第6話 全連の中は……?

 二階に上がると、かつての教室だったであろう部屋が、廊下に沿っていくつも並んでいた。

 ドアの上に掛かったクラス表示の看板は、今は違うものに変わっているようで、ただ、番号だけが振ってある。


「二階から四階は、ホテルというか、下宿というか……生活用のスペースになっているんですよ」


「生活用って……広すぎるんじゃあない? だって教室、十部屋くらいあるじゃん? 三階分として三十部屋も?」


「いいえ。一部屋を二つに区切っているので、六十部屋ですね」


「いや、多いだろ!?」


「全国から研修や会合で集まってくることもあるので、多いとは言えないんですよ」


「研修……」


 そんなことまでしているのか。

 普通は全連ぜんれんのことなんて、なにも知らないんだから、そういうのがあってもおかしくはないよな。

 ん?

 ってことは、俺もその『研修』を受けるのか?


高梨たかなしさんは駆け足ですが、わたくしどもがお教えしていますので、特に研修はありません」


「そっか……」


 ちょっとホッとした。

 小森こもりは誰も使っていないという教室のドアを開けて、中を見せてくれた。


 ドアを開けると、教室の中は仕切りで完全に二分化されて、それぞれにドアがついている。

 生きていても、普通に生活空間として使えるくらい、しっかりして見えた。


「そういっても、生身の人たちだと、どうしても生活音が出るじゃあないですか。そこまで防げるほどではないんですよ」


 そういわれると、俺が住んでいたアパートも、古くはないけれど、そこそこ隣や上の階の音が聞こえていた。

 仕切りは木のようで、壁とは違うから、人が暮らすと隣の音が気になるだろう。


「高梨さんにも、お好きな部屋を使っていただきます」


「俺も?」


「ええ。今のアパートにいらっしゃっても構いませんが、いつまでいられるかわかりませんよね? 落ち着かないのでは?」


 俺が死んだから、近いうちに親が部屋を片づけにくるだろう。

 そのまま住み続けていたら、次に入居してきた人を怖がらせることになるか……。


「うん、それじゃあ、そうさせて貰おうかな……?」


「では、あとでお好きな部屋を選んでください」


 二階を見て回り、三階と四階へと案内されるも、どこも同じような部屋ばかりだった。

 一通り回って一階に戻ってくると、今度は渡り廊下に出て、向かい側にある建物へと進んだ。


 ああ、俺の通った学校も、こんなふうに別棟があったな。

 そこには、音楽室や理科室、家庭科室なんかがあったっけ。


「こちらの別館は、全国の支部と連絡を取り合ったり、データを整理したりする部屋や、SCCの書庫があります。事務所のほうは、またのちほど、案内いたします」


「え? SCCって、全連と同じ場所に事務所があるの?」


「ええ。出張所としてですが。問題があったときに、すぐに対処していただけるように、こちらで待機してくださるんです」


 ありがたいことだ、といいながら、小森は一人でうなずいている。

 この学校の跡地自体が、SCCの所有になっているそうだ。

 だから小森たち全連のみんなは、大手を振って、敷地内を動き回ることができるという。


「廃校とはいえ、一企業が所有する施設になりますので、おいそれと立ち入ることはできませんから」


 最初のころは、肝試しで侵入してくる子どもたちが多く、それもあって、SCCのメンバーが交代制で詰めているらしい。

 立ち入ってきた相手も、まさか人がいるとは思っていなかったようで、平謝りで帰っていき、ここは企業の事務所になっているとのうわさが広まって、人が来なくなった、と。


「そりゃあ、平謝りするよな。不法侵入になるんだし」


「はい。SCCに依頼のある生きた人たちは、SCCの本部へ行かれるので、こちらへは来ません」


 だからこそ、多くの組合員が安心して暮らせるそうだ。

 全日本霊体連合組合ぜんにほんれいたいれんごうくみあいは、俺が思った以上に、ちゃんとしている。

 別館に入り、最初の部屋には『機器管理室』と書かれた札が下がっていた。

 小森はその部屋のドアをノックしてから、中へと入った。


小野おのくん? いるかい?」


 部屋の中は見たことのない機器でいっぱいだ。

 カタカタとキーボードの操作音が止まり、パーテーションの影から出た手が、手招きしている。

 小森に促されて、部屋の中ほどまで入った。


 パーテーションの奥には、画面を三面にしたパソコンを操作している男がいた。

 俺と同じ年ごろにもみえるし、もう少し若くもみえる。

 その男はキーボードを打つ手を止めて、椅子ごと小森を振り返った。


「作業中だったかな?」


「うん。でもまぁ、今日はデータが少なかったから、半分以上終わった」


「そうですか。それなら良かった」


「そちらは? 新しい人?」


 背もたれに伸びをするように寄りかかり、俺のほうへ視線を向けてきた。


「今日、加入いただいた、高梨さんですよ。今、本部を案内しているところです」


「ふうん……キミもここに住むの?」


「あ……はい。えっと……高梨渉たかなしわたるっていいます。よろしくお願いします」


「かしこまらなくていいよ。ボクは、小野恭平おのきょうへい。機械周りを担当してるんだ。よろしくね」


 恭平、という名前は今風だな。

 年齢にも相応な気がする。


「じゃあ、次へ行きましょうか」


 小森は小野に「残りも頑張って」と声をかけて、部屋をあとにした。


「この別館は、三階建てなんですが、二階は美術室と科学室を繋げて、大会議室になっています」


 三階は、ちょっと偉い人たちや、SCCの人たちが泊まるための宿舎になっていた。

 SCCは生身の人間だから、お風呂やシャワー、トイレにキッチンなども完備しているそうだ。


「一通り、ざっとご案内しましたが、まあ、ここで迷うことはないかと思います」


「まあね。別館のほうには用がないし、多分、大丈夫」


 また渡り廊下を歩き、本館へと戻る。

 さっきは気にもしなかったけれど、中庭も手入れされていて、廃校とは思えない。

 普通過ぎて戸惑うばかりだ。

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