第28話 大団円?

 ウィスプンド村は総出で円形闘技場を完成させた。

 地球のローマにあるような立派な奴だ。


 闘技場の中心に、黒い魔法陣を広げる。村人みんなの魔力を集中させ、かつてレイベゼルが開いたのより何倍も大きいのを作った。


 ロザリアは代表して魔法陣に首を突っ込んだ。

 魔王城とレイベゼルが見えた。


「ちゃんと繋がったみたいですね。予定通り、出場者と観客を転移させてください」


 こうしてウィスプンド村に魔族が二百人ほどやってきた。

 特に混乱もなく、魔族たちは大人しく客席に座ってくれた。そして売り子からビールなどを買って、美味しそうに飲んでいる。

 まだ武闘大会が始まっていないのに酔っ払って大声を出している魔族もいるが、似たようなエルフと人間もいるので、そのくらいは混乱のうちに入らない。


 リングに魔王ゴルネハラが上がった。

 昭和のアイドルみたいなフリフリの衣装を着ている。可愛い。


 客席にいる魔族たちから「ゴルネハラさまー!」と歓声が上がる。

 そしてポップな音楽が流れた。魔法で空気を振動させているのだ。

 魔王ゴルネハラのミニライブである。


「みんなー。いつも妾の歌を聴いてくれてありがとー! 今日はエルフや人間と仲良くなるための武闘大会だから、最後まで暴れないでくださいね! キラリンッ☆」


 ゴルネハラは決めポーズをとる。

「かわいいぃぃぃ!」と魔族以外からも歓声が聞こえた。

 次の瞬間。


「ゴルネハラさまも出場しろー!」


 と魔族たちから声が上がる。


「え! 妾も!? 妾が弱いのはみなさん知ってるでしょう……?」


「出場しなきゃ税金払わないぞー!」


 というわけで、魔王の飛び入り参加が決まった。

 大会はトーナメント制。三十六人でやる予定だったのに「魔王が出るなら自分も」という感じでドンドン増え、よく分からなくなってきた。

 魔族だけでなくエルフもその調子なので、お互い、実にいい加減な種族である。


 実行委員会がこの混沌とした状況にどう折り合いをつけたのか分からないが、ロザリアとゴルネハラの名前が呼ばれた。

 一回戦、第一試合である。


「いきなり妾ですか。しかし相手がロザリアさんで安心しました。荒くれ者が相手だと、降参宣言しようとする妾の口を塞いで、無理矢理に試合続行しようとするかもしれませんから。というわけで妾は降参です」


