組合活動

第1話 見学は廃村へ

「さて……全連ぜんれんのことは、だいたいわかっていただけましたか?」


「え? うん、まぁ……だけど……」


「では、早速ですが、これから現場の見学に行きましょう!」


 小森こもりはまだノリノリな雰囲気のままで、現場の見学に行くための準備を始めた。

 俺はといえば、小森の熱気に当てられて、状況が今一つ、掴めないままだ。


「見学って? 現場って、どこに行くんだよ?」


「どこ、って、それはもちろん、廃村ですよ?」


 廃村――!!!


 絶句した俺の首に、三軒さんげんが登録証とハートレートメジャリングデバイス心拍計測器を引っ掛け、背中を押した。


「まぁ、最初だから。頑張って来てね」


「え? 待って! いきなり現場!? ウソでしょ? ねえ! ちょっと三軒さん!」


 部屋を追われて廊下へ出ると、小森はもう玄関の辺りで待って手招きをしている。

 ガックリ肩を落とし、俺は小森が玄関を出ていくのを追いかけた。

 ため息をつきながら嫌な予感を振り払おうとするけれど、どうにも気が落ちたままだ。


高梨たかなしさん、なにをモタモタしているんです? 早くしてください!」


 車の向こうから、両手で手招きをする小森の姿を見て、俺は思わず叫んだ。


「だよな! やっぱりな! だと思ったよ! 絶対そうだろうなってな!」


 どこの廃村に行くつもりか知らないけれど、移動は絶対に、車だろうな、と思ったんだよ。

 また、あの経験を繰り返すのかと思うと、気が萎えすぎて倒れそうになる。


「もう慣れたでしょう? 突っ込まれても死なないと思えば、怖くなんてありませんよ」


「そういう問題じゃないんだっていってんだろ!」


 ゴネてみせたところで、乗らなければ移動できないのだから仕方ない。

 渋々、助手席のシートにおさまった。


「これから行くのは、ここから二時間程度の場所になります」


「結構、遠いんじゃない? それにさ、廃村っていったら、やっぱ山ん中だろ? 今からじゃあ暗くなるんじゃないの?」


「そりゃあ……暗くならなければ……まあ、明るくても来る人はいますが……」


 俺が見ていた動画は、ほぼ深夜に撮られた動画だった。

 心霊スポットを巡るのには、やっぱり昼よりは夜か。


「けどさぁ、夜なんて危なくないの? 真っ暗だろ? なにも見えないんじゃない?」


「そんなことはありませんよ。わたくしたちの目は、生身のときと違いますから」


「暗闇でも見えるってこと?」


「ええ。まあ、実際にそのときになれば、わかりますよ」


 車は相変わらず、一般道を高速道路のように走り続ける。

 俺は必死に叫ぶのを堪えるけれど、足は反射的にブレーキを踏むように突っ張ってしまう。

 小森はそれをわかっているのか、わざとスピードを上げた。


 車は一度、街に入り、組合本部がある山とは違う山へと入っていく。

 峠道もお構いなしで、急なカーブでは崖に落ちるかと思うほどの運転だ。

 ひょっとすると、小森は運転がへたくそなんじゃないかと思うくらい、別な意味で恐怖を感じる。


 両脇を山に囲まれて、古びた橋が架かったその脇に、車一台がやっと通るような道があった。

 その道を進み、山を登っていく。

 まだ空は夕焼けで明るいけれど、山陰になっているからなのか、周辺はやけに薄暗い気がした。

 しばらく行くと、山の展望台のような拓けた場所にでて、小森はそこへ車を停めた。


「では、ここからは徒歩になります。少しばかり傾斜がありますが、わたくしたちは――」


「疲れないのね? 死んでるから。はいはい、もうわかったよ!」


「草木の茂ったところもありますが、高梨さんはドアのすり抜けも難なくできたので、その要領で」


 その要領といわれても、意識してすり抜けたワケじゃあないから、どんな要領だかわからない。

 まあ、普通に歩いていればいいんだろう。


 橋の脇に細いコンクリートの坂道が続いている。

 そこを小森を先頭に、せっせと上った。


「こんな細い道じゃあ、車、通れないよな? 廃村に住んでいた人たちには、不便だったんじゃあないの?」


「そうですねぇ……まあ、なければないで、みんな普通に暮らしますよ」


 そういうものだろうか?

 子どものころから、なにもかもが揃っているようなところで暮らしていたけれど、それでも車はあって当然のような感覚だった。

 買い物のまとめ買いなんかにも、付き合わされた気がする……。


 誰に?

 誰と……?


「高梨さん、こっちですよ!」


 前を行く小森に呼ばれ、ぼーっとしていたと気づく。

 今、なにかを思いだしそうな気がしたけれど……。


「もう見えてきましたよ」


 いつの間にか道の両脇が石垣に変わり、小森が指さした先に古びた建物がみえてきた。

 台風でも来たら、倒れそうに傾いている。

 道行く途中には、完全に崩れた家の残骸もある。


「なんか……ホントに動画で見たような場所だな……」


 草木は引っかからないとはいえ、ボーボーに生えていて、俺の身長を超えるような草もある。


「ここには、今日は組合員の『前田 颯来まえだ そら』さんがいらっしゃいます」


「その人は、この廃村の担当なんだ?」


「今月は、ですが。なにせ、人数が足りていないもので。場合によっては、数人で待機しないといけない場所もありますからね」


「へぇ……」


 辺りはもう、陽が落ちて暗くなっている。

 それなのに周囲はどこになにがあるのか、わかるくらいによく見えた。


「ホントに暗くてもみえるんだな」


「そうでしょう? 見えかた……というか、空間が違うんでしょうね。建物も古く見えますが、生身の人たちとは見え方が違うんです」


「空間が違う? どういうこと?」


「まあ、それはまた後ほど……」


 廃村の中を進み、小森はそのうちの一軒の玄関をノックした。

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