第3話 SCCの女傑

 建物の中は、ワンルームのような部屋に机と椅子、書棚があり、部屋の隅には折り畳み式のパイプベッドが置かれている。

 椅子に腰をおろし、机に置かれたパソコンに向かっているのは、やっぱり女性だった。

 しかも、美人だ。


広前ひろまえさん、お久しぶりですね」


「どうしたー? 小森こもり。こんなところまで」


「今日は新人さんを見学に。うちの前田まえだから、広前さんがみえていると聞いて、ご挨拶に伺ったんですよ」


「へぇ、新人が入ったのか」


 広前はパソコンを打つ手を止めて、俺のほうを向いた。


「どうも。スピリチュアル・カウンセリング・センターの所長をやっている、広前アカネだ」


 やけに堂々としているのは、所長だからなのか?

 ぶっきらぼうで男のような口調だ。


「俺は高梨渉たかなしわたるです。よろしくお願いします」


 なにをよろしくするのかわからないが、とりあえず、こう言っておけば間違いはないはず。

 広前は最初の挨拶のときからずっと、俺をみている。


 なんなんだ? 知り合いではない……はずだよな?

 とはいえ、俺は生きていたころのことを、あまりよく覚えていないけれど。


「高梨と言ったな? 割と最近、そうなったのか?」


「いや……俺、今朝、気づいたらこうなっていて……」


「今朝だって? それでもう、こんなところまで来たのか?」


「なんとなく、流れで……」


 広前は大げさにため息をついてみせた。

 なにか問題があったんだろうか?


「小森ぃ~。おまえ、いい加減にしろよ? 慌ただしいにもほどがあるだろうが! 記憶に難がある状態のヤツを、こんなところに……しかも今日は来客があるんだろうが!」


 小森に向かって怒鳴ったあと、広前はこぶしでドンと机を叩いた。

 パッと見は、絶対に手術を失敗しない女優さんのようにキレイなのに、怒りかたはイカツイ。


 正直、俺はチョットだけビビった。

 女傑とは、こういう人のことを言うんじゃあないか?


「そんなに心配しなくても、大丈夫ですよ。それより、広前さんがわざわざみえているということは、やっぱり――」


「――ああ。そろそろ少し、危ういだろうと思ったんだよ」


「いつも、本当にありがとうございます」


「そう思うんならなぁ、こんなに早く新人のこいつらを現場に出すんじゃあないよ!」


 広前がガンガン怒っていても、小森の様子はどこ吹く風だ。

 どうやら、さっきの颯来そらも、加入からそんなに経っていない様子に感じる。

 全連ぜんれんに加入して、どのくらい経っているかはわからないが、一人で現場を任されているのなら、頼れる人なんだろうけれど。


「さ、それじゃあ、あまり広前さんのお仕事を邪魔してもいけないので……高梨さん、わたくしたちは、そろそろ行きましょうか」


 小森はそそくさと玄関に向かい、俺もそのあとに続いた。


「ああ! ちょっと待て! おまえ……高梨!」


 広前に呼ばれて振り返る。


「高梨。おまえ、私とどこかで会ったことはないか?」


「え……? いやぁ……多分、会ったことはないと……?」


「そっか。うん、まあ、そうだよな。多分、会っていないはずだな……」


 広前は独り言のようにブツブツとそう言いながら、パソコンのほうを向いてしまった。

 俺は一応、頭だけ下げてから、小森を追いかけた。


 外へ出ると、小森は急ぎ足でこの場を離れていく。

 俺は小走りで追いかけ、小森に聞いた。


「小森さん、あの広前って人、どんな人なんだ?」


「広前さんは、かなり強い霊能力の持ち主なんですよ。SCCの四代目所長なんです」


「四代目? SCCって、そんなに息の長い組織なんだ?」


「ええ。ですが創立時は、特に名のある団体はなかったんです」


 広前の曽祖父の代で、初めて組織を立ち上げたそうだ。

 それまでは、個々の霊能者にいちいち交渉にいっていたと、小森はいった。


「ですから、面倒なことが多かったんです。頼んだサポートの日に、霊能者のかたが現れなかったり……報酬面でも揉めたことが多々あります」


 それが、広前の曽祖父のおかげで、交渉を一手に引き受けてもらい、報酬の支払い方法なども細かく決めることができるようになったという。

 祖父の代で、初めてスピリチュアル・カウンセリング・センターと名乗るようになり、現在の広前アカネになるまで、ずっと提携が続いている。


「おかげで、きちんと契約を交わして、助力していただけることになったので、ありがたい存在ですよ」


「ふうん……報酬って、霊能者が相手だと、やっぱり現金になるんだろ?」


「はい。ですから、余計に手間も行き違いもありまして……」


「全連に現金なんてあるんだ? 使い道がないとか言ってなかったか?」


、使い道はありませんが、提携先への支払いには使いますので、それなりに現金もあるんですよ。その辺りも、SCCに頼っていますが」


「なるほどね。けどさ、あの広前って人、ちょっと怖そうな人だよな」


「まぁ、すべてにおいて、お強いかたですから」


 そう言って小森は笑った。


「さあ、無駄話はほどほどにして、少し急いで戻りましょう。まだ早いとは思いますが、道中でお客さまに遭遇したら大変ですから」


「それ! それなんだけど、お客さんがくるっていうなら、俺たち邪魔になるんじゃないか? もう帰ったほうがいいんじゃないの?」


「なにを言っているんですか。これからが、本番ですよ!」


 小森はまた、鼻息を荒くして、颯来の待つ廃屋へとセカセカ急ぎ足で歩いた。

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