第17話 変な錬金術師が来た

 学校帰り。

 ロザリアはリリアンヌと一緒に、ドラゴンたちの様子を見に行った。


 ドラゴンは真竜アジリスのように喋ることはできない。それでもある程度は言葉を理解しているので、躾するのは楽だった。


 城壁の内側に勝手に入ったりしないし、無論、人を襲わない。

 喉が渇けば近くの川に行く。腹が減れば肉畑に行く。

 畑で肉が採れるわけがないと普通は思うだろうが、この村は普通ではない。

 整然と並んだ木の枝には、丸々としたピンク色の肉塊が果実のようになっている。

 スイカほどの大きさで、とても美味しそうに見えるが、煮ても焼いても硬く、人の食用には適さない。

 しかしドラゴンたちはその硬さをむしろ気に入ってくれたらしく、むしゃむしゃと喜んでかぶりついていた。


「こうして見ると、ドラゴンもそれぞれ個性があるわね。口で木から直接食べるのがいれば、前脚でもぎ取って食べるのもいるし」


「爪でスライスしてから食べる子もいますね。お行儀いいです」


「木によじ登ってかぶりついてるのがいる……あれは行儀悪いわね」


「待ってください。肉の木は、ドラゴンがよじ登れるほど大きくありませんよ。そんなことしたらへし折れます」


「だってあそこに……」


「……あれはドラゴンではなく人です」


「や、やっぱり? 私の目がおかしくなったわけじゃないのね。人がドラゴンに交じって生肉をかじってるとか理解しがたくて……」


「私だって理解したくないですけど、現実の光景です。あの人が生肉を食べてお腹を壊すのは自由ですが、ドラゴンが間違えて食べちゃったらかわいそうです。止めましょう」


 ロザリアは木によじ登っている人の足首を掴み、えいやっと引っ張る。


「わっ! 急になにをしてくれやがりますの!?」


 可愛らしい少女の声で抗議された。

 スカートなので、遠目でも女性だろうと見当はついていた。

 しかし、ドラゴンに混ざって生肉にかじりつくが如き蛮行をしているのだから、さぞ野性味ある声だろうと思っていたのに、小鳥が鳴くような声だったのでロザリアは面食らう。


 顔を見てやろうと視線を上に向ける。クマの顔があった。ぬいぐるみのように丸っこい熊だ。それは布に刺繍された熊。ようはクマさんパンツであった。


「えっちですわ! 変態ですわ!」


「木に登って生肉食べてる人に変態とか言われたくないのですが」


 引きずり下ろして、ようやく顔を確認できた。

 認めたくないが、声に見合った愛らしい顔立ちだった。

 エルフではない。ただの人間のようだ。そのことにロザリアは安堵する。畑に生えた生肉を直接食うような奴と同じ種族なのは嫌だ。そう考えてから、自分も前世は人間だったと思い出して虚しくなった。


「こ、これは学術的調査ですわ。決して趣味でやっているのではありませんわよ!」


 そう主張する彼女は、十代後半くらいに見える。お嬢様的な口調に相応しく、清楚な服装だ。どこかのご令嬢なのかもしれないが、あまり敬意を払う気になはれない。


「へえ」


「信じていませんわね! わたくし、錬金術師のエリエット・エーデルワイスでしてよ! エルフの村に不思議なものが沢山あると聞き、知的好奇心を満たすために来ましたの。そしたら木にお肉が成っているではありませんか。こんなの見たことも聞いたこともありませんわ! 知的好奇心が刺激されまくりですわ! いても立ってもいられず味見しましてよ!」


「エリエットさんですか。好奇心旺盛なのはいいですが、得体の知れないものをいきなり食べるのはどうかと思いますよ。普通に考えて、危ないじゃないですか」


「ふふふ。わたくしの胃腸の頑丈さは並大抵ではありませんわ。泥水だろうと腐った肉だろうと毒薬だろうと、ドンと来いですわ!」


「はあ。それは凄いですね。しかし、この肉はドラゴンのエサなので。横取りするのは感心しません」


「は! その視点は持てませんでしたわ! ドラゴンさんたち、ごめんなさいですわ!」


 エリエットはドラゴンに向かってペコペコと頭を下げる。

 実に素直な性格のようだ。生肉をむしゃむしゃするのをやめてくれたら、友達になれるかもしれない。


「錬金術師のエリエット・エーデルワイス……え、もしかしてポーションの生産効率を倍にする方法を確立した、あのエリエット!?」


 リリアンヌが大声を出した。


「そうですわ」


「スカイフィッシュの養殖に初めて成功した、あのエリエット!」


「そうですわよ。うふふ、あなた、わたくしの仕事に詳しいのですわね」


「だって有名人だし! わぁ、なんか感激ぃ」


「ふふ、握手して差し上げましょうか」


「ぜひぜひ! あ、でも、その手で生肉を鷲掴みにしてたでしょ。ばっちぃから、またの機会にするわ」


「……こ、これからは人前で生肉は控えますわ」


 リリアンヌに握手を拒否されたのがショックだったらしく、エリエットは顔を引きつらせた。


「なるほど。どうやら凄い錬金術師らしいですね。申し遅れましたが、私はロザリア。肉のなる木を開発した者です」


「まあ! あなたが! 素晴らしい才能ですわ。硬すぎて噛めないという問題さえ解決すれば、飢えて死ぬ人がいなくなりますわ」


「あなたみたいな野性味ある人でも噛めませんでしたか」


「や、野性味!? わたくしにあるのは気品ですわ。野性味など欠片もありませんわよ?」


「まあ、確かに、スカートの中のクマさんからは野生を感じませんでしたね」


「え、えっちですわ! スカートの中は忘れてくださいまし! それよりも……わたくし、この木を改良したいですわ。美味しいお肉が生えてくるようにしたいですわ! なのでしばらく定住したいですわ!」


「まあ、アパートには空きが沢山あるはずですけど……」


 こんな変人が住み着いて、果たして村は大丈夫なのかと心配になる。

 だがエリエットは、王族であるリリアンヌが感激するほど高名な錬金術師なのだ。

 この際、欠点には目をつぶったほうがいい。

 彼女の錬金術師としての知識と技術がこの村に加わるのを歓迎すべきだろう。


「よろしくお願いしますわ!」


「はい、こちらこそ。でも趣味は控えてくださいね。エリエットさんが生肉をしゃぶったからといって、誰かが怪我をするというものでもありませんが……やはり気味が悪いので、小さな子供とか怯えてしまいます」


「ですから趣味ではありませんわ!」

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