第20話 リリアンヌ対クマさん
「にしても、姿だけじゃなくて、動きまで可愛いわ。これ、中に誰か入ってるわけじゃないのよね?」
「無論ですわ。ロザリアさんが村の防衛用に作ったリビングメイルを参考にした、クマさん型リビングメイルですわ。小型化して、デザインを変え、そして高出力化も果たしましたわ」
「小型化して、高出力化?」
聞き捨てならない言葉だった。
かつて邪教団をモグラ叩きの如く潰しまくったリビングメイルは、ロザリアが持てる技術を注ぎ込んだ、自慢の機体だ。
それを小さくした上に、パワーアップなど、信じがたい。
「そうですわ。余剰魔力で防御結界を張り、かつ攻撃魔法を撃つこともできますわ」
「いやいや。そんなまさか。さすがに――」
嘘だろうと言おうとした瞬間、クマの全身が防御結界で包まれた。
それもかなり分厚い。
あれを貫こうとしたら、かなりの威力の攻撃魔法が必要だ。そんな魔法を放てるのは、この村のエルフでも極一部だ。
ロザリアにはこのクマは作れない。
心底から凄いと思った。
「……私、このクマと戦っていい!?」
リリアンヌが突拍子もないことを言い出した。
「私、魔法学校に通って、かなり強くなったと思うの。その力を試したいと思ってた。でも、誰かと戦って怪我させるの嫌だし……でもこのクマは中の人とかいないんでしょ?」
「確かに。壊してもエリエットさんが落ち込むだけで済みますね。けど……」
リリアンヌに、このクマと戦う実力があるのか。
彼女が努力しているのも、その努力が形になっているのも認める。
しかし、このクマはエルフの大半より強い。
人間であるリリアンヌに太刀打ちできるとは思えない。
が、せっかくの闘志に水を差すのは気の毒だ。
即死以外なら、完全回復してやれる。
勝ち負けが目的ではなく、自分の力を試したいというなら、挑むのも悪くない。
「ドンと来いですわ。リリアンヌさんの全力を受け止めますわよ!」
「ありがとう! 壊しちゃったらごめんね!」
次の瞬間、リリアンヌが放つ魔力が一気に膨れ上がった。
その大きさにロザリアは驚く。クマに対する驚きよりも激しく感情が動いた。
リリアンヌがこの村に定住するようになってから、まだ一ヶ月も経っていない。
魔法学校に通った期間も、それと同じだ。
なのに、いつの間にこんなに強くなったのだろうか。
密度の高い努力を続けたのだろう。
もちろん努力だけではこうはなれない。
天才、という陳腐な言葉を使いたくないが、そうとしか評せなかった。
巨大な魔力で身体能力を強化。
抜剣してクマへ猪突する。
いくら力試しといっても、真正面から行く奴がいるか。ロザリアはそう説教したくなる。
ところがリリアンヌの突進は、まんざら考えなしではないらしい。
(突っ込みながら攻撃魔法を展開ですか……!)
走る彼女の周りに、四本の光の矢が出現した。ミサイルのように加速し、リリアンヌより一瞬早く、クマと激突する。
クマは四発の攻撃魔法を受け止めた。が、その衝撃により防御結界が波打っている。修復が終わるより早く、リリアンヌの全体重を乗せた刺突が強襲。
あんなに分厚かったクマの防御結界を、この一瞬の攻防で貫いてしまった。
「「強い」」
ロザリアとアジリスは同時に呟いた。
いつの間にか、瞬きするのが惜しいほど見入っていた。
そしてリリアンヌの剣の切っ先が、クマの胸部に触れる。直前。
「そう簡単に負けて差し上げませんわよ!」
クマが竜巻のように動いて、回し蹴りで剣を弾いた。
それから軸足を変えて、二発目の回し蹴りをリリアンヌの横腹に放つ。
「くっ!」
ずんぐりむっくりした姿でここまで速く動くクマは凄いが、リリアンヌも凄い。
剣を弾かれたというのに、予期していたように体勢を立て直し、剣の腹で回し蹴りを受け止めた。
衝撃で体が浮き上がったが、視線はクマから動かさず、追撃に備える。
着地後もなんら隙がない。
上手い、とロザリアは心の中で改めて呟く。
短い時間で攻撃と防御を見せてもらったが、文句の付けようもなかった。
リリアンヌの魔力量でできる最善手であろう。
これ以上はない。
だからこそ尊敬するし、だからこそリリアンヌは負ける。
「素晴らしいですわ、リリアンヌさん。姫騎士のお噂は聞いていましたが、まさかこれほどとは思いませんでしたわ。その強さに敬意を払い、クマの全力をお見せしますわ!」
クマが消えた。
リリアンヌは慌てて動体視力を強化する魔法を使い、それでようやくクマの動きを捉えた。しかし目で捉えても、体がついていかない。
クマは至近距離からの攻撃魔法でリリアンヌの剣をへし折ってしまった。
続いて跳び蹴り。
「ぐぅっ!」
リリアンヌは辛うじて受身をとって転がり起き上がる。
だが、その手にある剣は、刃が根元から失われていた。
「まだやりますの?」
「参った……私の負けよ。怪我しないように終わらせてくれてありがと……あああ、負けた! くやじいっ!」
そう叫んでから、リリアンヌは大の字に寝転ぶ。
すると拍手が巻き起こった。
いつの間にか生徒たちが集まって観戦していたのだ。
前回の大砲はキモいの大合唱だったが、今日は全員、いい映画を見たあとのような感動の表情だった。
「姫騎士、格好よかったぞ!」
「錬金術師もやるじゃないか。あのクマ、凄い性能だし、見た目も悪くない。この前の大砲はどうしてああなった……」
「まだ二十歳にもなってない子があんなに強いなんて、感動しちゃった! 私が二十歳のときなんて、夜一人でトイレにも行けなかったのに! 人間って凄いのね!」
「それはたんにお前が情けないだけだから種族の問題にしないでくれ……」
様々な感想が聞こえてくる。
それを聞いて、負けたリリアンヌでさえ満足げな笑みを浮かべた。
勝ったほうは尚更だ。
「うふふふふ……あんなにキモいキモいと言っていた皆さんが、わたくしのクマさんを褒めていますわ! ついにわたくしのデザインセンスがエルフにも理解されたのですわ! 皆さんのセンスを更に一歩前進させるため、大砲とクマさんの合体機能をお披露目するしかありませんわ!」
「「「やめろ!」」」
ロザリアを含めた全員がエリエットを止めようと叫んだ。
しかし止められなかった。
クマの頭がカポンと取れた。すでにキモい。
それから、どこからともなく、あの美脚大砲が落ちてきて、足がクマの胴体にスポンと収まった。
続いてクマの頭が大砲の上に固定され、なにやら不気味な状態になる。
しかし。
「このくらいならまだ直視できますね……」
ロザリアはホッと安堵の息を吐く。
が、しかし!
クマのお尻から、あの美脚がガニ股の状態で生えてきた。
もともとあったクマのと合わせて四本足である。
「大砲を支えるのはやはり多脚ですわ! これでクマさんの機動力を保ったまま火力アップですわ! さあ、皆さん、いくらでも褒めてくださいまし!」
「ふざけるでない! このように気味悪いもの、我が叩き壊してくれる!」
アジリスはドラゴンに変身し、怒りの雄叫びと共に踏み潰してしまった。
「ああっ、一撃で! 真竜には太刀打ちできませんわ……強化プランを練らないと……もっと足を増やしましょう!」
「想像しただけでキモいからやめぇいっ!」
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