第7話 ハートレートメジャリングデバイス?

 渡り廊下を戻り、職員室……もとい、事務室へ向かう手前で、視線を感じた。

 玄関を眺めみて、そのまま事務室と反対側の廊下へ視線を移し……。


「ぅわあああああぁっ!!!!!」


 思わず飛び退って、廊下に転がるように尻もちをついた。

 前を歩いていた小森こもりも足を止めて振り返り、事務室の二つの入り口からは、三軒さんげんと事務員たちが顔を出している。


高梨たかなしさん? またアナタは、なにを驚いているんです?」


 小森が漏らすため息が、俺の頭の上を通る。

 俺の目は、玄関を挟んで事務室と反対側のドアに釘付けになっていた。


「あっ……あそこ!!! なにかいる!!!」


 震える手で、細く開いた引き戸を指さした。

 たった今、俺がみたのは、その隙間から覗く真っ黒な目だ。


「目が……目が……」


「……ん?」


 小森は前かがみになって、ドアに目を向けると、眼鏡のブリッジを指で押し上げてから、ドアに向かって歩き出し、クスリと笑いながら、引き戸を開けた。


「……高梨さん、アナタね、幽霊が人間に驚いちゃってどうするんですか?」


「え……? 人間……」


 四つん這いのままで、ドアのほうへにじり寄った俺の目に入ったのは、開かれたドアの向こうにいる男の姿だ。

 もっさりとした天パの黒髪は前髪が眉に掛かりそうなほど伸びていて、やけに広がって頭が大きくみえる。


「こちら、SCCの四方津よもつさんです」


「え、SCC……?」


 ホッとしてへたり込んだ俺の前に立った男は、首に掛けた写真付きの証明書を俺に向けた。


「ども……四方津斗真とうまといいます。小森さん、、新人さん?」


 呼ばわりかよ!

 ってか、俺より幽霊らしいな!!!


「ええ。今日から組合員になられたんですよ。高梨わたるさんです」


「へー……でも、使いものになるの? オレをみてビックリしちゃってるけど?」


「まあ、その辺りはこれから追々……」


「追々って、小森さんってば、いつもそればっか」


 談笑している二人を、俺は交互に眺めた。

 この男がSCC?

 とても霊能者には見えない。

 それに、俺を扱いして、失礼なヤツだ。


「そんで、いつから?」


「今日、このあとからです」


「早いね~、ま、頑張って」


 四方津は俺に向かってそういうと、部屋に戻り引き戸を閉めた。


「なっ……なんなんなんですか? あいつ!!!」


が多いですよ。彼はなかなか強い霊能者なんですよ。ちょっとクセがありますが」


 SCCには、少し変わった人が多いらしい。

 四方津はその最たるだという。


「気さくといえば、気さくなんですがね」


 事務所の前には、もう誰もいなくなっている。

 そのまま会長室へ行き、小森はドアを開けた。


「本来ならば、通り抜けることができるんですが、高梨さんはまだ慣れていないでしょうから」


「え? 通り抜けられるんだ? マジかぁ……」


 閉まったドアを手で触れて押してみると、スウッと手がドアを突き抜けた。


「うお! ホントだ!!!」


「おや、出来ましたね? 少し安心しました」


 こんなことができたから、なんだというんだろう?

 ドアをすり抜けるときの、体に伝わる妙な感覚に、俺は何度も廊下と部屋を行き来した。

 そうしているうちに、三軒がやってきて、ソファに腰をおろしたのがみえて、俺もまた席に着いた。


「お疲れさま。まずは、これが登録証ね。首から下げて」


 さっき四方津がみせたのと同じで、透明なケースに入った写真付きのカードに、俺の名前が記入されている。

 写真なんて、いつの間に撮っていたんだろう?


「それから、こっち。これはハートレートメジャリングデバイス心拍計測器といって、重要なアイテムなのよ」


 黒くて薄い、スマホのような形と画面だけれど、表示されているのは日付と時間、男女の人の形をしたマーク、ハートのマーク、口の形をしたマークだ。


「これはね、担当地域に生身の人間が入ってきたとき、男だったら男のマーク、女だったら女のマークの色が変わるの。それから――」


 ハートのマークは、その相手の心拍数を計り、口のマークは叫び声の大きさを計るそうだ。


「そんなものがあるんだ?」


「はい。これが意外に正確なデータを取れるんですよ。データはすべて、さっき案内をした小野おのくんのところへ送られます」


 そういえば、さっき小野はデータを入力しているようなことを言っていた。

 にしても、近代的過ぎるんじゃあないか?


「数値はもう、何十年も前から取っていたんですよ。そのころから少しずつ機器を改良していて、今後ももっと使いやすくなってくると思います」


「これも、登録証と一緒に首から掛けていてね。そうしないと、データが取れないから」


「そりゃあ構わないけど……みんなこんなもん、持っているんだ?」


「ええ。だって、生身の人間だってスピリットボックスやトリフィールドを使っているでしょ? それと似たようなものよ」


 三軒は肩をすくめてそういうけれど、生きた人間たちは、幽霊の俺たちがこんなものを持っているなんて、想像もしていないんじゃあないか?


「データを取るって言うけどさ、そんなの取って、なにするの?」


「その数値によって、ランキング付けされて、ポイントが貯まるのよ」


「ポイント……って、最初に言っていた、報酬と関係がある?」


「ええ。交換できるものがいろいろとあるけれど、貯めるのは、かなり大変」


「ですが、データで大きな数値を得て、ランキング上位になるのは、重要なことです!」


 妙に熱のこもった様子で、小森は俺の肩を叩いた。


「新人さんが少なくなりつつある今、高梨さんは貴重な戦力です! 頑張って、ランキング上位を目指しましょう!」


 なんだか、暑苦しいことになってきた……。

 先のことを考えて、俺はちょっとだけ、引いた。

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