第27話 最弱の魔王

 レイベゼルは鞄などを持っていない。

 なのに、どこからともなく刀を取り出した。


「今のは魔族に伝わる闇魔法の一種でござる。別次元にアイテムを収納し、いつでも取り出せるでござるよ」


「自慢げなところ申しわけありません。私も同じ魔法を使えます」


 ロザリアは割れた皿を出して見せた。

 先日、晩御飯の支度を手伝っているときに割ってしまったので、証拠隠滅していたのだ。


「なんと! さすがはロザリア殿……しかし、これはできぬでござろう!」


 空中に無数のリンゴが現れた。と同時にレイベゼルは刀を抜き、凄まじい速度で振る。

 リンゴは綺麗に皮が剥かれた状態になり、周りの生徒たちの手のひらにポンポンポンと収まった。


「なっ! あの一瞬でリンゴの皮だけ斬って、しかも私たちがキャッチしやすいように飛ばした! おまけに刃を拭いて、納刀までしてる……神業過ぎぃ!」


 姫騎士のリリアンヌが真っ先に驚きの叫びを上げた。

 やはり剣を扱ってきた者でなければ理解できない領域があるのだろう。

 しかし、そこまで理解できなくとも、ロザリアたちも素直に感心し、みんなで一緒に「おー」と感嘆の声を出す。

 彼女の剣技は、速く、そして上手い。接近戦をしたくない。


「ようやく尊敬の眼差しを得たでござる……長い道のりでござった……」


 レイベゼルは涙を流して喜んだ。

 そういうことをするから哀れまれるのである。


「それにしてもリリアンヌ殿、拙者の動きが見えていたとは凄いでござるな。アジリス殿は拙者が千切れるかと思うほどの怪力でござるし、ロザリア殿とエリエット殿の魔法知識には感服したでござる。強者が集まっている場所を狙って魔法陣を開いたのでござるが……大成功でござった!」


「場所は成功でも、広さは失敗でしたけどね」


「ロザリア殿はイジワルでござるな!」


 レイベゼルは頬を膨らませる。

 そんなレイベゼルに思わぬ援軍がやってきた。


「ロザリア~~。あなた、その割れた皿はな~~に? 一枚足りないと思ってたら、あなたが隠してたのね~~」


 ロザリアの母である。


「いや、お母さん、これは違うんです。ちゃんと割ったと報告するつもりだったんです。破片をうっかり踏んだら危ないのでしまっておいて、そのまま忘れただけで」


「お皿を割ったことより、そうやって誤魔化そうって魂胆が気にくわないわ~~」


「え、ちょ、なんで私を担ぎ上げ……まさかお尻ペンペンですか!? やです、この歳で、しかも人前で、あ、痛っ! 痛い、痛いです! ごめんなさい! お母さん許して!」


 レイベゼルに対し「大勢の前で醜態を晒してかわいそうに」なんて上から目線なことを思っていたが、もっと酷い姿を学友たちに見られてしまった。


「恥ずかしいです……穴があったら入りたい……」


「丁度いいでござる。ロザリア殿たちを魔界に招待したかったでござる。一緒に魔法陣に飛び込むでござるよ」


「助かります!」


 ロザリアは迷わず飛び込んだ。なにせ自分でいじくった魔法陣だ。危険性がないのは分かっていた。

 リリアンヌ、アジリス、エリエットも一緒に来てくれた。


 魔法陣を潜った瞬間、浮遊感に包まれる。

 そして着地。


「お城の庭、でしょうか?」


「うわっ、すっごい城……負けたわ……」


 王女であるリリアンヌは自分の家と比べたらしく、肩を落としていた。


「我でさえ、これほどの城を見たことがない。ドラゴン形体でもそのまま入れそうだな」


「ここが魔界ですの!? 見た目は思ったよりも普通ですのね。けれど気配が違いますわ……そこら中から魔力を感じますわ。草木も、小動物も、みんな魔力を持っていますわ!」


