第7話 スピリットボックスも初体験

――ここ、ホントにヤバいな……一応ね、人が通ったらしい道の跡はあるんだよね。でも草が……ホントに凄いの。この先、マジで行けるのかな?――


 配信者は少し戸惑った様子を見せ、立ち止まった。

 チャンスだ――。

 俺はここぞとばかりに足音を立てて、早足で配信者に迫りながら「この先はなにもないから帰れよ」とつぶやいた。


――ヤバい! ヤバい! なにか近づいてくる! オオ~って、男のうめき声みたいなのも聞こえる!――


 うめき声?

 俺の声は、配信者に届いていないのか。


――ここ、絶対になにかいるよね? もしかすると……ちょっとね、スピリットボックス、使ってみようか――


 ゴソゴソと上着のポケットを探った配信者は、トランシーバーのような機械を取り出し、スイッチを入れた。

 ガチャガチャと、トリフィールドとは違う音がしてうるさい。


――こんばんは。誰かいますか? ここに、男の人と女の人がいますよね?――


 配信者は、キョロキョロと周りを見渡して、俺たちに話しかけてくる。


――良かったら、少しお話しませんか?――


 さて。

 どうしたものか。

 ここで俺が、さっきみたいに普通に話すと、スピリットボックスはどんな反応をするんだろう?


――さっきから聞こえる会話は、あなたたちですか?――


「そうだけど」


 俺がそう答えた瞬間、スピリットボックスから微かに『そう……』と聞こえた。

 なんだ? こんなに聞こえが悪いものなのか。

 俺の声の、一部分しか拾っていないじゃないか。


――今、そう、って言ったよね? 聞こえた?――


 カメラに向かって、必死の形相で話している。

 ここで足止めはできているけれど、引き返す様子はない。

 どうしよう……?


――オレになにか、できることはありますか?――


 配信者は唐突に、そう聞いてきた。

 できることなんてないだろう? 帰っては欲しいけれど。

 あ、そうか。

 帰れと言えば――。


『し……ね……』


 スピリットボックスから、俺のときとは違って、ハッキリと聞こえてきた。


「えっ……?」


――えっ……?――


 物騒な言葉が聞こえ、俺は口を開いたまま、固まってしまった。

 配信者も、スピリットボックスをジッと見つめたまま、動きもしなければ喋りもしない。

 数分、そのままでいた配信者は、ハッと我に返ったように、もう一度、話を始めた。


――すみません、もう一回、いいですか? よく聞こえなくて……――


『死ねぇ!』


 スピリットボックスから、ハッキリと声が聞こえ、俺も配信者も、ヒッと息を飲んだ。


――今……死ね、って聞こえたよね?――


 配信者はずっとスピリットボックスを見つめている。

 死ね、なんて誰が……?

 俺は背筋にヒヤリとしたものを感じ、ブルッと体が震えた。


 異様な雰囲気に視線を正面に向けると、配信者の後ろで、小森こもりに羽交い絞めにされた颯来そらが、恐ろしい風貌で「死ね」とつぶやいている。


「コロス……コロス……コロス……」


――え……?――


『コロス……コロス……コロス……』


――殺す、って聞こえる……――


 うつむいた颯来の眼だけが配信者を睨み、小声でずっと「コロス」といっている。

 配信者も恐ろしい空気を感じ取ったのか、スピリットボックスのスイッチを切ると、無造作にポケットに突っ込み、カバンを背負いなおした。


――ヤバい。これはマズい雰囲気だ……ちょっと、定点のカメラも引き揚げて、急いで撤収します!――


 ガサガサと音を立てながら、小走りで廃村の入り口に向かっていく配信者は、どうやらやっと帰る気になったようだ。

 ホッとしたのもつかの間、颯来の様子はどんどんおかしくなってくる。


「颯来さん! お客さまはもう帰りました! もう大丈夫です、落ち着いてください!」


 小森が必死に話しかけても、颯来はつぶやきを止めない。


「颯来さん! どうしたの? 大丈夫――」


「――行くな高梨たかなし! ちょっとどいていろ!」


「ひゃいっ!」


 背後から大声で怒鳴られ、俺は驚いて頭を抱え、地面にしゃがみ込んでしまった。

 ザッと足音が俺の隣で止まり、恐る恐る見上げると、立っているのは広前ひろまえだ。


「古の叡智より、清浄なる波動を発し、怨念を浄化せしめよ。神聖なる光に導かれ、安らかなる魂となれ」


 広前は手にしたおふだを颯来に向かって投げ、お札は吸い寄せられるように、颯来の胸もとに貼りついた。

 苦しそうなうめき声を漏らし、颯来はそのまま気を失ってガックリとうなだれた。


「広前さん、助かりました。ありがとうございます」


「うん。やっぱり私が詰めていて正解だったな」


「さすがの見立てです。間に合ってホッとしました」


「これで、数年は大丈夫だろう。早く戻って、ゆっくり休ませてやれ」


 広前が、座り込んだ俺に視線を落とした。

 奇妙な形の双眼鏡らしきものが着いた、ヘルメットをかぶっている。


「え……? なにがどうなってるのか、意味がわからないんだけど……ってか、広前さんのそれはなんなの?」


「ああ、これは暗視スコープだよ。明かりを点けて歩いたら目立つだろう? かといって、コレなしじゃあ、暗すぎて私らには、なにも見えないからな」


 暗視スコープ……兵隊か!?

 けど、確かにライトで照らしながら歩いたら、配信者が気づいて戻ってくるかもしれない。

 この暗闇じゃあ、そんな道具を使わなければ、危なくて歩けやしないだろう。


「高梨ぃ……それよりなんだ? おまえは。『ひゃいっ』ってなんだよ? 男のくせに、情けない……」


「広前さんが急に後ろから怒鳴りつけるからっ! 俺だってこれでも一応、頑張ったんですからね!」


「ホントかよ? まあ、いい。おまえも今日は、小森と一緒に颯来についていてやれ。それと、おまえもしっかり休んでおけよ?」


「……わかりましたよ」


 広前はもう用はないというように、禁足地手前の小屋へと戻っていき、俺は小森さんと一緒に廃村の一番奥の家へと戻った。

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