第21話 吸血鬼が出たとか
ロザリアは学校の中庭のベンチで、隣に座るアジリスの頭を撫でていた。
前に「撫で方が雑」と言われたのが悔しくて、練習しているのだ。
「うーむ。ロザリアはなかなか撫で撫でが上手くならんなぁ」
と、アジリスは嘆く。
「どこがどう駄目なんでしょうか……」
「力の入れ具合かのぅ。我が心地いいと思うポイントを的確に尽く外している感じだなぁ」
「的確に尽く……」
「狙ってできることではない。ある意味、才能だな」
そんな才能、欲しくない。
だが才能というのは、本人が望んでも得られないし、望んでも捨てられないのだ。
ロザリアは前世から可愛いものが好きだ。
ぬいぐるみとか、猫とかハムスターとか好きだし、それと同じベクトルで美少女も好きだ。
だから撫で回したい。
しかし思い返してみると、前世でも猫に手を伸ばしたら威嚇されたし、背が低いクラスメイトを撫でたら微妙な顔をされた。
「なんとか、せめて、頭に手を乗せた瞬間に雑と思われない技術を習得したいです」
「まあ……その、なんだ。頑張れ。哀れだから、練習に付き合ってやろう」
真竜は慈愛に満ちた表情を浮かべた。
ロザリアは不覚にも、自分より背が小さい彼女に母性を感じてしまった。新しい性癖に目覚めそうである。
「ロザリア、アジリス。お待たせ。お昼食べに行きましょ……って、なにしてるの? アジリスの髪、ぼっさぼさになってるけど……」
授業を受けていたリリアンヌは、合流するなり、呆れ果てたという声を出す。
「おお、リリアンヌ。我はロザリアの撫で撫で技術向上のために、この身を犠牲にしていたのだ。しかしご覧の通り、そろそろ限界なので、変わってくれ」
「え、やだ」
「そこまで率直に拒絶されると、泣きそうになるんですが……」
「うぅ、本当に涙ぐまないで。罪悪感が凄いじゃない……分かったわよ。ほら、撫でなさい。うわぁ、相変わらず雑だぁ」
「くすん……」
ロザリアはベソをかきながらリリアンヌを撫でる。
瞬く間にボサボサになっていく髪を見て、自分のふがいなさを思い知り、ますます悲しくなった。
「ところで、吸血鬼の噂、知ってる?」
リリアンヌは髪を手櫛で直しながら、話題を切り出した。
「ええ、はい。近頃、あちこちで人を襲っているという。また出たんですか?」
「今度は王都に現れたんだって。王女としては、歯がゆい思いだわ」
ロザリアは出会ったことはないが、吸血鬼そのものはさほど珍しくない。寝ている間に血を吸われたという話は、あちこちにある。
普通の吸血鬼は死なない程度に吸って立ち去る。だから被害者が出ても、そこまで大騒ぎにはならない。
だが噂になっている吸血鬼は、すでに十数人も殺している。
「不思議なんですけど、どうして死ぬまで吸血するんでしょう? そんなことしたら退治されちゃうじゃないですか。なんだって、わざわざ犠牲者を出すんですか?」
「楽しんでやってるんじゃないの? 力をつけて自信を増した吸血鬼にありがちな話よ」
「ああ、なるほど。快楽殺人ですか」
「そのくせ、一応は身の程を知ってるのか、一人殺したら次の町に移動する。だから場所を特定できないのよね」
「この村にもいずれ来るかもしれませんね。近頃、すっかり知名度が上がったみたいですから」
「そうね。ロザリアやアジリスなら返り討ちにできるでしょうけど、ほかのエルフはそこまで強くないし。人間も出入りしてるし」
「吸血鬼が近づいてきたら警報がなる魔法とか開発したいですね。でも、それを作るには吸血鬼のサンプルが必要です。吸血鬼の知り合いとかいませんか?」
「さすがにいないわね……」
「我、吸血鬼を焼き尽くしてやったことはあるが、知己になったことはないなぁ」
「なら、この村が襲われる前に、こちらから噂の吸血鬼を倒しに行きましょうか。過去の行動パターンを見れば、次に現れる場所を予測できるかもしれません」
ロザリアがそう提案した、そのとき。
得体の知れない気配が近づいてきた。
エルフでも人間でもない。
その方向に目を向けると、なんと妹のイリヤが大きなリュックを背負って立っているではないか。
「イリヤ。久しぶりですね。何日も家を空けて私に心配をかけて、悪い子です」
