第6話 トリフィールド初体験

――なんかね、さっきから足音もそうなんだけど……人の気配? 結構するんですよ……ハッ! 誰かいる!?――


 配信者は、突然、後ろを振り返ってライトを照らしてみたりしている。

 颯来そらが「フフッ」と笑った声が届く。


――……えっ? なに? えぇ……? 今、女性の笑い声が聞こえた気がする!――


 ハアハアと配信者の息が荒くなりはじめ、大きなため息をついているのも聞こえてきた。

 俺はダイニングにいるけれど、小森こもりと颯来は、キッチンの辺りにいる。


――ここは……ダイニングかな? あ~……天井が抜けているところがありますね。やっぱり二階は無理そう――


 配信者がミシミシと足音を立ててダイニングへ入ってきた。

 俺もまた、足音を立ててみた。


――うわっ! また! また足音が聞こえたよね! 誰かいますか?――


 いるよ。俺たちがね。

 笑いそうになるのを堪えながら、俺はHMDに視線を落とした。

 今、配信者はどのくらいビビっているんだろう?


――なんかね、人の気配がホントに強いの。ちょっとね、トリフィールドをつけてみようと思う。霊がいればね、数値が上がるから……――


 ギュイイィィィィィィィィィィィィイン!!!!!!!


「うわあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」


――うわあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!――


 急に背後でけたたましい電子音が鳴り、俺は驚いて叫び声をあげてしまった。

 俺の声に驚いたのか、電子音に驚いたのか、ほぼ同時に配信者も叫んでいる。

 小森と颯来が慌てて飛んできて、俺の口をふさぐと、キッチンへ移動した。


高梨たかなしさん、アナタ、なにをやっているんですか」


「だって急にデカい音がするからっ! なんだったんだよ、今の!」


 俺たちがやり取りしているあいだにも、配信者はカメラに向かって一生懸命喋り続けている。


――ヤバいヤバい! 今の見た? トリフィールド凄い数値出てたんだけど! 五千超えてたよ? それに、男性の叫び声も聞こえてきたんだよ! ビックリした~……みんな聞こえた?――


 俺の叫び声も、聞こえていたようだ……。

 というか、俺の声が配信者をビビらせたのか?


「トリフィールドよ? 動画でもみたことがあるでしょ?」


「あるけど……あまりにも急に鳴るから……すげーデカい音だったし……」


「高梨くんの近くで起動したもんね。ビックリするのもわかるけどさ~」


 颯来は声を押し殺して笑い出した。


「さっきの驚いた顔! フフッ……ごめん、思い出すと笑っちゃって……アハハ」


「まったく……高梨さんは本当に怖がりですねぇ……」


 颯来には笑われ、小森には呆れられ、さっきまでのやる気も一気に萎えた。

 こんなの、俺には向いていないに違いない。


――なんかね、ほかの家では音もしなかったし、人の気配もなかったんだよね。でも、ここは凄く気配がするから、定点を置いて、オレはちょっとほかの場所も見てこようと思う――


 配信者はカメラを三脚にセットすると、ダイニングからキッチンのほうに向けて録画を始めた。


――これで撮れてるかな? よし。大丈夫だね。それじゃあ、これからGoProを持って、周辺を見てみようと思います。行ってきます――


 配信者は、失礼しました、といって外へ出ていってしまった。


「ヤダ……お客さま、外に行っちゃった……追いかけなきゃ!」


「颯来さん! ちょっと待ってください!」


 小森が止める声も聞かず、颯来は配信者を追って、壁を抜けて外へ走っていった。


「高梨さん、急いで追いましょう」


「あ……うん、あのお客さん、禁足地に行ったらマズいもんな」


「それだけじゃあないんですよ……」


 ずっと飄々ひょうひょうとしていた小森が、やけに真面目な顔でそう答えるから、俺は妙に不安を感じた。

 二人で颯来を追って走り出す。

 配信者と颯来は、まだ近くに見えるけれど、どんどん廃村の入り口のほうへと向かっていく。


――さっきね、この廃村に入ってくるとき、脇道があったようにみえたんだよね。もしかすると、そっちにも家があるかも知れない……だからちょっと、見に行こうと思う――


 ハンドスティックで自撮りをしながら、配信者は早足で進んでいた。


「もぅ……ヤダ……そっちは行かないで欲しいのに!」


 颯来は走って配信者を追い越し、前方の林で小枝を踏み鳴らしている。

 配信者は、音に驚いてカメラを向けるけれど、なにも見えないからか、足を止めない。


――さっきからね、ホントに音が鳴るの。足音みたいな。けどね、山の中だし、ワンチャン動物の可能性もあるよね?――


 配信者は多分、凄く怖いんだろう。

 動物と思うことで、平静を保とうとしているのか?


――あったあった、ホラ、ここ脇道。あー、草が凄いね。長いこと、人が通っていないのかな?――


「やめて! そっちに行かないでよ!」


 颯来は配信者の腕を取るつもりか、駆け寄っていく。

 パキパキと小枝が踏み折れる音に、配信者が驚いて大声を上げながら後ずさった。

 颯来が伸ばした手は、配信者が後ずさったことで触れることができずに空振りした。


「颯来さん! 落ち着いて!」


 小森がその手を掴み取り、颯来の背中を軽く叩きながら、落ち着かせようとしている。

 このまま配信者が進んでいくと、禁足地までたどり着いてしまうかもしれない。

 とはいえ、そんなにまでして阻止しないといけないのか?


 優しくて明るくみえた颯来は、髪を振り乱して目がすわり、ゼーゼーと息を乱して鬼女か悪霊のようだ。

 そうしているうちにも、配信者は歩みを止めることなく先へ進んでいく。

 どうにか止めないと、と、俺は配信者の前に出た。

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