 ゴルネハラはリングから飛び降りた。

 ところが実況アナウンスが、それを拒絶する。


「ゴルネハラ選手の降参を認めません。そんな全く戦わないでリングを降りるなんて萎えます、冷めます。それが魔王のすることですか。勝てなくても精一杯戦ってください」


「そんな……妾は本当に弱いのです……けれど戦わなければ駄目と言うなら仕方ありません! ロザリアさん、いきますよ!」


 ゴルネハラはリングに戻り、そして炎の矢らしきものを発射した。

 なんだかフニャフニャと曲がっているし、カタツムリのようにノロい。

 なかなか届かないので、ロザリアは歩いて自分から近づいたほどだ。


「ていっ」


 手のひらでペチンと弾く。


「ああ、そんな……妾の最強の技が片手で……魔王の威信にかけて、もっと抗ってみせます!」


 フニャフニャした攻撃魔法がどんどん飛んでくる。

 もう弾くのも面倒なので、ふーっと息を吹きかけたら、それだけで消えてしまった。

 弱い。

 魔族として弱いのではなく、純粋に弱い。その辺の犬猫のほうが圧倒的に強い。


「悔しいです……ですが精一杯戦いました。悔いはありません。これなら降参を認めてくれますね?」


 ゴルネハラはもう一度リングから降りようとする。

 が、ロザリアがそれを後ろから抱きしめて止めた。


「ロザリアさん!? なにをするのですか!」


「実は私、可愛いものが大好きでして。試合中ならゴルネハラ様になにをしても合法。このチャンスを逃す手はありません。というわけで、むぎゅ♡」


「ああ、いけません。ロザリアさん、頭をガシガシしないでください! 髪がボサボサになります!」


「では太ももを」


「ひゃん! やめてください、くすぐったいです! 妾はそういうの苦手です!」


 ゴルネハラは逃げようともがく。

 しかしロザリアからすれば非力この上なく、なんら障害にならなかった。

 だが、わざとゴルネハラの抵抗に押されたような空気を出して、地面にゴロンと寝そべる。

 そのままゴルネハラを抱きしめたままゴロゴロ転がりまくる。


「おおっと、これは激しい攻防だ! ぶっちゃ攻防というよりロザリア選手が一方的に楽しんでいるようにも見えるが面白いのでいいぞ!」


 幼女魔王を合法的に楽しみ尽くしてからリング外に捨てる。


 その後。

 真竜アジリスと錬金術師エリエットが戦った。

 エリエットが作ったクマさん砲台がワラワラとリングを埋め尽くしたが、本気を出したアジリスはそれをあっという間に焼き尽くしてしまった。

 錬金術師として破れたエリエットは、真祖としての腕力を使って正面から立ち向かったが、それでも勝ったのはアジリスだった。


 リリアンヌとレイベゼルの剣士対決も見物だった。

 最初はレイベゼルが圧倒的に有利で、リリアンヌは防戦一方。

 逆に言えば、防御に専念すれば試合の形になる程度には喰らい付いていた。

 そしてリリアンヌは時間と共に動きが速くなり、少しずつレイベゼルの剣を防ぐのに余裕が生まれてきた。やがて隙を見て攻撃に転ずるようになる。

 横で見ていたロザリアは驚いたが、もっと驚いたのは戦っているレイベゼルだろう。

 レイベゼルはリリアンヌの才能を買っていた。しかし、まさか試合中に差を詰めてくるとは予想していなかったはずだ。

 時間と共に実力が逆転しリリアンヌが勝利を掴む――と、そうなる前にレイベゼルがリリアンヌを場外に吹き飛ばして決着となった。


 それからベアトリスが「真祖の力を見せつけるざます!」と言ってリングに上がる。

 その対戦相手は、なんとロザリアの妹イリヤだった。


「イリヤ。最近、また見かけないと思ったら、こんなところに出てきて……」


 きっと努力を重ねていたのだろう。

 それ自体は凄いことだと認める。けれど危ないことはして欲しくない。まあ、少々努力したくらいでは真祖には勝てないのだから、一回戦で敗退するのは決定。ベアトリスならイリヤを怪我させずに場外にしてくれるだろう。