「そりゃ魔界でござるからな。さあ、拙者についてくるでござる。魔王様に紹介するでござるよ」


 魔王城に入る。

 天井が高い。本当にドラゴンでも余裕で歩けるだろう。

 前世でプレイした原作ゲームに魔族は出てきたが、魔王城に来るイベントはなかった。

 もし登場していたら、背景を描く人はさぞ大変だったろう、と妙な気を回してしまう。


「はじめまして。エルフに人間に真竜に真祖。妾は魔王ゴルネハラです」


 謁見の間に行くと、玉座に腰かける美少女がいた。

 とても小さい。人間換算だと十歳にも満たない。玉座が半分以上余っている。


 魔王らしからぬ可憐さだが、ロザリアはむしろ「これぞ魔王だ」と思った。

 なにせ21世紀のフィクションにおいて、美少女魔王は定番だった。可愛い外見なのに強大な力を持っているなんて、ありがちな話。そもそもロザリアたちもその枠である。


 ロザリアたちが自己紹介すると、魔王は微笑み、会話を切り出した。


「みなさん。妾が全く強そうな気配を持っていないのに戸惑っているようですね。真の強者だからこそ実力を隠すのが上手いのだ、なんて考えてくれているのでしょうか? 言っておきますが、妾は魔王城で最弱。門番にも負けます」


 やはりか。

 いくらなんでも気配が弱そう過ぎると思っていたのだ。

 美少女魔王が見た目通りに弱いとか逆に斬新かもしれない。


「うーむ。不思議だ。なぜ最弱なのに魔王になれたのだ?」


 アジリスは遠慮なく疑問をぶつけた。


「そんなの、妾の父が魔王だったからに決まっています。ビバ世襲。妾はなんの努力もせずに魔王となり、こうして玉座に座ってるだけの簡単なお仕事をしています」


「……部下はなにも言わないのか?」


「言いませんよ。兵士は王を守るもの。なのに王のほうが兵士より強かったら、兵士は困るでしょう。妾はみんなのためを思ってか弱い魔王をしているのです」


 言われてみると、王はその国で最強という意味ではない。

 腕っ節を鍛えねばならぬのは兵士とか将軍であって、王様は国を統治するための頭脳のほうが重要だ。


「ところで魔王ゴルネハラ様。私たちはなぜここに連れてこられたんでしょうか? レイベゼルさんは強者を探しているような口ぶりでしたが」


「ええ。その前にハッキリさせておきましょう。魔族はかつて、魔界以外も手中に収めようと、あらゆる種族に戦争を仕掛けました。ですが、あの頃の魔族はほとんど死に、生きていても老人ホームです。今の魔族に戦争するつもりはありません。そもそも、魔界の統治だけでも忙しいのに、領土を広げてどうしようというのか……妾には先祖の気持ちが分かりません」


 ゴルネハラは真顔で言った。

 ロザリアには彼女の気持ちが分かった。ウィスプンド村を守りたいと思うが、村の外まで欲しいとは思わない。


「侵略など頼まれても嫌です。しかし、何千年も鎖国を続けてきた魔界は、閉塞感に包まれています。食料も娯楽も同じようなものばかり。妾は飽きてしまいました。そろそろ戦争のほとぼりも冷めた頃合いなので、そちら側の世界との交流を再開しようかと思いまして」


「なるほど。いまでも魔族は恐れられています。が、レイベゼルさんやゴルネハラ様と話した感じだと、対話を続ければ、過去の遺恨を取り除くことができるでしょう。でも、何年もかかると思います」


「魔界の外の全てと仲良くしようとしたら、それこそ何百年とかかるでしょう。なのでまずは、ロザリアさんたちの村と交流したいと思います。レイベゼルと会って分かったと思いますが、魔族は間抜けに見えても強いです。妾を除いてですが。魔族の強さは、なにもせずとも周りを威圧しかねません。妾にはよく分かります」


 確かにレイベゼル級のがゴロゴロいる中に、見た目通りの力しかない幼女魔王が混ざっていたら、そりゃ肩身が狭いだろう。なのに努力して強くなろうとは思わない辺り、グータラが極まっている。


「強者を求めていたのは、魔族と直接顔を合わせても気後れしない相手が欲しかったからですか」


「その通り。それと……妾以外の魔族は己の強さに自信があり、誰かと比べる機会を求めています。ずっと魔族だけで武闘大会を開いてきましたが、マンネリになっているようでして。友好の架け橋に、ロザリアさんの村と魔族で武闘大会を開きませんか? そうしていただけると、魔族たちの暇を潰すために妾がヒラヒラの衣装で歌ったり踊ったりする必要がなくなって助かります」


「魔王も大変なんですね……」

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