第24話 真祖の親子喧嘩

 ウィスプンド村から少し離れた森の中。

 恐るべき力を持つ真祖吸血鬼の親子喧嘩が始まる。

 ただし真祖としても力を振るうのは母親だけ。娘のほうは錬金術で作ったアイテムを駆使して、母親を乗り越えようとしていた。


「どこからでもかかってくるざます!」


「行きますわよ、お母様! クマさん量産型、レッツゴーですわ!」


 エリエットの掛け声と共に、地中から着ぐるみのようなクマが飛び出してきた。

 なんと五体もいる。それぞれ色が違う。なんとか戦隊なんとかレンジャーみたいだ。


「試作型より更に機動力を強化。しかも右手にドリルを装備したので地中を進める凄いクマさんですわ!」


「まあ、エルちゃまったら相変わらずクマさんが好きざますね。まさか、いまだにクマさんパンツを履いてたりしないざますね?」


「そ、それは今、関係ありませんわよ!」


 以前、ロザリアはひょんなことからエリエットのスカートの中を見てしまったが、クマさんパンツだった。あの慌てようからして、今もそうなのだろう。


「クマさんは可愛くて強くて偉大なのですわ。さあ、お母様をシバいてやるのですわ!」


 五色のクマから、五色の魔法の槍が飛んでいく。

 それぞれ、火、氷、雷、風、土の属性を帯びているようだ。

 防御結界で複数の属性を同時に受け止めると、妙な干渉が起きて、簡単に結界が壊れることがある。

 それを防ぐには、属性の干渉を防ぐ術式を流すか、あるいは単純に結界を頑丈にするか。


「真祖は小細工などしないざます!」


 ベアトリスは単純な方法を選択した。

 五種の属性によって防御結界が大きく歪む。しかし次々とベアトリスの魔力が供給されるので、なんとかギリギリで防ぎきる。


「ど、どうざますか! 錬金術で作ったクマさんの魔法など、簡単に防げるざます!」


「強がっても無駄ですわ!」


 そこにクマさんたちがドリルを突き出しながら突進していった。

 崩壊寸前だった結界は、それでトドメを刺され、砕け散ってしまう。

 五本のドリルがベアトリスに襲い掛かり、体をズタズタに引き裂いた。


「んぎょえええええええっ!」


 悲鳴は間抜けだが、光景は悲惨だ。

 人が挽肉になっていくところなど、好んで直視したくはない。

 だが目をそらすよりも速く、ベアトリスの肉片は一カ所に集まり、あっという間に元の姿に再生した。


「これが真祖か。かつて我が倒した吸血鬼は、あれほどの再生力はなかったぞ」


「あそこまでやって死なないなら、なにやっても死ななくない……?」


「浄化魔法を魂にぶつければあるいは……いや、それでも並大抵の魔力じゃ大したダメージにならない……」


 観戦している中で、イリヤが最も青ざめている。

 自分が喧嘩を売った相手がどれほどのものか、改めて実感しているのだろう。


「知っているざましょ、エリちゃま。私の再生速度は真祖の中でもトップクラスざます。だから諦めるざます。お互い、時間の無駄ざますよ。それに、いくら再生すると分かっていても、実の母に攻撃するのはエリちゃまも心が痛むざましょう? 私としても痛覚を遮断しているわけではないから、とっても痛いざますよ」


「大砲さんカモーンですわ! そしてクマさんと合体! 砲撃開始!」


「あぎょぉぉぉぉぉぉんっ! エルちゃま、痛いざます! いくら攻撃しても母はすぐに再生すると……あばばばばば! 痛いざます! ああ、もっと、もっと痛くするざますぅ! 痛いのぎもぎいいいいいいっ!」


 ああ、とロザリアはため息をついた。

 やはり親子である。口調が独特なだけでなく、変態なところまで共通しているとは。


「お母様のドMも相変わらずですわね。一度こうして痛みを与えてしまえばこっちのものですわ。お母様は快感でのたうち回るしかないのですわ!」


「しゅごいざますぅぅぅ! エルちゃまの錬金術、前はここまで凄くなかったのに、いつの間にこんな威力になったざますかぁぁぁ!?」


「この村に来たおかげですわ。このウィスプンド村で、ロザリアさんの発明品に刺激を受け、わたくしの中にインスピレーションが湧き上がったのですわ! 実家にずっといては、この成長はありませんでしたわ!」


「んほおおおおおおおっ! 凄いざます、ロザリアさぁん、凄いざますぅぅぅぅぅぅ!」


 巻き込まないでくれ、とロザリアはかなり真剣に思った。

 その後もクマさん大砲はベアトリスを攻撃し続ける。しだいに悲鳴も上がらなくなり、ベアトリスはビクビク痙攣するだけの存在と成り果てた。


「こ、これが大人の世界なんだ……ごくり!」


 イリヤがなにやら感心したような声を出す。


「違いますよ。あれは大人ではなく変態の世界なので参考にしないように」


 姉として妹の情緒教育への責任を感じる。

 許されるなら目の前の吸血鬼親子を焼き払いたいが、そこまでの巨悪ではないので、悩ましいところだ。

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