがあり、小森こもりは颯来を、そこへ寝かせると、キッチンに向かってお茶を入れてくれた。

 勧められて椅子に腰をおろし、二人でお茶を飲んだ。

 生きていないのに、喉が渇いた気がしていたから、お茶を飲めるのがありがたい。


高梨たかなしさん、急にこんなことになってしまい、申し訳ありません」


「いや、そんなことは別にいいんだけど……無事にお客さんも帰ってくれたし……」


「そうですね。あの脇道に気づくかたは、ほとんどいらっしゃらないんですが、見つけてしまうとは思いもしませんでした」


「そうなんだ? まあ、あれだけ草ボーボーだと、普通は行こうとも思わないよな?」


「そうなんですよねぇ……ですが、ああいった人たちは、妙に勘が鋭いというか……」


 だからこそ、呼ばれるのかなんなのか、禁足地に近づくことがあるのだと、小森はいう。

 確かに、あんなふうにあっさりと近づかれたら、止めないといけないだろうと思った。


「今日は高梨さんをお連れして、本当に良かったです。止めようとしてくださって、ありがとうございます」


「いやいやいや、俺なんか、大したことをしてないし……結局、止めたのも颯来さんだったワケだしね」


 小森が突然、頭をさげるものだから、俺は慌てて手を振って否定した。


「それより、颯来さんは一体、どうしたっていうんだよ? すげぇ怖かったんだけど」


「あれは……全連ぜんれんの説明をしたときに、三軒さんげんが少し触れたと思いますが、怨霊化するところだったんです」


「怨霊化……でも、確かあれは恨みが強い人が、って……」


「ええ。颯来さんはもう、恨みの感情はほとんど残していないんですが――」


 感情が昂ぶることが続いて、それが蓄積されていくと、どこかのタイミングでそれが爆発してしまうそうだ。

 まだ霊体となって数年だから、比較的、短期にやってくるらしい。

 前回も広前ひろまえが対応し、ずっと気にかけてくれていて、今回もそろそろ危ういんじゃあないかと、自ら進んで颯来の側にいてくれたという。


「広前さんが鎮めてくださったので、数年は落ち着かれるでしょう」


「そっか。それなら良かった」


 怨霊化、か。

 だからあんなに怖くみえたんだな。

 俺はどうなんだろう? もしも交通事故だった場合、運転手を恨みに思うんだろうか?

 今のところ、そんな感情とは縁がないけれど、思い出したら誰かを恨んだりするんだろうか?


「なんか俺、ちょっと自分のことを思い出すの、怖くなったかも」


 小森は颯来に目を向けたままお茶を飲み「高梨さんは大丈夫ですよ」といった。

 なにを根拠に、そんなことが言えるのか。


「私たち全連や、SCCの方々が、ついていますから」


 なるほど。

 SCCがいると、そういう心強さも感じられるのか。


「全連はともかく、SCCは確かに心強いな」


「なにを言っているんですか。わたくしたちも、頼れる存在であると、自負しておりますよ」


 そうかもしれないけれど、どこかズレている気がする。

 とはいえ、誰もいないまま、一人であの部屋にいるよりはマシだと思う。


「当分は高梨さんには、わたくしや三軒が一緒に現場を案内して、怖がらせ方を学んでいただきます」


「え? まだほかにも行くの?」


「もちろんですよ。今日、この現場を見ただけで、すべてわかるはずがないんですから。場所によるTPOもありますからね!」


「TPO……」


 全連……所々でやけに今風いまふうというか、人間臭さが出ているというか……。

 元々が人間なんだから、当たり前なんだろうけれど。


「ええ。今回は、廃村で担当は一人でしたが、巨大廃墟で担当が複数人いる場合や、戸建てでの場合など、少しずつ違いますからね」


「あ~、さっきも似たようなこと、言ってたよな」


「いずれは一人で担当をしていただくことになりますが、最低でも一年は、複数人の場所を担当していただきますので、複数人の場合のやり方を、なるべく早く覚えてください」


「わかったよ。やる以上は、俺も本気でやるからさ」


「そうしていただけると、非常に助かります。いささか、不安もありますが」


 小森の笑顔が意地悪な顔に見える。

 どうせ、怖がりのくせに、とか思っているんだろう。

 動画や本で見ることと、自分が経験することは違うじゃないか。


「さて……それではそろそろ、わたくしたちも少し休みましょう。高梨さんも、広前さんに言われましたよね?」


「ああ、うん。しっかり休めっていわれたわ」


 小森に案内され、俺は二階の寝室に通された。

 このとき、初めて『浮く』『沈む』ことも教わった。

 これが使えると、上下移動が楽になり、建物内での動きにも幅が出るらしい。


 二階には、かつて子ども部屋だったのか、二段ベッドが置かれていた。

 俺は上の段に、小森は下の段で、朝までぐっすり眠った。


 幽霊でも眠れるんだと少し疑問には思ったけれど、こうなっている以上は、なるようにしかならないんだから、考えても仕方ないことだろう。

 これからほかの霊たちとも会っていくのか。

 少し緊張もあるけれど、どんな霊たちがいるのか、楽しみでもある。

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