第5話 ハートレートメジャリングデバイスの使いかた

 颯来そらのいた建物の中に入ると、さっきまでのキレイな室内じゃあなくなっていた。


「あれ? 廃墟のままにしておくんだ?」


「うん。このほうが、お客さまの動きがわかりやすいし、私たちも音を立てやすいから」


「なるほど……そんなことまで考えているなんて、颯来さん凄いね」


「みんな、それぞれやりかたがあるから、私のやりかたが凄いワケじゃあないんだけどね」


 そう言って肩をすくめて笑うけれど、俺からしたら、凄いことだと思う。

 怖がらせると聞いたときは、俺は単純に、配信者お客さまに触れたり、耳もとで話しかけたり、姿を見せてみたりと、配信者の後ろをついて回って、そんなことをすればいいだろう、と考えていたから。


「今、少しだけ見ていただいたのでわかるかと思うのですが、基本的な手順としましては、最初に気配を感じたら、HMD心拍計測器で男か女かを確認することです」


 さっき、広前のところから戻ったときに、颯来もHMDを振りかざしていたっけ。

 あのとき確かに男のマークが光っていた。


「ちなみに、マークが点灯しているときは一人、点滅しているときは複数になりますが、人数まではわかりません」


「ふうん。でも、点滅したら二人以上、ってことか。両方が光ったら、男も女もいるってことになるんだよな?」


「そうですね。今日は颯来さんは、お客さまがみえてから近くに行きましたけど――」


「後ろからついていって、足音立てたりしてたよな?」


「ええ。ですが、こちらが複数人いた場合ですと、後ろから音を立てる人、前を歩いて声を出す人などと、分業しています」


 それは配信者のほうからみたら、怖いことだろう。

 以前、見ていた動画でも、そんなふうに周り中から音がしているのがあったっけ。


「相手が複数で、こちらも複数のときはいいんですが、こちらが一人だったときは、ちょっと忙しくなります」


「一人で何人も相手にしなきゃいけないから?」


「その通りです。ですから、そんなときにはあらかじめターゲットを絞ったほうがいい場合もあります」


 複数人の場合、手分けをしてあちこちを回っているから、みんなを怖がらせるのは大変だという。

 それもそうだろう。

 小さな建物内であれば、こちらの移動も難しくはないけれど、こういった廃村や、大きな建物だと、バラバラに動かれたら、全員を追いかけるだけで大変だ。


「本当は、ここも颯来さんだけでなく、あと二名ほど待機していただきたいんですが、今はそれが難しいんです」


全連ぜんれんって、そんなに組合員の数が少ないのか?」


「一応、全国対応なので、少ないとは言い難いですが、以前に比べると減っていますね」


「なんで?」


「そうですねぇ……まあ、ポイントが貯まったかたが多くなって、みなさん、成仏されてしまったんですよ」


 ポイント――。

 三軒さんげんが言っていた、報酬のことか。

 ポイントが貯まると、いろいろなものと交換できると言っていたっけ。

 その一つが、成仏への道なのか。


「三軒さんはポイント貯めるの、かなり大変って言っていたよな?」


「ええ。ですが、うちの会員のかたがたは、もう長くやっているかたが多いので」


 やっぱりみんな、ポイントが貯まると上がっていくことが多いそうだ。

 長くこんなふうに残っていると、未練も薄れていくものなんだろうか?

 俺は特に、未練はないと思うけれど、なんで残っているんだろう……?


 なんらかの理由があるはずで、それは死んだことと関わりがある気がする。

 全連で、こうして廃村で配信者たちを怖がらせているうちに、なにか思い出すだろうか?


 時折、なにかを思いだしそうな気がするけれど、手繰り寄せる前に消えてしまう。

 それから、広前ひろまえだ。

 会ったことはないはずだし、広前も会っていないはずだと言っていた。


小森こもりさん、高梨たかなしくん、そろそろお客さまがみえますよ!」


 外からだんだんと、配信者の声が近づいてくる。

 ここのほかにも、入れそうな建物はあった。

 一つずつ、回っているから、来るのが遅いんだろう。


「お客さまが来たら、高梨くんも足音、立ててみてね」


「うん、わかった」


「初めてですからね、無理のない程度で構いませんから。余裕があれば、颯来さんの動きを見てください」


「了解」


 ガチャリと音が聞こえて、配信者がこの家に入ってきた。


――こんばんは。失礼します――


 動画でも、こうして建物に入るとき、配信者たちのほとんどは、丁寧な挨拶をして入っていたっけ。

 持ち主に許可を得ていたとしても、他人の家や建物に入るんだから、そういうのも当然という感覚なんだろうか?


――うわぁ~、ここも荒れていますねぇ~……床は……大丈夫そう。階段は……ちょっと危なそうですね。二階には行かれないかなぁ――


 建物の中を説明しながら、ゆっくりと中へ入ってくる。

 俺は颯来に言われた通り、床に散らばるガラスを踏んだ。

 パリパリッと小さな音が鳴った。


――はっ! 今、音したよね? ガラスを踏む音!――


 配信者の声が聞こえてくるのをよそに、小森が声を出さずに、胸もとを指さして見せてくる。

 なんだろう? と思いながら、自分の胸もとをみると、HMDのハートマークの横に、数値が出ていた。

 百十と出ている。


 ちょっとは怖いと思わせたか?

 なんだかやる気が出てきた。

 配信者は、また家の中の様子を話し始めた。

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