「お姉ちゃん、心配してくれたんだ。嬉しい。でも心配しなくていいんだよ。私、強いんだから。また邪教団みたいなのが村に攻めてきたら、お姉ちゃんと一緒に戦えるから。その証拠に、ほら。吸血鬼を倒してきたよ」
そう言ってイリヤは背負っていたリュックサックをひっくり返した。
生首が三つ、ゴロゴロと落ちた。
さっきロザリアが感じた得体の知れない気配は、その生首たちから出ていた。
驚くべきことに生首はまだ生きている。
恐怖に染まった顔で、ギョロギョロと目を動かす。口も動かしているが、声帯を失っているので声は出なかった。
「さすが吸血鬼。この状態でも死なないんだ……にしてもイリヤちゃん、村にいないと思ったら、吸血鬼退治に出かけてたの?」
「そうだよ。誰も倒せないこいつらを倒したら、お姉ちゃんも私の強さを分かってくれると思って。移動パターンが分かったから、待ち伏せしたの。こいつら三つ子の吸血鬼なんだって。三人で殺しを楽しんでたんだよ。それも若い女性ばっかり狙って。私自身を囮にしたら、ノコノコと宿に来たの。笑っちゃうよね」
そしてイリヤは浄化魔法を生首に放った。
その瞬間、三つの生首は灰も残さず消滅する。
「ふむ。お前、ロザリアの妹か。凄まじい浄化魔法の使い手だな。我のドラゴンブレスでも吸血鬼を滅ぼせるが、周りにも被害が出るからな。こうスマートにはいかん」
「お褒めにあずかり光栄だけど、あなた誰? お姉ちゃんに撫で撫でされまくってたけど……!」
「我は真竜のアジリスだ。ゆえあって、ロザリアの主従関係を結んでいる。ようはペットのようなものだ。なにもせずとも、食事も寝床も用意してもらえる。羨ましいだろう」
こんなに偉そうなペットがいてたまるか、とロザリアは思った。
「お姉ちゃんのペット!? 羨ましい! 私もペットになって、首輪で繋がれたり、檻に監禁されたりしたい!」
「……我はそういうことされとらんが」
アジリスは引きつった顔になる。
「ねえ……前から思ってたけど、イリヤちゃんってロザリアに対する愛が屈折してない……?」
リリアンヌが小声で耳打ちしてくる。
「イリヤ。変な冗談はやめてください。アジリスとリリアンヌさんが戸惑ってるじゃないですか」
ロザリアは姉として妹に注意した。
「冗談じゃないのに……とにかく、これで私が強いって分かったよね? 次に敵が現れたら、私はお姉ちゃんの隣で戦うからね!」
「駄目です」
「なんで!」
「この程度の吸血鬼を倒したからって、強さの証明にはなりません。イリヤは防御魔法や回復魔法が得意なんですから、そっちを頑張ってください。イリヤが後ろで支援してくれるからこそ私は前線で安心して戦えるんです」
「私はお姉ちゃんが大好きだから一緒に戦いたいのに! なんで分かってくれないの!?」
「私はイリヤが大好きだから怪我して欲しくないんです」
「……分かった。じゃあもっと強くなる。お姉ちゃんを倒せるくらい強くなれば、私を認めるしかないでしょ」
そう言ってイリヤは去って行った。
「ねえ。妹が心配なのは分かるけど、ちょっとかわいそうじゃない? 守られるだけは嫌って気持ち、分かるわ」
「うむ。ちと過保護すぎるように見えたな」
「そ、そうでしょうか……」
二人に指摘され、ロザリアは言葉を詰まらせる。
とはいえ、心配するなというのは無理だ。
イリヤの本来の運命は、とてつもなく過酷だ。村を焼かれ、家族も友人も皆殺しにされ、その復習のために旅立つはずだった。その旅で得た仲間も失ったり、裏切られたりして、身も心も傷ついていく。
ロザリアは前世でやったゲームで、ボロボロのイリヤを見ている。
自分が気を抜けば、イリヤにあの運命が襲い掛かるのでは。
そう考えると、イリヤを戦わせるのは怖い。
「過保護だろうとなんだろうと、私は自分のワガママを押し通します。私は姉ですから!」
「こいつ、開き直りおった」
「まあ、イリヤちゃんも気持ちが先走って危なっかしいところあるから、前線に出ないほうがいいってのは一理あるけどね……」
それから数日後――。
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