第4話 お客さん……?

 廃村の入り口近くまで戻ってきたとき、坂の下にライトの明かりがチラチラと見えた。

 誰かがきている。

 小森こもりたちのいう『』だろう。


「ああ、もうあんなところまで上がってきていますねぇ……高梨たかなしさん、少し急いでください」


 小森がさらに足を速めたのを、俺も急いで追いかける。

 颯来そらのいる廃屋へ続く坂を、颯来が走って下りてきていた。


「小森さ~ん! 高梨く~ん!」


「颯来さん、HMDを掲げていますね。高梨さん、わかりますか?」


「HMD? って、ハートレートメジャリングデバイス心拍計測器?」


「ええ。ホラ、颯来さんのを見てください。男のマークが光っているでしょう?」


「あ、ホントだ」


 颯来が右手に握ったHMDには男性を示すマークが点灯していた。


「小森さん! がみえましたよ!」


「ええ、今、そこで明かりを見ましたよ。どうやら、男性のようですね」


「それじゃあ、ちょっと回り込んで後ろへ付きましょう!」


 颯来は道の脇にある雑木林に駆け入り、そのままどんどん廃村の入り口へ向かっていく。

 うねった道をショートカットしていくつもりのようだ。


「高梨さんも早く!」


 颯来のあとを追いかけていく小森が、俺を呼んでいる。

 仕方なく、それを追いかけた。


 颯来は草はもちろん、木もすり抜けて、どんどん先へと走っていく。

 俺は、といえば、視覚的な恐怖を感じて、つい木を避けてしまう。

 徐々に二人から引き離されていく。


 暗い中でも周囲が見えるとは言え、こんなところで一人になるのは御免だ。

 思いきって、俺も木を突っ切ってみることにした。

 目の前に迫る木の幹に、反射的に目を閉じたけれど、ぶつかった感触はない。


「やった……! 俺も颯来さんみたいにできる!」


 そこからは全速力で走った。

 途中、視界の端にチラリと明かりが過った気がした。


「高梨さん! こっちですよ、こっち!」


 坂を下りる勢いのまま走っていた俺に、颯来が呼び掛けてきた。

 慌てて足を止めると、勢いでひっくり返ってしまった。


「また、高梨さんは……もう少し、しっかりしてくださいよ……」


 ほうっとため息を漏らして、小森が冷たい視線を俺に浴びせる。


「しょうがないだろ! こんなところを走るの、初めてなんだぞ!」


「しーっ! しーっ! 静かに!!!」


 俺が小森に反論した声は、ちょっと大きかったようで、颯来に小声でたしなめられた。

 さっき、チラリと過った明かりがこちらに向き、なにかを探すようにして左右に流れた。


――なんか……今、話し声がしなかった? 男の声で――


 明かりのほうから声がして、ない心臓がまたまた脈打つ気がする。

 颯来が小声で教えてくれたのは、今、来ているのが、比較的、有名ならしい。

 離れているせいで、顔はわからないけれど、有名なら、俺もみたことがあるかもしれない。


「本日の『お客さま動画配信者』ですよ」


「あ~、客って、そういう意味なのかぁ」


「そうなんだよ。だってね、をしなきゃいけないわけだから」


 フフッと颯来は笑い、歩きだした配信者の後ろを、ついていった。

 俺と小森も、颯来について歩く。

 ガサリと草を踏みしめる足音が木々の間に響き、俺はまた、飛び上がりそうなほど驚いた。


「だっ……誰の足音だよ?」


「颯来さんの足音に決まっているじゃあないですが」


「足音なんて出せるんだ?」


「うん。あのね、ちゃんと地に足をつけるイメージで歩くといいのよ」


 颯来に言われ、俺は一歩一歩を、踵から踏みしめるようなイメージで歩いてみた。


――ザッ、ザッ、ザッ――


「おお~、足音出た~」


 また明かりに照らされる。

 お客さん動画配信者は、神経質なのか?

 いや、単に怖いんだろうな。

 見る限り、一人のようだし……俺だって、こんなところに一人でなんて、怖い。


――さっきからね、なんかずっと、足音と話し声が聞こえる気がするんですよ……――


 お客さん動画配信者は、そう言いながら坂を上っていく。

 上りながら、これから向かう廃村のことを話しているのが聞こえた。


 この廃村は、昭和五十一年に廃村になり、当時は全部で三十軒ほどの家があり、百人程度が暮らしていたそうだ。

 若い人たちがどんどん都会に出て行って、老人ばかりになり、不便さもあって山をおりたといっている。

 それが正しいかどうか、俺にはわからないけれど、車も入れないような村では、買い物も楽じゃあなかったと思うと、移っていくのもわかる気がした。


――それでですね、まあ、廃村になってからは、肝試しで訪れてくる人が多かったようなんですけど、その肝試しに来た人たち、廃屋の中から音がしたり、男女の声が聞こえる、といった経験をされたかたがたくさんいて――


 お客さんは、突然、足を止めて振り返り、またこちらをライトで照らした。

 今のところは音も出していないし、話もしていないけれど、なにか気配でも感じ取ったんだろうか?


――なんか、ついてきているような気がするんだよね。まあ、いいか。それでね、ここで本当に声が聞こえるのか、これから調査に入りたいと思います。あ~、建物が見えてきたね――


 お客さんは、道の脇の石垣にライトを向け、崩れた家を見て、いろいろなことを話している。

 颯来と小森と一緒に、お客さんに少し近づいた。

 手にしたカメラは小さくて、ハンドグリップがついている。


「あのカメラ、動画で良くみたな……」


「高梨くん、動画、良く見たんだ?」


「うん。こういう怖い系、結構好きだったんだよ」


「その割に、怖がりのようですが?」


 小森の突っ込みが入る。


「ただ見ているのと、自分で経験するのじゃあ、大きく違うだろ!」


 さすがに今度は、俺も声を潜めて怒った。

 颯来がクスクス笑う。


「これから、お客さん動画配信者にいろいろとをするから、高梨くんも手伝ってよね?」


「う……俺にできることなら……」


 建物を一軒一軒、確認しながらカメラを回し続けるお客さんを追い越して、俺たちは先に一番奥の家へと戻った。

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