第26話 魔族でござる

 とある朝。

 魔法学校の庭に、黒い魔法陣が出現した。

 その禍々しい外見に、ロザリアを初めとする生徒たちは戦慄し、なにが起きるのかと身構えた。


 ところが、いくら待ってもなにも起きない。

 昼ご飯を食べ、下校時間になっても魔法陣はそのままだった。

 数日もすると、みんな飽きてしまう。


 もともとエルフが呑気な種族だということもあり、黒い魔法陣はただの風景となり、生徒たちの待ち合わせ場所とかに使われるようになった。


 ロザリアも同じで、黒い魔法陣にまるで警戒心を持っていなかった。エルフ生活が長すぎて、危機感がマヒしていたのかもしれない。


 その日はリリアンヌとアジリスと一緒に、魔法陣を眺めながら、売店で買ったパンをモシャモシャ食べていた。

 人の頭部が魔法陣からヌッと出てきたのは、そのときだった。


「「「わっ!」」」


 色々な経験をしてきたロザリアたちだが、昼食を食べてる最中に地面から頭が生えてくるというのは初めてであり、三人仲良く同時に驚きの声を上げた。


「ビックリさせて申し訳ないでござる。拙者、魔王様の使いで参った、レイベゼルという魔族でござる」


 頭が出てきただけでも驚きなのに、魔族と言われて二重に驚いた。

 見た目は可愛い女の子だ。人間に換算すると十代後半といったところ。

 しかし見た目が可愛くても、愛でようという気分にはならない。


 なにせ魔族といえば数千年前に世界中を敵に回して大戦争をしかけた、悪い連中である。

 人間、エルフ、ドワーフ、ドラゴンなど、様々な種族が手を組んで魔族に対抗し、なんとか魔界に押し返すことに成功。

 それ以来、魔族が歴史の表に出るのは稀で、このファンタジーな世界においても、おとぎ話と化していた。


「白昼堂々、単身で攻めてくるとはエルフを舐めてますね! 闇に引きずり込んでくれます!」


「ま、待つでござる!」


「なんですか。今更やっぱり魔族じゃないとか言うんですか? 魔族と名乗った時点で殺されても文句は言えませんよ」


「いや、拙者は確かに魔族でござる! しかし戦うとか侵略とか、そういう意思はござらん。むしろ親善大使として来たでござる。信じて欲しいでござる!」


「……あなた、魔族がこっちでどういう風に思われてるか知ってるんですか?」


「知ってるでござる。諸悪の根源のような扱いでござろう。その誤解を拙者の誠意で解きたい! 拙者、そのために土下座の練習を積み重ねたでござるよ。それを見ていただきたい……ふぬぅ!」


 ふぬぅ、というのは土下座の掛け声ではない。

 上半身を魔法陣から出した掛け声である。


「ぐぬぬ! あともうちょっと! ぐぬぬぅ!」


 腰の辺りが引っかかっているのか、下半身が出てこない。

 レイベゼルを名乗る彼女は、両腕で踏ん張った。顔が真っ赤。なかなか苦戦してる。


「うーむ。四百年生きた我ですら、魔族と会うのは初めてだが……本当にこいつ魔族か?」


「私もこの子が魔族とは思えないんだけど。かつて世界を支配しかけた悪くて強い種族でしょ? こんな間抜けな状態で動けなくなる種族に支配されかけたなんて思いたくないんだけど」


「同感です。本当は魔族じゃないんでしょ? ほら、正直に言っちゃってくださいよ」


「んほぉっ! 脇腹をくすぐってはダメでござる! んひゃぁ! 魔族でござる魔族でござる! ほら、黒い羽根が生えてるでござるよ!」


 そう言ってレイベゼルは背中にある小さな羽根をピコピコ動かした。それから「ぬんっ」と魔力を強めると、羽根がグワッと大きくなり、風に舞うマントのように広がった。


「おお。確かに魔族っぽい羽根です。気配も人間っぽくないし。もしや本当に魔族ですか?」


「ずっとそう言ってるでござる!」


 と、そこに錬金術師エリエットがやってきた。


「魔族の気配がしますわ! わたくし、田舎の町を支配していた魔族を蹴散らしたことがあるので魔族には詳しいんですわ! って、地面からなんか生えてますわ!?」


「エリエットさん、丁度いいところに。この子、魔族を名乗ってるんですが、本当かどうか鑑定お願いします」


「お任せですわ! ペロ……これは魔族の味ですわ!」


「のわあああっ! 急に頬を舐められたでござる! 変態でござる!」


 レイベゼルは涙目になってジタバタもがく。しかし魔法陣に引っかかっているので逃げられない。

 エリエットをけしかけたロザリアは、罪悪感に襲われた。


「魔族なのは確かですが、そんなに悪い魔族ではなさそうですわ。悪い魔族は人間の魂を沢山吸収した跡がありますの。この子にはそういう形跡がありませんわ」


「そうなんですか。悪い魔族ではありませんか。こんなにも頭が悪そうなのに」


「酷いでござる!」


 レイベゼルは腕を振り回してプンスカ怒る。

 本当はロザリアをポカポカ殴りたいのだろうけど、はるか間合いの外だった。


「親善のために来たでござるが、舐められたくはござらん! ここは一つ、拙者の技を見せて、見直してもらうでござる! ふぬぬぬっ!」


 顔を真っ赤にして踏ん張る。

 しかし下半身はなかなか現れなかった。


「くぅ……この魔法陣を安定させるのに半月……やっと道が開いたと思ったのに、微妙に幅が足りなかったでござる……不覚!」


「一度、魔界に戻ったらどうですか?」


「それが、完全にはまって進むことも戻ることもできないでござる……」


 哀れだなぁ、とロザリアは心の底から同情した。


「我たちで引っ張ったら抜けるんじゃないか?」


「ものは試しです。やってみましょう」


「かたじけないでござる……って、いたたたたたっ! 抜ける前に千切れるでござるぅ!」


 ロザリアとエリエットで魔法陣を分析し、道を広げようとしたが、なかなか上手くいかない。そうしているうちに、ほかの生徒や先生まで集まり、あーでもないこーでもないと語り合ったが、解決策は見つからなかった。


「お腹が減ったでござる……喉が渇いたでござる……」


 魔族のセルフ兵糧攻めだ。

 生徒たちが売店で買ったパンやお菓子、飲み物をレイベゼルの手が届く範囲に置く。


「かたじけないでござる……エルフも人間も優しいでござる」


 自己紹介したり、トランプで遊んだり。

 そうしてるうちに、みんな段々と仲良くなっていく。

 親善大使としての役目を立派に果たしていると言えなくもない。


「むむむ? ここの術式をいじれば、もう少し広がるのでは?」


 ロザリアは魔法陣に手を加える。すると――。


「ぬおっ! 抜けたでござるぅ!」


 レイベゼルの全身がついに飛び出した。


(想像していた通りお尻が大きい……えっちな体型です)

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