 そう思っていたら――。


「んほおおおおおおっ! イリヤちゃんの攻撃ぎもぢよすぎでなにも考えられないざますぅぅぅぅぅぅっ!」


 イリヤは光の豪雨を降らし、ベアトリスを蜂の巣にした。

 以前、ベアトリスを満足させるために、多人数による一斉攻撃をした。それもかなり長時間。

 なのにイリスは一人で、ほんの数分でベアトリスを絶頂させ、行動不能にしてしまった。


 そして決勝戦は、ロザリアとイリヤの戦いとなる。


「お姉ちゃん。ここまでの私の試合を見てたでしょ? もう私を弱いって言わせないよ!」


 イリヤはリングの上でそう叫ぶ。


「確かに、とてつもなく強くなりましたね。一体この短期間でどうやって……いえ、イリヤにはもともと、それだけの才能があったんですね」


 イリヤはこの世界の本来の主人公だ。

 才能だけで言えば、ロザリアを超えていて当然。

 いかにそれを押さえつけようと、些細な切っ掛けで覚醒するのは、やはり避けられなかったのだ。


「イリヤがこの大会に出たのは、強くなったと証明するためですか」


「ちょっと違うかな。私はお姉ちゃんに勝つために大会に出たんだよ。勝ち続ければ絶対にどこかで当たるはずだから。まさか決勝になるとは思ってなかったけど」


「なるほど。あなたが勝てば、もう後方に下がれなんて私の口からは言えませんからね。そんなに私と肩を並べて戦いたいんですか」


 ここまで勝ち上がったイリヤの強さは本物だ。

 なら、望みを叶えてやってもいいのかもしれない。


 妹に対して過保護だ、と色んな人から言われた。

 実際、そうだったのだろう。

 ロザリアの過保護がイリヤを思い詰めさせた。そして真祖や真竜を倒すほどの力を身につけた……いや、誰がどうしようと、イリヤは強くなる運命なのだ。


 一緒に強くなって、一緒に戦って、お互いを守り合う。

 そのほうが自然だ。


「分かりました。この決勝がどうなろうと、もうイリヤを戦いから遠ざけたりしないと約束します」


「ありがとう。けど約束なんてしなくていいよ。私が勝つから。私が勝ってお姉ちゃんを押し倒すから。首輪と鎖で繋いで、檻に閉じ込めて、私がお姉ちゃんを飼育するの! お姉ちゃんは私のものになるんだよ!」


「な、なにを言ってるんですか!?」


 それも大勢の観客の前で。


「私ね。朝から晩まで……夢の中でもお姉ちゃんのことを考えてるの。なのにお姉ちゃんは友達を沢山作って、私以外とも仲良くしてるでしょ。駄目だよ、そんなの。ずっと私のそばにいてほしいの。そのためにはどうしたらいいかって真剣に考えて、分かったの。力ずくで監禁すればいいんだって!」」


「え、ええっ? そうはならないでしょう! 考え直してください!」


「うんうん。檻の中でゆっくりお話ししようね!」


 試合開始のゴングが鳴る。

 ロザリアは、さっきまで勝っても負けてもいいと思っていた。

 だが是が非でも勝たなきゃいけなくなった。

 妹のためではなく、自分の身の安全のために。


 イリヤが光の雨を降らせた。細い針のような光は、分厚い石のリングを容易く貫通するだけの威力がある。たんに貫通力が凄いだけでなく、魂に作用し、激痛を与える効果もある。


 ロザリアは後ろに飛んで光の雨を避けた。

 着地した足下に違和感。反射的に真横に飛ぶ。一瞬遅れてリングから光の柱が空に伸びた。

 その柱に飲み込まれていたら、表皮を焼かれた上に、精神ダメージを受け、戦闘不能にされていただろう。


 空から光の雨が降り続け、そしてあちこちから柱が伸びる。

 そんな猛攻が続けば当然――。


「おおっと! イリヤ選手の攻撃によりリングがなくなってしまいました! 私たちエルフが強度強化の魔法をかけまくったあのリングが! これは悔しい。でも凄い! とにかく、この決勝戦は場外がなくなったので、どちらかが『参った』と言わない限り終わりません!」


 なんということだろう。

 ロザリアは今のイリヤに『参った』と言わせる自信がない。

 どれほどの苦痛を与えても、平然と立ち向かってくるような気がする。


「分かってるって顔だね! そうだよ、お姉ちゃん! 私の回復魔法はお姉ちゃんより上だから、首から下が残ってれば一瞬で再生するし、どんな激痛でも立ち止まらない! むしろ、お姉ちゃんがくれる激痛ならウエルカム!」


