第16話 真竜に撫で方が雑と駄目出しされた

 ロザリアは二日酔いどころか三日酔いに苦しんだ。

 苦しみから解放された朝。

 久しぶりに登校しようと制服に着替えていると、玄関の外から自分を呼ぶ声が聞こえた。


「こら、ロザリア! なんだ、あの硬い肉は! 我にあんなのを食えというのか!」


 それは赤い真竜アジリスの声だった。

 ところが扉を開けた先にいたのはドラゴンではない。

 真っ赤に燃えるような髪をツインテールにした、人間換算で十二歳くらいの小柄な少女だった。


「どちら様ですか?」


「アジリスだ! ドラゴンの姿で村をウロウロしたら迷惑かと思い、魔法で人間に変身したのだ。お前は我のご主人なのだから、その程度、察するがいい」


「そうじゃないかなぁとは思ったんですけど。ちゃんと確認したほうがいいじゃないですか。それにしても随分と可愛くなりましたね。この歯は? もう生えてきたんですか?」


「口に勝手に指を入れるな! ドラゴン形態と人間形態では別枠なのだ。ドラゴンのときの牙はまだ生えておらん。それよりも! 木に生えた肉を同胞たちが美味そうに食べていたから我も混ざってみたが……不味い! 真竜の舌は繊細なのだ。もっとまともな食事を出すがいい」


「いや、しかし。ドラゴンを満腹にするには、凄い量の食事が必要じゃないですか。量を優先させると、どうしても質が犠牲になるので」


「だーかーらー。量がなくてもいいように、こうして小さくなってやったではないか」


「なるほど。小さくなって偉いです。可愛い。撫で撫で」


「ぬぅ! 子供扱いするな! 我はロザリアよりお姉ちゃんなんだぞ!」


 そんなやり取りをしていたら、ロザリアの母親が顔を見せた。


「あら、まあ。本当に可愛くなっちゃって~~。アジリスちゃんって呼んでいいかしら~~。撫で撫で~~」


「う、うむ。愛のある撫で撫でに免じて許そう」


 ツンツンしていたアジリスは、急に子供らしい笑顔を浮かべた。


「お母さんと私で対応が違いませんか?」


「お前の撫で方は雑だからな。我の主人を続けたかったら、母親に学ぶがいい」


「雑……」


 ショックである。ロザリアはよく妹のイリヤを撫でていたが、彼女からも雑と思われていたのだろうか。だとしたら泣いちゃう。

 というかイリヤはいつまで森で修行しているのだろう。そろそろ帰ってきて欲しい。


「アジリスちゃん、お腹が減ったんでしょう~~? 昨日の残りのビーフシチューがあるけど食べる~~?」


「ほほう。それは興味深い」


 というわけで朝食を三人で食べることになった。


「言っておくが、我は味にうるさいぞ。うむ、見た目は合格。香りもいい。しかし肝心の味は……美味い! なんだ、これ、美味いぞ! もぐもぐ」


「あら、やだ、アジリスちゃんったら褒め上手なのね~~。おまけしてワインもつけてあげる~~」


「やったー!」


「では私もちょっとだけ」


 ロザリアはワインボトルに手を伸ばす。

 すると母親にぴしゃりと叩かれた。


「虐待です……」


「なに言ってるの。もうすぐリリアンヌちゃんが迎えに来て、一緒に学校に行くんでしょ~~」


「ちょっとくらいなら平気ですよ」


「だ~~め。私がいいと言うまでロザリアはお酒禁止です。アジリスちゃんもほどほどにね~~」


「うむ! ロザリアの母は優しいな。我、この家の子になる!」


「いいわよ~~」


 母親が真竜を抱きしめる光景を見て、ロザリアは言いようのない敗北感に襲われた。


「い、いや……この家の子って……」


「なにを動揺している? 我はロザリアの家来。なら一緒に住むのは、むしろ当然ではないか?」


「当然ね~~」


 母はアジリスを撫で回す。

 アジリスは気持ちよさそうに笑う。

 本当に自分の家来なのか。母の家来になりたいのではないか。

 そんな疑問を感じつつ、ロザリアはリリアンヌと一緒に登校した。

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