「どうしてそんな変態に育ってしまったのですか!?」


「公衆の面前で小さい魔王を抱きしめてゴロゴロするお姉ちゃんに言われたくないんだけど!?」


「そ、それは変態というほどではありません! エルフと魔族の交流です!」


「じゃあ私だって変態じゃないよ! ただ姉妹の交流をしたいだけだよ! ちょっと普通より濃密なだけだよ!」


「ちょっとじゃないから問題なんです!」


 次々と飛来する光魔法。

 ロザリアは闇魔法を展開して、それらを飲み込んでいく。

 闇魔法は、使えば相手の耐久を無視して無に帰す、必殺技である。

 しかし妹を必殺するわけにいかないし、そもそも光魔法を防ぐのが精一杯で、攻撃に転ずる余裕がない。

 そうしているうちにロザリアは、自分の魔力が尽きかけていると感じた。

 イリヤの猛攻が続けば、ロザリアは魔力切れで負ける。

 続けば、だ。


「くっ……」


 イリヤが苦悶の表情を浮かべる。向こうも辛いのだ。どちらの魔力が先に尽きるか、我慢比べ。

 光が降り注ぎ、闇が吹き荒れる。

 攻防が続いた果て、ついにイリヤの攻撃が止んだ。


 今だ、とロザリアは攻勢に転ずる。

 土魔法でリングを再生。場外負けという概念を復活させた。

 続いてイリヤに接近し、抱きしめる。


「はわわ! お姉ちゃんに抱きしめられた!」


 するとイリヤは抱き返してきた。

 その状態のままロザリアはリングの縁まで移動し、妹の足だけ場外に落とす。

 テンカウント以内に戻らねば、イリヤの負けだ。


「お姉ちゃん、放して!」


「嫌です」


「こ、こうなったら……お耳にふぅー、ふぅー」


「ひゃっ! そういうのはズルいです! ならばこちらもお耳をはむはむ」


「っ♡ お姉ちゃんに甘噛みされた……幸せっ♡」


 そしてロザリアの優勝が決まった。

 ロザリアが腕を放すと、イリヤはふにゃふにゃと座り込んだ。完全な魔力切れである。別に耳を甘噛みされて悶絶したのではない……はずだ。


「勝てなかった……あんなに修行したのに負けちゃった……お姉ちゃん、強すぎるよ」


「いえ。イリヤこそ、とても強くなっていて驚きました。もう一度戦えば勝敗はひっくりかえるかも。そのくらい僅差だったと思いますよ。次に敵が攻めてきたら、一緒に戦いましょう。頼りにしてます」


「本当!? お姉ちゃんに頼りにされた……認めてもらえた! えへへへへ」


「あなたは本当に可愛い妹ですね……撫で撫で」


「ああ、この雑な撫で方が最高! お姉ちゃんにしか出せない絶妙な感じ! これがないと私は生きていけないよぉ!」


「イリヤは私の撫で撫でを気に入ってくれていたんですね! もっと撫で撫でします!」


「おおおおんっ♡ 脳から変な汁が出るくらい気持ちいぃぃぃぃっ♡ ねえ、お姉ちゃん、今日は一緒に寝よ♡ あと一緒にお風呂も入ろ♡」


「いいですよ」


「それとね、チューしよ♡」


「……ちょっとだけなら」


「やった! あとね、お口だけじゃなく、お胸にもチューする。私、お姉ちゃんのおっぱいチュッチュしてお姉ちゃんの赤ちゃんになる!」


「そ、それはいくらなんでも駄目です!」


「どうして……お姉ちゃん、私のこと嫌いなの……?」


「う……ちょっとだけなら……」


「やったぁ! それからね、女の子同士でも子供を作れる薬を一緒に開発しよ? その薬を二人で飲んで、沢山えっちしよ?」


「子供って、そんなの駄目に決まってます!」


「じゃあ子供作れる薬は我慢するから、えっちだけしよ? 沢山えっちしよ?」


「ちょ、ちょっとだけなら……」


「やったぁ! お姉ちゃん大好き!」


 ロザリアが妹に言いくるめられまくっていると、突然、乱入してくる者がいた。


「あなたたち~~。さっきから聞いてれば、大勢が見てるところで、二人してとんでもないこと言っちゃって~~。お母さんはそんな風に育てた覚えはありませんよ~~。お仕置きで~~す」


「え、ちょっと、お母さん!? 大勢が見てるところでお尻ペンペンはやめてください!」


「うわぁっ、お母さん! 大丈夫だよ、お姉ちゃんが私のママになっても、お母さんはお母さんだから……あ、痛い! お尻痛い! ごめんなさい!」


 こうして真の優勝者は、ロザリアとイリヤの母親となった。

 実にいい加減な大会であったが、エルフも人間も魔族も盛り上がったので、親善試合としては大成功である。


 その後。

 魔界行きの魔法陣は固定化され、誰もが気軽に行き来できるようにした。

 ウィスプンド村に定住する魔族も、その逆も当たり前になった。


 ますます戦力を増したウィスプンド村。

 そうとは知らずに第二次マルティカス教団が攻め込み、また悲惨な運命を辿った。

 マルティカス教団を迎撃するため最前線で戦ったのは、とても美しいエルフの姉妹であったという。

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序盤で焼かれるエルフの村に転生した。死にたくないので死にものぐるいで強くなる 年中麦茶太郎 @mugityatarou

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